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伊勢型戦艦

主甲帯 299-100 VC 中甲板甲帯 199 VC 上甲板甲帯 149 VC 横防御隔壁 前部中甲板 199 VC 下甲板 199 VC 後部中甲板 199 VC 下甲板 224 VC 水平防御 下甲板 32 NS+25×3 DS 最上甲板 35 HT 魚雷防御隔壁 76 HT 弾薬庫 甲板平坦部 32 NS+135-120

Mots Associés

伊勢 (戦艦)

C04015268200。  『公文備考 演習3の2 巻65の2:応用教練運転成績表 伊勢』。Ref.C04015265500。  『公文備考 F艦舩 巻2:日向前部煙突屈曲改装の件』。Ref.C04016689000。  『船舶:艦船艦齢線表 昭和17年8月』。Ref.C08050116900。  『大正5年

紀伊型戦艦

国立国会図書館 第二復員局残務處理部『海軍の軍備竝びに戦備の全貌. 其の二(③及び④計画附支那事変に伴う海軍軍備)』1950年6月。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8815710。  第二復員局残務處理部『海軍の軍備竝びに戦備の全貌.

勢多型砲艦

また後方にも上構を設けて兵員室とした。 煙突2本。 舵は平衡舵3枚。 ボイラーはロ号艦本式混焼缶2基を装備した。 圧力15.5kg/cm2の飽和蒸気。 揚子江方面では石炭より重油の方が入手が容易であったため、後に重油専焼に改められたという。 また同方面の夏場には缶室の気温・湿度が著しく上昇するため、この時に通風機械を増設した。 主機は直立3気筒3段レシプロ

伊勢

伊勢(いせ)は、日本の地名・人名。 伊勢国 - 令制国の一つ。現在の三重県の大部分に当たる。 伊勢市 - 三重県南東部の市。 伊勢町 - 全国各地にある町名・字名。 伊勢村 - かつて兵庫県にあった村。現在の姫路市中西部に位置していた。 伊勢 (歌人) - 平安時代中期の女性歌人。三十六歌仙の一人。

扶桑型戦艦

本型は太平洋戦争中には主に内地にあり、一時は練習戦艦として使用された時期もあったが、戦争末期の捷一号作戦に西村艦隊の主力として揃って出撃し戦没した。 装甲配置 主甲帯 102-229-305--229-102 VC 中甲板甲帯 203 VC 上甲板甲帯 152 VC 横防御隔壁 前部中甲板 152 VC 下甲板 152

富士型戦艦

の広範囲に装甲を張れず、防御力としてはのちの戦艦に劣ることとなった。なお主装甲以外の装甲には1889年に実用化されたばかりのハーベイ鋼を多用した。これは炭素鋼に浸炭焼入れを施し一枚だけで硬さと靭性を両立した。 富士型には主装甲にもハーベイ鋼を採用し減厚できる可能性もあった(イギリスではマジェスティッ

大和型戦艦

2023、141頁。  ^ a b #塚田特別年少兵179-180頁 ^ #メカニズムと戦闘記録189頁 ^ #戸高2007109頁 ^ 研究原簿シリーズ「15糎5砲 最上、大和と高角砲化」2011年8月15日、国本康文 ^ #聞き書き日本海軍史p.70、#海軍技術研究所p.267 ^ #聞き書き日本海軍史p

長門型戦艦

機による弾着観測が実用化されると弾着観測用気球は水上機に置き換えられたが、カタパルトが実用化されていなかったためにデリックで水上機を水面に上げ下ろしし、水上機は水面より発進していた。改装前後の時期に実用化された呉式2号5型カタパルトが装備され、同時に艦載機運搬軌条

敷島型戦艦

の後ろに立つ後部ミリタリーマストに付いたクレーン1基により運用された。副砲として15.2cm速射砲が舷側部に片舷7基ずつ計14基ケースメイト(砲郭)配置された。「敷島」と「初瀬」は上甲板に6基、中甲板に8基で、「朝日」と「三笠」は上甲板に4基、中甲板に10基で配置されている。その他に対水雷艇砲として7

