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上信電鉄

業績不振に悩む上野鉄道は、1913年(大正2年)に山田昌吉を監査役に迎えた。高崎水力電気の取締役でもあった山田はこの事態を打開するため高崎水力電気と合併することを計画し1921年(大正10年)6月に合併の仮契約をむすんだ。ところがその高崎水力電気は東京電灯との合併話が進展しており、東京電灯は経営難の上野鉄道を

Mots Associés

上信電鉄上信線

大きくカーブした後再び国道254号と踏切で交差して、まもなく神農原駅に到着する。神農原を出ると再び線路は一直線となり、上信越自動車道とアンダークロスした後、右に大きくカーブして珍駅名で知られる南蛇井駅に到着する。南蛇井を出て、千平駅を過ぎると下仁田町に入る。ここからは今までと風景が一変し、不通渓谷

上信電鉄1000形電車

1は同FS095を採用した。車体支持方式はダイレクトマウント式、軸箱支持方式はペデスタル式である。主電動機は200形のものと同系統の東洋電機製造製の補極付自己通風型直流整流子電動機TDK806/7-Hで、中空軸平行カルダン方式・定格出力100kWである点は200形と同じであるが、本形式では2両単位の

上信電鉄150形電車

同車も前面ステンレス化粧板とドアは未塗装で、広告車になった際に塗りつぶされた。第1編成から約1年後、同様に全般検査に際して前面の化粧板のみ磨き出しが行われた。 ^ 前面化粧板磨き出し後も、その上からラッピングされている。 ^ “151形車両が引退します!”. 上信電鉄 (2018年5月7日). 2018年5月8日閲覧。

上信電鉄250形電車

磁3段)である。力行のみの制御で主電動機2台を1組としたうえで、永久直列の2群に分けて直並列制御および弱め界磁制御を行う。 主幹制御器はワンハンドル式の1000形や6000形とは異なり、力行のみ4ノッチとした縦軸マスコンを採用した。 東洋電機製造製補極付自己

上信電気鉄道デハニ30形電車

車サハニ1であり、サハ3への改造を経て、1953年(昭和28年)に三和車輌で台枠を流用して鋼製車体を新造し、併せて台車をTR14に変更の上で国鉄払い下げ品のMT4形主電動機を搭載して動力車化された。 デハニ31は1925年(大正14年)製のデハニ2で、1958年(昭和33年)に東洋工機でやはり台枠

上信電気鉄道デハ20形電車

西武所沢車両工場で落成したデハ22は、試運転を西武線内で行った際、同社線上を自力走行している。 凡例 二段 …二段窓、一段上昇 …一段上昇窓 両 …両運転台、片 …片運転台 [脚注の使い方] ^ 以降上信電気鉄道では1981年に落成した250形までグローブ型のベンチレーターを採用している。 ^

電信

〔telegraph〕 (1)文字・記号などを電気的な符号にかえ, 電流・電波を利用して伝送し, 受信側でもとの文字・記号などに復元する通信。 (2){(1)}の方法で送った文字や符号。 テレグラフ。 (3)電流を送電線で送ること。

信貴生駒電鉄

信貴生駒電鉄(しぎいこまでんてつ)は、現在の近畿日本鉄道生駒線と、京阪電気鉄道交野線を敷設した鉄道事業者である。 信貴山朝護孫子寺への参詣客を、関西本線・大阪電気軌道・奈良線の各沿線から運ぶことを目論み、1919年(大正8年)12月に信貴生駒電気鉄道が設立され、1922年(大正11年)5月に鉄道線

上田電鉄1000系電車

車となった7253編成に代わり、「まるまどりーむ号Mimaki」として運行を開始した。長野県東御市にある、業務用大判インクジェットプリンターメーカーのミマキエンジニアリングが特別協賛になり、側面窓下にMimakiのロゴが入っている。 6000系6001編成は2015年(平成27年)3月28日に特別試

