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遍照院

遍照院(へんじょういん)は、以下の寺院などの院号。 遍照院 (大館市) - 秋田県大館市にある真言宗智山派の寺院。 九品寺 (宮城県大和町) - 宮城県黒川郡大和町にある浄土宗寺院。院号が遍照院。 遍照院 (野田市) - 千葉県野田市にある寺院。 遍照院 (行田市) -

Kata Terkait

遍照

〔「へんしょう」とも〕 あまねく照らすこと。

遍照

(816-890) 平安前期の僧・歌人。 六歌仙・三十六歌仙の一人。 俗名, 良岑宗貞(ヨシミネノムネサダ)。 桓武天皇の孫。 大納言安世の子。 素性の父。 左近衛少将・蔵人頭に進むが仁明天皇の崩御にあい出家。 京都花山に元慶寺を創設。 歌は軽妙洒脱。 古今集以下の勅撰集に三五首入集。 花山僧正。 家集「遍昭集」

遍照天

遍照天(へんじょうてん 梵:Subhakiṇṇā)は、三界のうち、色界18天の下位から数えて第9番目の天。色界第三禅の第3番目の天。 この天は、快楽と清浄が周遍(あまねくまわる)、また浄光が周遍するので、遍照天と名づく。 『雑阿毘曇心論』『彰所知論』は、この天での天

遍照寺

(広島市)(光明遍照寺) 遍照寺 (長門市) - 山口県長門市仙崎にある浄土真宗本願寺派の寺院。金子みすゞ墓所。 遍照寺 (西条市) - 愛媛県西条市にある浄土宗の寺院 遍照寺 - 福岡県宗像市にある日蓮正宗の寺院 遍照寺 (沖縄市) - 沖縄県沖縄市にある東寺真言宗の寺院 遍照で始まる項目の一覧 ^ “遍照寺”

遍照院 (知立市)

遍照院(へんじょういん)は、愛知県知立市弘法町にある真言宗豊山派の寺院。 山号は弘法山。本尊は空海自らが彫ったと伝承される見返り姿の自像。三河三弘法の一番札所であり、第二番西福寺、第三番密蔵院とつづく。このため、地元では「見返弘法」や「知立の弘法さん」として親しまれ、縁日には多くの参拝客で賑わう。

遍照院 (今治市)

遍照院(へんじょういん)は、愛媛県今治市菊間町に所在する寺院である。山号は法佛山。宗派は真言宗豊山派。詳しくは、法佛山 遍照院 日輪寺と号する。本尊は聖観音、開基本尊厄除弘法大師。四国八十八箇所番外札所、新四国曼荼羅霊場第42番札所。別名・厄除大師。 御詠歌:みな人の 厄をば拂ふ 日輪寺 星のさわりも

遍照院 (倉敷市)

大悲の誓 深ければ あまねく照らす 西阿知の寺 寺伝によれば平安時代の寛和元年(985年)智空上人が花山天皇の勅願を受け、市内にある式内社・足高神社の神宮寺として開山したと伝わる。 寺院の西隣には熊野神社があり、神仏習合の形体を留めている。 延久元年(1069年)には後三条天皇の祈願所の一つに列せられたと伝えられている。

遍照寺山

遍照寺山(へんじょうじさん)は、京都府京都市右京区にある標高231メートルの山である。 広沢池の北岸にある。山名は寛朝僧正が山麓に創建した遍照寺に由来し、嵯峨富士の別名がある。山腹に寛朝僧正の墓や登天松がある。 ^ 遍照寺山|【京都市公式】京都観光Navi 郷土富士 嵯峨野 表示 編集

遍知院

両界曼荼羅の一つ胎蔵曼荼羅の中央上部(中台八葉院の上)に位置する区画(院)。 左端;七具胝仏母/准胝観音 中央左;仏眼仏母 中央;一切如来智印 毘廬遮那仏の悟りの顕現、大悲の発動、智慧の発動を示す、炎を伴った三角形。 中央右:大勇猛菩薩 右端:大安楽不空真実金剛/普賢延命菩薩 表示 編集

