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Kamus

Detail Kata

絲鞋

絲鞋(しがい・いとのくつ・しあい)とは、未成年の皇族や童舞の舞楽装束、神道の儀式に参加する幼い巫女に用いられる絹糸製の靴。 「絲」とは絹糸の事を指し、本体は白い絹糸を菱形を浮かせて編んだもので、中敷は筵、底は牛革製。足首部分に糸が通してあり、二重に足首を括って蝶結び(装束用語では諸鉤)に結ぶ。構造

Kata Terkait

草鞋

「わらじ(草鞋)」に同じ。 「やつちの糸の~をはき/幸若・山中常盤」

草鞋

〔「わらぐつ」から「わらうづ」「わらんづ」「わらんぢ」と転じてできた語〕 藁で編んだ, ぞうりに似た履物。 爪先(ツマサキ)の長い緒を縁の乳(チ)に通してはく。 <i>~を脱・ぐ</i> (1)旅を終える。 (2)旅の途中で, 一時身を落ち着ける。 また, 宿泊する。 <i>~を穿(ハ)・く</i> (1)旅に出る。 特に, 博打(バクチ)うちなどが捕り手を逃れて土地を離れる。 (2)物の価格を高く偽って商いをする。 下駄(ゲタ)を履(ハ)く。 「傘(カラカサ)の買手に下駄をはくあれば, 草履の売人(ウリテ)に~・くあり/滑稽本・膝栗毛 8」

草鞋

「わらじ(草鞋)」に同じ。 わろうず。 「~などいふ物しばりはき/平家2」

草鞋

〔「あい」は慣用音〕 わらじ。 そうかい。 「自ら玉趾を~のちりにけがして/太平記 7」

草鞋

(1)わらじ。 そうあい。 (2)「挿鞋(ソウカイ)」に同じ。

麻鞋

麻糸で編んだくつ。 古くは武官などが用い, 一般にも使用されたが, 中世以後はすたれた。 麻鞋(マガイ)。

麻鞋

「麻沓(オグツ)」に同じ。

絲路

作詞:黄婷、作曲:易桀齊+伍冠諺 痩痩的 (痩せてるから) 作詞:姚若龍、作曲:陳小霞 路 作詞:陳忠義、作曲:陳忠義 一對一 (一対一) 作詞:小寒、作曲:蔡健雅 可惜不是你 (あなたじゃないのね) 作詞:李焯雄、作曲:曹軒賓 下一秒鐘 (次の一秒間) 作詞:易家揚、作曲:Lisa 很久以後 (時間が経ったあと) 作詞:許哲、作曲:許哲

語絲

中国の週刊雑誌。 1924~30年刊。 孫伏園(ソンフクエン)・魯迅(ロジン)・周作人・林語堂らが, 当時の思想界の沈滞を不満として発行。 随筆・評論が中心。

阿部青鞋

『句壷抄』(1957年) 『阿部青鞋集』(1966年) 『火門集』(1968年) 『樹皮』(1968年) 『続・火門集』(1977年) 『霞ヶ浦春秋』(1979年) 『火門私抄』(1982年) 『ひとるたま』(1983年) 『阿部青鞋俳句全集』 暁光堂 (2021年)

絲印煎餅

絲印煎餅(いといんせんべい)は三重県伊勢市に本店を置く有限会社播田屋(はりたや)が製造販売する菓子。 播田屋は1860年(万延元年)創業、伊勢湾から勢田川をさかのぼる船参宮客を、蒸し饅頭でもてなしたのが始まりとされている。 絲印煎餅は鶏卵と小麦粉、砂糖、塩を原料とする直径3.8cmの薄焼き煎餅

青椒肉絲

青椒肉絲(チンジャオロウスー/チンジャオロース、拼音: Qīngjiāo ròu sī)は、ピーマンと細切りにした肉などを炒めた中華料理である。 中国では青椒肉絲は豚肉を使用する料理であり、牛肉を使用した場合は「青椒牛肉絲」と呼ぶ。その際の日本語のカタカナ表記は「チンジャオニウ ロウスー」「チンジャオニュー

絲山秋子

神と増田喜十郎 『離陸』文藝春秋 2014 のち文庫  『薄情』新潮社 2015 のち河出文庫 『小松とうさちゃん』河出書房新社 2016 のち文庫  『夢も見ずに眠った。』河出書房新社 2019 『御社のチャラ男』講談社 2020 『まっとうな人生』河出書房新社 2022 『神と黒蟹県』文藝春秋 2023

絲屋寿雄

江刺昭子共著 合同出版 1977.9 (歴史と女性シリーズ) [脚注の使い方] ^ a b c d e f g 糸屋寿雄、講談社『日本人名大辞典』、コトバンク、2009年10月23日閲覧。 ^ 糸屋寿雄 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」コトバンク 2018年7月9日閲覧 ^ a b c d e f

中濱絲子

子で、結婚式は父東一郎の古い友人でもあり、高山の恩師でもある片山国嘉の媒酌で星が丘茶寮で行なった。 父東一郎と東京帝国大学の同期であった森林太郎(森鷗外)を通じて知己を得た与謝野鉄幹により和歌(短歌)の才能を見出され、当時「鳳」姓であった同門の与謝野晶子、山川登美子らと共に初期の「明星」にて活躍し

武藤絲治

武藤 絲治(むとう いとじ、1903年5月1日 - 1970年12月23日)は、日本の実業家。鐘紡社長。化粧品や食品などの多角経営を推進、定年制廃止など従業員の待遇改善にも努めた。武藤山治二男。 鐘淵紡績社長だった武藤山治の次男として兵庫県に生まれた。慶應義塾普通部を中退後イギリスに渡り、ロンドンの

小絲源太郎

が中退。在学中の1910年(明治43年)、文展に入選。1933年(昭和8年)帝展の審査員に就任 。木版画を岡田清次郎の彫り、西村熊吉の摺りにより発表する。金沢美術工芸大学教授、東京芸術大学教授を務めた。当初は、印象派に影響を受けた画風であったが

殿村菟絲子

蕾」を創刊、主宰。1978年『晩緑』で第18回俳人協会賞受賞。代表区に「鮎落ちて美しき世は終わりけり」(句集『晩緑』)、「オルガンに繪硝子の夏日灯と紛ふ」(句集『繪硝子』)など。洗練された情感のこまやかな句を詠んだ。句集に『繪硝子』『路傍』『牡丹』『旅雁』『樹下』『晩緑』『菟絲』など、随筆に『季節の雑記』などがある。

時の絲ぐるま

斎服である麁服(あらたえ)と絹製の斎服である繒服(にぎたえ)の現代の姿から、日本人のものづくりと収穫儀礼の本質、自然信仰即ちアニミズム性を追ったものである。 秘すべきことが甚だ多いとされる大嘗祭の神座へ奉安される麻製と絹製の斎服