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癡兀大慧

癡兀大慧(ちこつ だいえ、1229年(寛喜元年) - 1312年12月20日(正和元年11月22日))は、鎌倉時代の僧である。伊勢国出身。平清盛の子孫とする説がある。 天台宗や真言宗の教えに精通した僧であったが、東福寺の円爾に論争を挑んだところ、逆に感化されてその弟子となった。 [脚注の使い方] ^

Kata Terkait

癡

)と同義である。別名を愚癡(ぐち、愚痴)、我癡、また無明ともいう。 癡は貪、瞋と共に、渇愛につながる要素(三毒、三不善根)だとされて、それは生存の輪である十二因縁の一部となっている。そのシンボルは豚であり、チベットの六道仏画では中心に描かれている。 上座部仏教における不善心所のひとつ。 説一切有部の五位七十五法のうち、大煩悩地法の一つ。

兀兀

※一※ (副) 地味ではあるが着実に物事を行うさま。 「~(と)現地調査を続ける」 ※二※ (ト|タル) {※一※}に同じ。 「十年二十年を挙げて故紙堆裏(コシタイリ)に~たるは, 衣食のためではない/野分(漱石)」 ※三※ (形動ナリ) {※一※}に同じ。 「たれか~なりと検挙(ケンコ)するあらん/正法眼蔵」

兀

高く突き出ているさま。 「雲の峰~として聳ふる/帰去来(独歩)」

兀子

「ごっし(兀子)」に同じ。

兀子

長方形の板に四本の脚を付けた腰掛け。 朝儀列席の官人などが用いた。 ごし。

慧

(1)知恵。 さとり。 (2)〔仏〕 真理を見通す心のはたらき。 智慧。 般若(ハンニヤ)。 「戒・定・~の三学を兼備し給へる独(ヒトリ)の沙門おはしけり/太平記 2」

大慧宗杲

宣州寧国県の出身。16歳で出家し、洞山道微(とうざんどうび)、泐潭文準(ろくたんぶんじゅん)に参禅し、東京(トンキン)にある天寧寺で兜率従悦(とそつじゅうえつ)(黄竜派)に学んだあと、圜悟克勤(えんごこくごん)のもとで悟りを開き嗣法した。紹興7年(1137年)に臨安の径山能仁禅院(五山の

大谷演慧

鍵役。同派函館別院住職。1993年~1996年の間は、同派門首代行を務める。院号は信行院。法名は闡教。同派第二十四代法主(門首)・大谷光暢の従兄弟にあたる。 1914年(大正3年)11月14日、東本願寺第二十二代法主・大谷光瑩(現如)の十一男で鍵役や函館別院住職を務めた大谷瑩潤の長男として生まれる。

兀顔光

これに対し国王は欧陽侍郎の献策を採用し、結局は遼に帰順する振りをした宋江、呉用に却って覇州を騙し取られてしまう。この不首尾に赫怒した国王は欧陽侍郎を罵り処刑しようとするが、兀顔光はそれを諌めると同時に再度出撃を願い出た。しかし今度は兀顔光の副将である副統軍にして幽州の守将でも

兀突骨

兀突骨(ごつとつこつ)は、中国の通俗歴史小説『三国志演義』に登場する架空の人物。 南蛮にある烏戈国(烏滸族)の王という設定である。身の丈12尺(後漢の尺で276cm、魏・晋の尺で288.2cm)の巨漢で、体が鱗で覆われている。また穀物の類は一切食べず、生きた獣や蛇を食べている。

大慧會教団

大慧會教団(だいえいかいきょうだん)は、石倉保助と石倉マツヱによって設立された、日蓮系・法華系の新宗教である。いわゆる霊友会系教団の一つ。大慧会教団などと新字体で表記されることもある。 石倉保助(教団での尊称:法明さま) 石倉マツヱ(教団での尊称:普明さま)

慧灌

慧灌(えかん、生没年不詳)は、飛鳥時代に高句麗王が日本の朝廷に貢上し、来日した僧。日本の三論宗の祖。 初め隋に入って中国の嘉祥大師(吉蔵)から三論教学を学んだ。『日本書紀』によると、625年(推古33年)正月高句麗王が日本の朝廷に貢上して来朝した(貢上=「貢物を差し上げる」)。勅命により元興寺に住し

安慧

唯識派の唯識十大論師の一人。 徳慧(とくえ、Guṇamati)の弟子あるいは後輩。無相唯識の学説で知られ、 護法の有相唯識と対立する。 以下の著作がある。 『阿毘達磨雑集論』 『大乗廣五蘊論』 『大乗中観釈論』 - 中観派の開祖龍樹の中論への注釈 『倶舎論実義疏』 - 倶舎論への注釈 『三十頌釈』 『中辺分別論釈疏』

慧慈

(?-622) 朝鮮, 高句麗(コウクリ)の僧。 595年来朝, 聖徳太子の師となり, 20年後に帰国。 太子の著した「法華義疏」を高句麗に伝えたといわれる。

慧眼

物事の本質を見抜く鋭い眼力。 鋭い洞察力。 また, それをもつこと。 「~の士」 → えげん(慧眼)

慧眼

〔仏〕 五眼の一。 この世の空(クウ)であるという真理を悟る能力をもつ目。 二乗(ニジヨウ)の修行者, 菩薩, 仏が備える。

慧敏

賢いこと。 知恵があって気が利くこと。 また, そのさま。 「アリスの~なるや一聞忽ち其趣を解し/花柳春話(純一郎)」

定慧

禅定(ゼンジヨウ)と智慧(チエ)。

慧観

同じく南渡して建康の青園寺に住していた竺道生が、「悉有仏性説」に基づいた「頓悟成仏義」を主張した時、慧観は、『漸悟論』を著わして、道生の見解に反対した。建康では、 (道)生と(慧)叡は天真に発し、(慧)厳と(慧)観は窪(ふか)く流(もと)めて得たり(『出三蔵記集』巻15)