雲照院

が、『寛政重修諸家譜』や諸系図では、利房、延俊、秀俊の3人だけの生母と書かれている。 また、木下勝俊(長嘯子)の生母は『木下家譜』では「家女」と『寛政重修諸家譜』等では「某氏」と書かれている。長嘯子の歌集『挙白集』に記されている追悼の和歌など複数作に勝俊が彼女を母として慕っている内容があるが、生みの親であるとする史料はない。

大照院

大照院の墓所は、大きく5群に分かれている。墓所内の墓の数は52基で、藩主の墓7基を除いた45基は、藩主正室、一族、殉死者などのものである。墓標は、改葬墓1基、新墓2基を除いて、花崗岩製の五輪塔型で統一され、水輪に普の字を、地輪の表には法号、その裏に没年月日を刻むのを原則としている。墓

常照院

じょうしょういん)は、佐賀県佐賀市本庄町鹿子にある日蓮宗の仏教寺院である。 佐賀藩主鍋島氏の藩祖以来の外戚で、代々重臣をつとめた石井氏の菩提寺であり(開基檀越)、鍋島氏の准菩提寺・祈願寺でもあった。 また、当山境内は戦国時代に石井氏の居城であった飯盛城の跡地とも伝えられる。 旧本山は佐賀市高木町の観照院。親師法縁。

梅照院

2年に一度、寅年のみに開帳される。江戸幕府2代将軍徳川秀忠の五女で後水尾天皇中宮の和子(東福門院)が当寺の薬師如来に眼病平癒を祈願したところ、たちまち回復したとされることから、特に眼病治癒の利益(りやく)に関して有名になった。その他子育てなどにも利益があるとされている。

遍照寺 (真岡市)

当寺の本尊である金剛界大日如来像。寄木造り。像高51cm、膝開45cm、台座33cm。南北朝時代(貞和2年・1346年)法印康誉(運慶五代の孫)作の銘がある。 中村城跡 昭和35年指定 中納言山陰10代の孫、高松院蔵人中村常陸介藤原朝宗(後の中村朝宗)。 市指定 胎蔵界大日如来 不動堂 春日曼荼羅 遍照寺文書 平成12年指定

遍

〔上に来る語によっては「ぺん」「ベん」となる〕 助数詞。 動作・作用の回数を数えるのに用いる。 たび。 度。 回。 「二~答えたが, 相手に聞こえなかった」「一〇~も繰り返して練習する」「読書百~意おのずから通ず」

新照院町

124世帯(2020年4月1日現在)。新照院町の全域で住居表示を実施している。 鹿児島市中部、甲突川下流域に位置している。町域の北方には草牟田、城山町、長田町、南方には平之町、山下町、照国町、西方には城西、鷹師、東方には城山町がそれぞれ隣接している。町域の西端を国道3号が南北に通っており、鹿児島本線が東西に通っている。

何遍

何度。 何回。 副詞的にも用いる。 「外国へは~行きましたか」「~も読む」

普遍

(1)広く行き渡ること。 「火山の到る処に~するを/日本風景論(重昂)」 (2)すべてのものにあてはまること。 すべてのものに共通していること。 ⇔ 特殊 「~の原理」 (3)〔哲・論〕 〔universal〕 (ア)宇宙や存在の全体にかかわっていること。 (イ)複数の個物について共通に述べられ得る事柄。 普通名詞に対応する項辞ないし概念。

一遍

(1239-1289) 鎌倉中期の僧。 時宗の開祖。 伊予の豪族河野通広の子。 諱(イミナ)は智真。 諡(オクリナ)は円照大師。 延暦寺で天台宗を学び, 太宰府で法然の孫弟子で西山派の聖達を師とする。 のち熊野本宮に参籠して霊験を得, 名を一遍と改める。 念仏札を配る諸国遊行に出て, 各地で念仏や踊り念仏を勧めた。 そのため遊行上人(ユギヨウシヨウニン)・捨聖(ステヒジリ)ともいわれた。 その教説をまとめたものに「一遍上人語録」などがある。