条約型戦艦

約を批准しないものがあったときは戦艦の主砲口径の上限を16インチとするという条項を含み、また、非加盟国が条約で許容される以上の強力な戦艦を建造した場合、排水量規制も緩和されるという追加条項も存在した。 このエスカレーター条項は、かねてより条約内容に不満のあった日本の脱退を想定したものだったが、その公

河内型戦艦

000m以上の砲戦距離で一斉射撃された、薩摩型の30.5cm砲2発と25.4cm砲2~3発の弾丸ですら同時に弾着し、散布界内で砲種別に偏倚することなく、しかも水柱の大きさの差も殆ど認められないため、統一射撃に全く支障がなかったという証言(黛治夫)もある。 ^ これについては、各口径主砲の火薬庫は個別に存在しており、装薬量の異なる薬のうを

加賀型戦艦

まして、我國では加賀、土佐を建造中であり、加賀は大正十一年に進水して居りますが、その後航空母艦に改造せられました。同艦は戰艦としては排水量39,900噸16吋砲10門速力23節で、防禦力も大いに増大した艦でありました。土佐は進水後廢棄せられました。八八艦隊の戰艦として尚4隻の計畫がありましたが實現せずに終りました。(以下略)

薩摩型戦艦

は3本煙突となっていた。薩摩は宮原式石炭・重油混焼水管缶12基に直立型三段膨張式四気筒レシプロ機関2基2軸推進の組み合わせで最大出力17,300馬力で速力18.3ノットを発揮した。一方、安芸はボイラーの形式は同じ宮原式だが大型となっており石炭・重油混焼水管缶8基とブラウン・カーチス式直結タービン2基2軸推進で最大出力24

香取型戦艦

身を仰角30度・俯角5度の間で上下でき、160度の旋回角度を持っていた。2分間で3発発射できた。 ボイラーはニクローズ式石炭専焼水管缶を20基に、直立型四気筒三段膨張式レシプロ機関2基2軸推進とし出力17,350hp、速力20.2ノットを発揮した。航続距離は石炭750トンで速力10ノット/10,000海里である。

金剛型戦艦

巡洋戰艦金剛(二萬七千五百噸)は同クラスの比叡、霧島、榛名の三艦が何れも我が國で建造されたのに比し英國ヴイツカース社の建造になるもので軍縮會議後兵力量缺陥を補ふべく海軍では昭和三年十一月から横須賀工廠で大改造に着手し滿三ヶ年を費して漸く今秋九月中旬完成することになつた。 改造後の金剛の性能は軍機に關す

伊勢鉄道伊勢線

独立行政法人 鉄道建設・運輸施設整備支援機構) 軌間:1,067 mm 駅数:10駅(起終点駅含む) 線路等級:甲線 複線区間:河原田 - 中瀬古間 電化区間:なし(全線非電化) 閉塞方式:自動閉塞式 保安装置:ATS-ST(津駅構内、河原田駅以北はATS-PT使用)

伊一型潜水艦

1940年(昭和15年)12月21日:第7潜水隊司令長井満大佐。 1941年(昭和16年)10月15日:第7潜水隊司令島本久五郎大佐。 1942年(昭和17年)5月1日:第7潜水隊司令玉木留次郎大佐。 1942年(昭和17年)8月20日:第六艦隊付属。解隊された第2潜

伊九型潜水艦

艦となった。そのため主機は更に高出力のディーゼルが搭載され、計画速力は水上で23.5ノットに達した。航空艤装は先型と同様であるが、設置場所は艦の前方に移された。 本型は③計画で2隻(伊9、伊10)、④計画で1隻(伊11)が建造された。 計画では艦隊決戦において、遠くハワイ近海まで遠征し甲型を司令潜水

伊七型潜水艦

ピーから脱却しオリジナルの船型となった。 兵装は伊6で装備した高角砲をとりやめ14cm砲2門としているが、日本の潜水艦では珍しい連装砲を装備した。機銃は13mm連装1基(もしくは2基)に強化されている。魚雷発射管は艦尾の装備をやめて艦首に6門装備、航空兵装は先の伊5、伊6と同様に後甲板に格納筒2基、