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Detalles de la Palabra

邪馬台国

[やまたいこく]
「魏書(東夷伝)」倭の条(いわゆる「魏志倭人伝」)から知られる, 二世紀後半から三世紀にかけての日本に存在した国。 二世紀後半の倭国大乱は, 女王卑弥呼(ヒミコ)を倭王に共立することによって鎮まったという。 魏と交通した。 その位置については九州北部説と畿内大和説とがある。 やばたいこく。
→ 卑弥呼

邪馬台国

[やばたいこく]
⇒ やまたいこく(邪馬台国)

Palabras Relacionadas

邪馬台国の言語

ア行に用いられた可能性のある字は「伊」「巳」「惟」「一」「邑」「烏」の6種類10字であるが、この内、語頭以外で用いられているのは「支惟国」、「呼邑国」および「載斯烏越」である。しかし「惟」が「邪(ヤ)」や「与(ヨ)」と同じ喉音「以」の子音(声類)に属しているので「ヤ」行の語であればア行ではな

邪馬台国畿内説

内説(やまたいこくきないせつ)を概説する。 新井白石が「古史通或問」において大和国説を説いた。しかしのちに「外国之事調書」で筑後国山門郡説を説いた。以降、江戸時代から現在まで学界の主流は「畿内説」(内藤湖南ら)と「九州説」(白鳥庫吉ら)の二説に大きく分かれている。ただし、九州説

邪馬台国の秘密

ある。古田は、『魏志倭人伝』に登場する女王国は「邪馬台国」ではなく「邪馬壹国」が正しいと主張していた。 ^ 『邪馬台国の秘密』あとがき 「解題―明快な論理で神津恭介が日本史の謎にせまる」 山前譲(推理小説研究家) 『小説推理』1974年2月号「月評」 中島河太郎著「推理小説界展望」双葉社 1995年11月号

邪馬台国九州説

000里を邪馬台国の位置推定の算出根拠として扱うのは無理がある。なお、長安から大月氏国までの距離は、洛陽から日本列島までの距離より1.5倍程度遠いが、中国中央から見れば同様に隔絶した辺境地帯であり、魏志東夷伝においてのみ短里表記とする根拠が乏しい。 そもそも魏または帯方郡の使者が邪馬台国の宮殿に実際に赴いたとする根拠が

邪馬台幻想記

紫苑の祖国。月代王家は由緒正しき方術士の一族である。紫苑が8歳の時に陰陽連によって滅ぼされた。 方術(ほうじゅつ) 古来より伝わる幻の戦術であり、「氣」を操ることで小石を飛ばす・幻をつくる・式神を使役するなど、様々な技がある。重力さえ意のままに操ることが出来るが、方術

邪馬壹国説

三国志全巻で「臺」は魏朝の王宮またはそれに準ずる王宮にしか使われない「至高の文字」だった。「邪」「馬」「卑」などの卑字をあてられる蛮族の国名に、至高の文字を割り当てることは、三国志筆者の思想からして有りえない。 現存する三国志の基となった注釈版では、五世紀時点

「邪馬台国」はなかった

『「邪馬台国」はなかった』(やまたいこくはなかった)は、邪馬台国をテーマにした古田武彦の著書。副題は「解読された倭人伝の謎」である。 1971年(昭和46年)に朝日新聞社から単行本版が刊行された後、1977年(昭和52年)に角川文庫(角川書店)に収録され、1992年(平成4年)に朝日文庫(朝日新聞社)に収録され

まぼろしの邪馬台国

ポータル 文学 『まぼろしの邪馬台国』(まぼろしのやまたいこく)は、宮崎康平による日本の書籍。宮崎の半生と邪馬台国が島原にあるという学説とを同時に記した作品であり、小説でもなく評論でもなく分類が難しい作品。2008年(平成20年)秋、吉永小百合主演で映画化された。

耶馬台国

「魏書(東夷伝)」倭の条(いわゆる「魏志倭人伝」)から知られる, 二世紀後半から三世紀にかけての日本に存在した国。 二世紀後半の倭国大乱は, 女王卑弥呼(ヒミコ)を倭王に共立することによって鎮まったという。 魏と交通した。 その位置については九州北部説と畿内大和説とがある。 やばたいこく。 → 卑弥呼

邪

(1)道理にはずれていること。 正しくないこと。 また, そのさま。 「~な恋」「~な考え」 (2)横の方向であること。 よこさま。 「賊虜の矢, ~に山より之を射る/日本書紀(景行訓)」

邪

正しくないこと。 よくないこと。 また, その人。 ⇔ 正 「~は正に勝たず」

狗邪韓国

あたる拘邪韓国を去ること七千余里。その地はだいたい会稽郡東冶の東にあり、朱崖や儋耳と相似しており、その法俗も多くが同じである。 とあり、「大倭王」が住う邪馬台国は楽浪郡から「一万二千里」、倭国の西北の境界である狗邪韓国は楽浪郡から「七千里」と記されている。 ^ (原文)

无邪志国造

郡司の長官))。赤麻呂の死の翌年に黒斑の子牛が生まれたが、その背の黒斑は文章のようになっており、その斑文を読み解くと、 赤麻呂者。擅於己所造寺。而隨恣心借用寺物。未報納之死亡焉。爲償此物故受牛身者也。 (赤麻呂は自らが造った寺(多磨寺か)の物を借用し、それをまだ返さないうちに死んだ。この物を償うために牛の身を受けたものである。)

邪鬼

(1)たたりをなす神。 また, もののけ。 妖怪。 (2)四天王像の足の下に踏まれている怪獣。

邪心

悪い心。 よこしまな心。 「~を起こす」

邪険

〔「邪見」と同源〕 意地が悪く, 人に対して思いやりのないさま。 薄情。 「~な扱いを受ける」「~に袂を振払つて/浮雲(四迷)」「~にする」

邪気

物の怪(ケ)。 また, 病気。 じゃき。 「其の妻~に重く煩て/今昔 12」

邪慳

〔「邪見」と同源〕 意地が悪く, 人に対して思いやりのないさま。 薄情。 「~な扱いを受ける」「~に袂を振払つて/浮雲(四迷)」「~にする」