上毛電気鉄道

上毛電気鉄道株式会社(じょうもうでんきてつどう)は、群馬県において、中央前橋駅と西桐生駅を結ぶ鉄道路線である上毛線を運営する鉄道事業者である。通称は上毛電鉄(じょうもうでんてつ)、略称は上電(じょうでん)。 東武鉄道の連結子会社で、他に上信電鉄が大株主となっている。旧運輸省の欠損補助を受ける事業者の一つであった。

野上電気鉄道

貨車の受け渡しを行っていた。電気機関車はなく、電動貨車または貨車が貨物取り扱い駅(重根駅や紀伊阪井駅など)まで電車に牽引されていた。これらの駅には貨物の保管倉庫が用意されていた。なお、貨車は古くは自社所有車、貨物営業末期は国鉄貨車を使用した。 路線距離(営業キロ) :

三信鉄道の電車

1943年の国有化時点で在籍した電車は、デニ201形1両およびデ301形8両の2形式9両である。これらはいずれも鉄道省払下げのモハ1系電動車(モハ1形、モニ3形)を鋼体化、あるいは木造車体のまま両運転台化したものであった。 デニ201形は、1936年(昭和11年)および

信濃鉄道の電車

されたと伝えられているが、技術的に未熟な時期の製品であったためか、定格回転数が890rpmとオリジナルに比して95rpm低く抑えられており、このため歯車比はWH社製は1:3.45、三菱製は1:3.14と変更してあって、買収時に与えられた鉄道省制式形式もそれぞれMT33、MT34と完全に別形式として取り扱われていた。

信貴山急行電鉄

南畑に至る索道の免許を受ける(未開業)。 1928年(昭和3年) 1月24日 信貴山電気鉄道が大阪府中河内郡中高安村大字山畑から奈良県生駒郡三郷村大字勢野に至る免許を受ける(一部鋼索線)。 5月19日 信貴山電気鉄道設立。信貴山電鉄に社名変更。資本金75万円、大阪電気軌道のほか信貴生駒電鉄も出資。本

電信局

臨時に大演習の挙行地、また登山期間、漁猟期間中など季節的に開設し、電報事務を取扱うことがある。 電信局所の電報取扱時間は次のとおりである。 (備考) 至急・無線・新聞・外国・官報および時間外料を納付した電報は時間に関係なく受け付けられる(ただし、無集配三等局の取扱時間を除く)・ 電報の集配をしない三等局は日曜祝祭日などは正午までである

電信法

を、政府がこれを管掌するとした。「第1條 電信電話ハ政府之ヲ管掌ス」 民間の私設電線は鉄道用または官設電線の未開通地区において最寄電信分局へ接続するものに限っていたが、個人用や営業用専用電線の敷設を認めるなど規制緩和した。 命令の定める所により、私設電線を公衆通信や軍用通信に供せしめることを可能にした。

上信電気鉄道デキ1形電気機関車

屋根は単一の曲線を描いており、これも他社の凸型機と異なる。これらの特徴は当時のシーメンス社製の電気機関車に共通のものとされ、本機と同じく1924年製でより小型のB型機である尾西鉄道(名古屋鉄道尾西線の前身事業者)が導入したEL1形電気機関車にも通じる。

池上電気鉄道の電車

に全車廃車された。 1922年10月6日の池上電気鉄道第1期線池上駅 - 蒲田駅間開業にともない、駿遠電気(後に静岡電気鉄道を経て静岡鉄道)から譲受した車両である。本来は、新造の甲号電車を導入する予定だったが、設計が間に合わず、急遽駿遠電気から22・24号の2両を調達し開業に間に合わ

上毛電気鉄道上毛線

上毛線(じょうもうせん)は、群馬県前橋市の中央前橋駅から同県桐生市の西桐生駅に至る上毛電気鉄道の鉄道路線である。 赤城山南麓を東西に横断する線形で、赤城山系が一望でき、桐生市内では渡良瀬川を渡る。沿線途中はおおむね小規模の町や農業地帯である。主力は朝夕の高校生通学輸送である。 路線距離(営業キロ):25