Logo
Page d'accueil
Leçons
Carnet
Dictionnaire
JLPT Entraînement
Vidéo
Améliorer
Commentaires
Logo
Page d'accueil
Leçons
Carnet
Dictionnaire
JLPT Entraînement
Vidéo
Améliorer
Commentaires
Todaii Japanese
Switch language – current: fr
Logo Japanese
[email protected]
(+84) 865 924 966
315 Truong Chinh, Ha Noi
www.todaiinews.com
DMCA.com Protection Status

À propos de Todaii Japanese

Histoire de la MarqueFAQGuide de l'UtilisateurConditions et PolitiqueInformation de Remboursement

Réseau Social

Logo facebookLogo instagram

Version de l'Application

AppstoreGoogle play

Autres Applications

Todaii German
Todaii English
Todaii Chinese
Todaii Korean
DMCA.com Protection Status

Copyright appartient à eUp Technology JSC

Copyright@2026

Dictionnaire

Détails du Mot

絣

[かすり]
部分的に染めた織り糸を用いて, ところどころかすったような模様を織り出した織物。 また, その模様。

Mots Associés

矢絣

縞の絣の着物を武家の奥女中が用いたが、これは紫や紺色に染めた縞縮緬で「御殿絣」と称し、京都西陣で作られた。この矢絣は西陣では、「ハシゴ」という道具に経糸を掛けて織る。『守貞謾稿』の「織染」には、縞模様の種類について述べた中に以下の記述がある。 此竪島(縦縞)に竪かすり交へたる縞

伊予絣

伊予絣(いよかすり)は、愛媛県松山市で製造されている木綿の紺絣。松山絣とも呼ばれる。久留米絣、備後絣とともに日本三大絣の一つともされる。 江戸時代の後期に、今出(いまづ、現在の松山市西垣生町付近)の鍵谷カナが独力で織出した。当時、農家の婦女子が副収入を目的とし、農作業の合間を見て紡いだものであった。

倉吉絣

織、八反織、一楽織、星七子織、鎖織、四目織等の名が残っている。中には六枚綜絖、更に高級な十枚綜絖の組織織(そしきおり)も織られるようになった。このような織物を風通織といった。 風通織の中には紺色の糸の間に白糸をうまく組み入れて小さな井桁の絣柄を織りでだした織

広瀬絣

1824年に町医者の妻の長岡貞子が米子町(現・米子市)から染色の技術を広めたのを始まったとされており、広瀬藩の保護を受けた。同藩の絵師堀江友声の図案で織られたという。「広瀬の大柄、備後の中柄、久留米の小柄」と評された。 1962年には県の無形文化財に指定、1970年には伝承するために伝習所を設立、1985年には広瀬絣センターを設立した。

作州絣

りについて学んだ。2007年(平成19年)からは、鳥取短期大学にある、「絣美術館」館長、吉田公之介に4年間師事した。 そして、手織「作州絣」大一織物の後継者として平成24年7月11日、杉原家親族に後継者として認められ、2012年(平成24年)9月4日、岡山県郷土伝統的工芸品、手織

備後絣

昭和50年代中頃までは、福山市新市町や芦田町では備後絣を生産する織機の音が聞える家庭が少なくなかった。藍染めなので虫や蛇を寄せ付けない効果があり、手紡ぎ糸の厚みのある綿生地なので、丈夫で保温性にも優れていた。 しかし、その後は急速な洋装化によって絣の需要が激減した。浴衣などの多様化も試みられたが、元

伊勢崎絣

伊勢崎絣(いせさきかすり)とは、群馬県伊勢崎市とその周辺地域で製造されている絣。「伊勢崎銘仙」とも呼ばれている。 伊勢崎絣は「太織」という残り物の繭から引き出した生糸を用いた織物で、本来は農家が自家用に生産していたものであった。江戸時代中期にその基礎が築かれ、丈夫かつお洒落な縞

久留米絣

久留米絣(くるめかすり)は、福岡県久留米市および周辺の旧久留米藩地域で製造されている絣。綿織物で、藍染めが主体。あらかじめ藍と白に染め分けた糸(絣糸)を用いて製織し、文様を表す。伊予絣、備後絣とともに日本三大絣の一つともされる。久留米絣の技法は1956年に重要無形文化財に指定され、1976年には通商産業大臣により伝統工芸品に指定された。

下塚誠

「骸骨たちの海水浴」(1981年)- 賀川大介 第330話「19歳の金髪美女強盗団」(1981年)- 賀川大介 ポーラ名作劇場(NET→ANB) 絣の花(1976年) - 北川真 緑の夢を見ませんか?(1978年) 火曜日のあいつ 第14話「恐怖の地すべり! 飛び込んだ赤ちゃん」(1976年、TBS)

八重山上布

キュウアイやタイワンコマツナギ等の染料で染める。発色を促し定着させるために、仕上げには海晒しが行われる。クールを用いて摺込捺染法で絣柄に染めた茶染の白絣が特に有名。 起源は明らかでないものの、李氏朝鮮の正史『朝鮮王朝実録』には、1477年に石垣島に漂着した朝鮮人の見聞録として、苧麻を織って藍染めした

米沢紬

米沢紬(よねざわつむぎ)は山形県の米沢盆地周辺で産出される紬織物。「米沢織」と呼ばれる絹織物の中で特に有名なものである。絣柄(かすりがら)が琉球紬に似ているところから米沢琉球紬、または米琉とも呼ばれる。 米沢織は、江戸時代中期の第9代米沢藩主・上杉治憲による藩政改革の一環として、越後国から技術者を招

大島紬

時期を同じくして、永江伊栄温と永江当八の父子によって締め機による精巧な絣加工が確立され技術的にも進歩を遂げた。そして大島が紬と言えるのは明治初年くらいまでであり、現在では撚糸を使い紬とは言えなくなっている。名称を付けるなら「大島絣」である。それまでの大島製作法は現在の結城紬とまったく同じものであり、

塩沢紬

主な技法は先染めの平織である。縦糸に生糸・玉糸、横糸に真綿手紡糸を使用し、手くくり、手摺り込みによる絣糸を一本一本合わせながら織り上げた蚊絣(かがすり)・十字絣(じゅうじがすり)・亀甲絣(きっこうがすり)などと呼ばれる細かい絣模様が特色である。また、塩沢紬は地薄でさらさらとしている。 ^ a b c d e

ギャニャール

ギャニャール村(Desa Gianyar)は、インドネシア共和国バリ州ギャニャール県ギャニャール郡の村で、ギャニャール県の県都。北隣のベン村、南隣のアビアンバス村、東隣のサンプランガン村、西隣のビテラ村などと市街が連続している。 機織り絣の中心地として知られている。