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Diccionario

Detalles de la Palabra

髻

[たぶさ]
髪を頭上に集め束ねた所。 もとどり。

髻

[みずら]
〔「みみつら(耳鬘)」の転といわれる〕
上代の男子の髪の結い方の一。 頭頂で左右に分け, それぞれ耳のわきで輪をつくって束ねた結い方。 びずら。 びんずら。

髻

[もとどり]
〔「本取り」の意〕
髪の毛をまとめて頭の上で束ねた所。 また, その髪。 たぶさ。 もとゆい。
<i>~放・つ</i>
冠や烏帽子をかぶらず髻をあらわに出す。
「むとくなるもの…翁の~・ちたる/枕草子 125」
<i>~を切・る</i>
出家する。

Palabras Relacionadas

宝髻

(1)菩薩や天部の仏像が頭上に結んでいるもとどり。 (2)奈良時代, 女子が礼服を着用する際に結った唐風の髪形。 髢(カモジ)を用いて髪を高く結い, 金銀珠玉の髪飾りを付ける。 男子の礼冠に相当した。

仮髻

奈良・平安時代, 婦人が用いた一種のかもじ。 [和名抄]

肉髻

〔梵 uṣṇīṣa〕 〔仏〕 仏の三十二相の一。 頭頂部にある髻(モトドリ)に似た一段高い盛り上がりをいう。 烏瑟膩沙(ウシチニシヤ)。 仏頂。

肉髻

⇒ にくけい(肉髻)

高髻

髪を垂らすものは平安時代に入ってからも天皇に仕える采女(うねめ)に結われた。(時代祭で小野小町がこれを結っている) 髪に指す部分が金属でできた彩色した象牙細工の花簪を髪に飾る。 前髪は真ん中で分けてひっつめ鬢は残しておく。 後ろ髪をまとめて頭頂部で髷を作る。髷の本体は髪の先を分けて二つの輪を

一髻

一髻(ひとつもとどり)は平安時代から現代の宮廷行事まで続く男性貴族の髪型。別名:冠下髻(かんむりしたのもとどり) 肩を越すぐらいまで伸ばした髪を一つにまとめ、元結で根元を二度巻いた後に千鳥掛け(正面で紐を交差する結び方。正面から見ると菱形に見える)に結い上げて行くというもの。

欹髻

服して髪を結い簪をさして、冠を戴いた(琉球の位階参照)。結った髪形を小さくまとめることが上品とされたため、頭頂部の髪の毛を中剃りすることがよく行われた。この小さくまとめるための中剃りとは、現代の大相撲力士の一部でも行われていることである。 歴史書『球陽』に載せられた伝説によれば、舜天王は右鬢

髻華

(うず)を挿した。このように、髻華は花や造花だけでなく、豹尾や鳥尾の髪飾りも意味するようになった。 古代には、髻華のほかに、鬘(かづら)と呼ばれる植物による髪飾りもあった。鬘は、頭周を一周して鉢巻のように巻いた飾りだと考えられている。 このように、元来植物による髪飾りであった髻華が、造花や動物の尾

三十二相八十種好

眼は青い蓮華のように紺青である。 牛眼睫相(ぎゅうごんしょうそう) 睫が長く整っていて乱れず牛王のようである。 頂髻相(ちょうけいそう) 頭の頂の肉が隆起して髻(もとどり)の形を成している。肉髻(にくけい)。 白毫相(びゃくごうそう) 眉間に右巻きの白毛があり、光明を放つ。伸びると一丈五尺ある。(約4.5m)

飛来寺 (清遠市)

「 天開清遠峡、地轉凝碧湾。 我行無遲速、攝衣歩孱顔。 山僧本幽独、乞食況未還。 雲堆水自春、松門風為関。 石泉解娯客、琴築鳴空山。 佳人剣翁孫、遊戲暫人間。 忽憶嘯雲侶、賦詩留玉環。 林空不可見、霧雨霾髻鬟。 」

海蔵寺 (土浦市)

宮寺」に移されたが、廃寺となったため当寺に移されたとされている。 木造 阿弥陀如来坐像 制作時期は鎌倉時代、頭部補修前の像高は70.1 cm。頭部の肉髻(にっけい)が欠けていたが近年補修が進み、像高は高くなっている。彫は深い運慶様式。 小田治朝の墓所 前述の、当寺開基の小田治朝の墓所。 [脚注の使い方]

善水寺

木造兜跋毘沙門天立像 木造持国天・増長天立像 - 鎌倉時代の造像。 木造四天王立像 4躯 木造不動明王坐像 木造僧形文殊坐像 金銅誕生釈迦仏立像 - 鋳銅・鍍金、肉髻相。耳朶環状として、左右に極めて小さい貫通孔がある。上半身が後ろに傾いているが、これは偶然ではなく当初から意図していたと見られる。像高23

仏眼仏母

なお、所依の経典によって、大日如来所変、釈迦如来所変、金剛薩埵所変の三種類の仏眼仏母が説かれる。 三昧耶形は如来眼(肉髻と微笑む両目)、金剛眼(独鈷金剛杵の両側に微笑む眼)、あるいは如意宝珠。種子はギャ(ga)、またはシリー(śrī)。

栖本通次

髻を切る行為に出て投獄され、それが元で阿部一族が屋敷に立てこもる事件が起きた。通次は上意討ちの討ち手として2月17日の討ち入りに加わり、阿部一族はことごとく討ち取られ、権兵衛も処刑された。 『阿部茶事談』は正徳~享保年間に成立した、阿部一族討ち入りの顛末を