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Kamus

Detail Kata

法蔵

[ほうぞう]
仏の説いた教え。 また, 教えを記した経典。

法蔵

[ほうぞう]
(1)阿弥陀如来がまだ仏になっておらず, 世自在王仏のもとで修行していたときの名。 法蔵比丘(ビク)。 法蔵菩薩。
(2)(643-712) 中国, 唐代の僧。 華厳宗第三祖で華厳教学の大成者。 賢首大師・香象大師ともいう。 長安に生まれ, 中年で出家し智儼(チゴン)に師事した。 華厳経(八〇巻)などの仏典翻訳などにも参加。 著「華厳五教章」「華厳経探玄記」など。

Kata Terkait

法蔵町

日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 中川区 > 法蔵町 法蔵町(ほうぞうちょう)は愛知県名古屋市中川区にある町名。現行行政地名は法蔵町1丁目及び法蔵町2丁目。住居表示未実施。 名古屋市中川区の南東部に位置し、東に小碓通、西に畑田町、北に昭和橋通、南に明徳町と港区正徳町に接する。 1945年(昭和20年)2月5日

法蔵部

法蔵部(ほうぞうぶ、梵: Dharmaguptaka, ダルマグプタカ、繁体字: 法藏部; ピン音: fǎzàng-bù)、または漢字音訳で曇無徳部(どんむとくぶ)とは、仏教の上座部の一派。成立に関しては説が分かれるが、概ね説一切有部・化地部辺りから派生したという点では、見解が一致している。法蔵部は

三蔵法師

三蔵法師(さんぞうほうし、繁体字: 三藏法師、簡体字: 三藏法师、拼音: Sānzāng fǎshī)とは、仏教の経蔵・律蔵・論蔵の三蔵に精通した僧侶(法師)のこと。また転じて訳経僧を指していうようになった。単に「三蔵」と呼ぶこともある。 日本では中国の伝奇小説『西遊記』に登場する人物「三蔵法師

正法眼蔵

正法眼藏のテキスト 正法眼蔵を書き換える意図=十二巻「正法眼蔵」 河村孝道・塚田 博「駒澤大学禅文化歴史博物館所蔵 道元禅師真筆『正法眼蔵嗣書』」駒澤大学禅文化歴史博物館、2008年 正法眼蔵の現代語訳 正法眼蔵 インターネットアーカイブの正法眼蔵の現代語訳 インターネットアーカイブの正法眼蔵 正法眼蔵の現代語訳(縦書き)

忍法忠臣蔵

あまり彼女を初夜に将軍の目の前で惨殺し、忠義と女をとことん嫌いぬく者となる。忍法の腕は、敵対・同行した上杉の忍者にも瞠目されるほどで「蜘蛛の糸巻」「鵞毛落とし」などを使う他、特にそれを修行したわけではないようだが、忍法を応用した料理も得意とする。さらにその手法を利用した恐ろしい技も使う。 千坂兵部高房(ちさか

法華部 (大正蔵)

『妙法蓮華経』 263.『正法華経』 264.『添品妙法蓮華経』 265.『薩曇分陀利経』 266.『阿惟越致遮経』 267.『不退転法輪経』 268.『広博厳浄不退転輪経』 269.『法華三昧経』 270.『大法鼓経』 271.『菩薩行方便境界神通変化経』 272.『大薩遮尼乾子所説経』 273

法蔵寺 (岡崎市)

、徳川家の始祖・松平親氏が伽藍を建立して、松平家の菩提寺とした。徳川家康(幼名・竹千代)が、時の住持・教翁上人に就いて、読書きを習ったという(硯箱・硯石・手本・机などが残っている)。江戸時代、深草派三河三檀林のひとつとなる。 寺伝によれば大宝元年(701年) 行基によって法相宗の二村山出生寺として創建されたとされる。

法蔵寺 (彦根市)

法蔵寺と改名 9代目 空明 10代目 順明 河瀬城跡 - 城と寺院が一体化していた。 白門 龍(左甚五郎作) 桜川大龍生誕碑 しあわせ保育園 浄国寺 妙境寺跡碑 河瀬神社御旅所 南川瀬公民館 ^ 日本歴史地名大系25滋賀県の地名 平凡社 838ページ 彦根市立教育研究所 歩いてみよう調べてみよう わたしのふるさと

法蔵寺 (あま市)

称す・・・」などと記述され、江戸時代から知られた鉄地蔵であったことが分かる。 (この節の主要な出典) 本尊は鉄造地蔵菩薩立像。高さ160cm。円頂、衲衣を着け、右手は施無畏印で、左手に宝珠を持つ。「一切衆生成仏得道也寛喜二年庚寅八月日願主入蓮」(寛喜2年は1230年)と陽鋳銘がある。1971年(昭和46年)、国の重要文化財に指定。

蔵

(1)家財や商品などを火災や盗難などから守り, 保管しておく建物。 倉庫。 (2)「お蔵(クラ){(2)}」に同じ。 <i>~が建・つ</i> (成功して)大金持ちになることのたとえ。

蔵

所有していること。 「さる旧家の~にかかる名品」

蔵宗・蔵安

で陸奥国高山の悪路王を討つ物語の原点ともなった。 日龍丸が7歳のときに御門から2匹の大蛇を討伐せよと大事の宣旨を受けたのが日龍丸の伯父を名乗る近江国見馴川の倉光・ 喰介である。日龍丸は家宝の角突弓に神通の鏑矢で退治したことで将軍の宣旨が下って俊仁将軍と名乗った。

新蔵

「新蔵伊勢の産にて、生得怜悧、極めて才覚者と聞ゆるなり。しかし、その気持ちは薄く、同郷に生まれ、異国の同所に同住しながら、足脚さへ寒凍脱落せる庄蔵を扱ふさまは、不人情といふことができよう」 — 『北辺探事』 と述べている。 若宮丸の漂流民たちは、11月に5人、12月に津太夫や吉郎次

醃蔵

魚・野菜などを塩に漬けて保存すること。 また, その物。 塩づけ。 「~した魚」

腹蔵

心の中に秘め隠すこと。 <i>~無(ナ)・い</i> 心の中に隠さない。 思っているまま。 「~・く申し上げる」「~・い御意見をお聞かせ下さい」

覆蔵

心の中に秘め隠すこと。 <i>~無(ナ)・い</i> 心の中に隠さない。 思っているまま。 「~・く申し上げる」「~・い御意見をお聞かせ下さい」

冷蔵

飲食物を低温で貯蔵すること。 「一週間分の食料品を~する」

蔵主

倉庫の所有者。 蔵の持ち主。