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Détails du Mot

筵

[えん]
〔敷物・むしろの意〕
座席。 催しや酒宴の席。
「けふは南溟老人が喜寿の~といひ/安愚楽鍋(魯文)」

筵

[むしろ]
(1)わら・藺(イ)・竹などで編んだ敷物。 特に, わらを編んで作ったもの。 わらむしろ。
「~囲いの仮小屋」
(2)すわる場所。 また, 会合の席。
「一道にたづさはる人, あらぬ道の~にのぞみて/徒然 167」
(3)寝床。
「~ニツク/日葡」

Mots Associés

花筵

(1)「花茣蓙(ハナゴザ)」に同じ。 (2)花見のとき地面に敷く筵。 花見筵。 ﹝季﹞春。 (3)草花が一面に咲きそろっているさまや, 花びらが一面に散り敷いているさまを筵にたとえていう語。 ﹝季﹞春。 《うき草を吹き集めてや~/蕪村》

離筵

別れの酒盛り。 別離の宴。 別宴。

花筵

(1)花ござ。 はなむしろ。 (2)はなやかな宴会。 酒宴。 「~を開く」

華筵

(1)花ござ。 はなむしろ。 (2)はなやかな宴会。 酒宴。 「~を開く」

法筵

仏法を説く所。 説法の席。

狭筵

源氏物語 > 源氏物語各帖のあらすじ > 狭筵 ポータル 文学 狭筵(さむしろ)とは、古い時代の源氏物語関係の文献にしばしば現れる源氏物語の巻名。「狭筵」、「狭席」などさまざまな漢字表記を持つほか仮名表記されている場合も多い。大きく分けて宇治十帖に含まれる巻の異名または並びの巻として記されている場

幌筵島

幌筵島(ぱらむしるとう)は、千島列島の北東部にある島。波羅茂知島(ぱらもしるとう)と表記されることもある。ロシア名はパラムシル島 (о.Парамушир)、英語表記はParamushir。 千島列島と北方四島を合わせると、択捉島についで第2位の面積を持つ島である。 北東の占守島とは幌筵海峡(ロシア名:第2クリル海峡・Второй

市川筵女

いた。のち関西に移籍し初代中村鴈治郎一座で老女形として活躍。 『仮名手本忠臣蔵・六段目』のおかや、『双蝶々曲輪日記・引窓』のお幸などを得意とした。また昭和10年 (1935) 10月の明治座、『競伊勢物語』で初代中村吉右衛門の紀有常に相方で小よしを演じて評判を呼んだ。品格に欠けるが老巧な芸であった。

柏原 (幌筵島)

柏原(かしわばら)は、千島列島北部の幌筵島(ほろむしろとう、パラムシル島)にある地名。この島の中心集落である。1877年から1945年までは大日本帝国が領有し、現在はロシア連邦が統治している。ロシア名はセベロクリリスク (セヴェロクリリスク ;Северо-Курильск) となっている。 柏原を含む幌筵

日本紀講筵

日本紀講筵(にほんぎこうえん)は、平安時代前期に、国史である『日本書紀』の講義・研究を行った、宮中行事の一種である。 721年(養老5年)に最初の講筵に行われたが、これは『日本書紀』完成を祝したものと考えられ、後世のものとやや趣が異なっていると見られる。その後、812年(弘仁3年))・843年(承和

郡山石筵ふれあい牧場

郡山石筵ふれあい牧場(こおりやまいしむしろふれあいぼくじょう)とは、福島県郡山市熱海町にある観光牧場。郡山市が設置し、管理及び運営は指定管理者の財団法人郡山市観光交流振興公社が行っている。1995年(平成7年)開設。畜産振興の拠点であり、動物と触れ合える市民の憩いの場として機能している。

磯崎眠亀

1895年)には都宇郡中庄村(現在の倉敷市中庄)に工場を設置し、専ら錦莞筵の製作に従事した。その織機の台数は、本支部を合わせて1000台ぐらいとなり、産出額は10万円に達した。その盛況をみて、同業者も現れ、花筵の改良を競い、綾筵、紋花筵、並花筵等の数種の花筵が生産されるようになった。花筵業は発展し、

伊号第三十六潜水艦

筵に到着。15日1000、運貨筒を曳航して出港するも、その後時化により運貨筒は流失してしまう。17日、北東へ向け浮上航走中、バルディア島のミドルリーフ南方で座礁しかけた。21日、伊36は作戦中止の命を受けて反転。25日に幌筵に到着した。27日、特設運送船(給油船)帝洋丸(日東汽船、9

千島列島

острова́、英: Chishima Islands)と呼ばれる。 全島がロシア連邦の実効支配地域である。最も北東にあるのが占守島で、そこから南西方向に幌筵島・温禰古丹島・得撫島などの20以上の島々が点在する。 また、得撫島より南西にある択捉島・国後島・色丹島および歯舞群島の4島(いわゆる北方四島または

坂東市

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い猿島郡に以下の11村が成立。 岩井村・辺田村・鵠戸村が合併し村制施行して岩井村が成立 長谷村・桐木村・小山村・筵内村が合併し村制施行して中川村が成立 矢作村・法師戸村・大崎村・小泉村・大谷口村・下出島村・中里村が合併し村制施行して七郷村が成立

申叔舟

ョンスグァン 正三品堂下から四品相当)を兼帯している。 1455年1月24日現在、通政大夫(トンジョンテブ 正三品堂上相当)に叙し、承政院都承旨、経筵庁参賛官(キョンヨンチャン チャムチャングァン 正三品堂上相当)、尚瑞少尹(サンソソユン)、春秋館修撰官(チュンチュグァン スチャングァン 正三品堂

伊賀上野地震

嘉永7年6月13日(1854年7月7日)正午に前震が発生した。前震による建物の倒壊は無かった。その後も揺れ、夜通し寝なかったり外に筵をしいて寝るなどした住民がいた。 本震は同年6月15日(新暦7月9日)暁丑刻(午前2時頃)に発生し、6-8時頃に最大余震が発生した。震央は北緯34度45分

雷 (吹雪型駆逐艦)

、イ船団)と護衛部隊および重巡洋艦「那智」など巡洋艦4隻は3月7日に幌筵海峡より出撃。3月10日に揚陸成功し、3月13日に全部隊幌筵海峡に帰投した。 3月22日、2度目のアッツ島への輸送作戦で那智、羽黒等と輸送船2隻を護衛して幌筵島を出撃するが、その途中の3月27日、アッツ島沖でアメリカ艦隊と遭遇し