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都鄙

[とひ]
みやこと田舎。 都会と田舎。

Kata Terkait

都鄙問答

『都鄙問答』(とひもんどう)は、江戸時代中期に成立した心学運動の経典というべき書である。町人道を説いた。問答体による構成は四巻16段からなっている。著者は丹波桑田郡東懸村(京都府亀岡市)の百姓の出の商人市井学者、石田梅岩(いしだ ばいがん、1685年(貞享2年) - 1744年(延享元年))。1739年(元文4年)刊。

鄙

(1)都から離れた土地。 いなか。 「~にはまれな美人」 (2)支配の及ばない未開地に住む人々。 えびす。 「四道将軍(ヨツノミチノイクサノキミ)~を平(ム)けたる状を以て奏す/日本書紀(崇神訓)」 <i>~の別れ</i> 都を離れて, 田舎へ行くこと。 「思ひきや~に衰へて海人の縄たきいさりせむとは/古今(雑下)」

鄙語

(1)卑しい言葉。 下品な言葉。 スラング。 卑言。 (2)田舎びた言葉。 里びた言葉。 《鄙語》

鄙俗

(1)卑しく下品であること。 低俗であること。 また, そのさま。 「~な歌」 (2)いなかびている・こと(さま)。 「~な風習」 ﹛派生﹜~さ(名)

鄙見

自分の意見をへりくだっていう語。 「あえて~を述べさせていただけば」

鄙賤

身分や地位が低く, いやしい・こと(さま)。 「~の身」「教育といふものを受けた事のない~な男なら/ヰタ・セクスアリス(鴎外)」

鄙陋

身分・性行が卑しく下品な・こと(さま)。 「財を軽んじ, 倹省することを知らざるものは, 遂に甚だ~なる事を為すに至るべし/西国立志編(正直)」

鄙言

通俗の言葉。 卑しい言葉。 鄙語(ヒゴ)。

鄙諺

通俗のことわざ。 卑しいことわざ。

鄙俚

言語・風俗などがいなかびていて卑しい・こと(さま)。 野卑。 「よし其言語は~なりとも/小説神髄(逍遥)」

鄙吝

いやしいこと。 けちなこと。

任鄙

任 鄙(じん ひ、? - 紀元前288年)は、中国戦国時代の秦の政治家・軍人。武王の時期に孟賁や烏獲・夏育と並び称され高官に取り立てられた著名な大力士の一人であった。 秦の昭襄王13年(紀元前294年)、秦の丞相魏冄の推挙で任鄙は漢中郡の郡守に就任した。 昭襄王19年(紀元前288年)、任鄙死去。

晋鄙

鄙率いる魏軍が邯鄲の援軍として進発した。 しかし、秦の強勢を恐れる安釐王は晋鄙に鄴城(現在の河北省邯鄲市臨漳県)に待機する様に命じ、晋鄙は命令通り軍の動きを止めた。少しして、信陵君が晋鄙の元を訪れ安釐王と晋鄙が持つ割符の片割れを見せ、軍の指揮権を渡す事を要求した。怪しんで指揮権の譲渡を渋った晋鄙

都

(1)みやこ。 (2)地方公共団体の一。 東京都がこれにあたる。 → 都道府県 (3)「東京都」の略。 「~の方針」「~条例」

都

〔宮処(ミヤコ)の意〕 (1)皇居のある所。 「奈良の~」「京都から東京に~を移す」 (2)首府。 首都。 (3)政治・経済・文化の中心としてにぎやかな所。 都会。 あることが盛んであったり特徴であったりする都会。 「花の~」「水の~ベニス」

1482年

5243年 1482年のカレンダー(ユリウス暦) 1月6日(文明14年11月27日) - 室町幕府と古河公方足利成氏との和睦が成立、享徳の乱終わる。(都鄙合体) 6月29日 - マリア・デ・アラゴン・イ・カスティーリャ、ポルトガル王マヌエル1世の2度目の王妃 (+ 1517年) 11月13日 -

市大樹

『飛鳥の木簡 ―古代史の新たな解明』(中公新書2168、中央公論新社、2012年) 『日本古代都鄙間交通の研究』(塙書房、2017年) ^ “律令国家都鄙間交通の研究 市大樹”. 国立国会図書館. 2012年8月4日閲覧。 ^ 日本学術振興会 (2012年1月20日).

ウェスティン都ホテル京都

園庭園は7代目小川治兵衛の長男白楊により、大正14年(1925年)に作庭され、醍醐寺三宝院(京都市伏見区)の庭を模して造られている。葵殿庭園と佳水園庭園はともに1994年に京都市文化財(名勝)に登録された。 1952年には、日立製作所のエアコン第1号機「EW-50」が設置された。 佳水園庭

三都

貧しいは愧ることではなく、実を置いても立身する(名声を得る)ほうがいい」と考えている。 だが、江戸を見なければ我邦(日本)の「人口衆く(多く)、諸侯輻湊(集中)」して万国(他国)よりも繁華なることを理解できないであろう。 と、述べて三都それぞれに異なるものの、日本の誇るべき都市であると結論付けている。