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Kamus

Detail Kata

間道

[かんとう]
室町から江戸初期, 中国や南方から渡来した縞・格子・絣(カスリ)などの織物。 茶人に愛好され, 名物裂(ギレ)として多く残る。 間道縞。
〔広東・漢島・漢渡・漢唐などとも書く〕

間道

[かんどう]
主要な街道からはずれた道。 また, 抜け道。
⇔ 本道
「山越えの~がある」

Kata Terkait

四間道

軒余りが焼失し、その後尾張藩4代藩主徳川吉通は、堀川沿いにある商家の焼失を避けるために、中橋から五条橋までの道幅を4間(約7メートル)に拡張したのが始まりである。 このことから四間道と呼ばれるようになったという。 この通りは、当時の熱田から岐阜へ向かう街道「美濃路」の1つ西側にあり、堀川から数えて西に2本目に当たるものである。

区間 (鉄道)

鉄道において区間(くかん)とは、路線・線区の地点の間を指す。 例えば、信号機の間を「閉塞区間」(へいそくくかん)という。また、駅と駅との間を「駅間」(えきかん)という。この場合、路線バス・路面電車においても同様のものとして、「停留所間」(ていりゅうじょかん)という言葉がある。

間島冬道

『間島冬道』 - コトバンク 『間島 冬道』 - コトバンク 間島冬道書簡 : 岩倉具綱宛 - 早稲田大学 間島冬道草稿 / 間島冬道[撰] - 早稲田大学 間島冬道書簡 : 福羽美静・高崎正風宛 - 早稲田大学 間島冬道書翰 : 大隈重信宛 - 早稲田大学 冬道翁歌集. 上,下 / 間島冬道[詠];

櫻間道雄

孫に櫻間右陣がいる(シテ方金春流、重要無形文化財総合認定保持者)。 『能・捨心の芸術』(朝日新聞社、1972年) 能楽名演集 金春流「黒塚」櫻間道雄 本田秀男 豊嶋十郎/金剛流「葵上」豊嶋弥左衛門 江崎金治郎、NHKエンタープライズ 能楽名演集 金春流「葵上」櫻間金太郎(弓川) 宝生新/「実盛」櫻間道雄

田道間守

バナ伝来の物語が引き出されたと見られ、「タチバナ」という名前自体を「タヂマバナ(田道間花)」の転訛とする説もある。 また、タチバナは植物の名前であると同時に大王家の宮殿があった大和国高市郡の橘とも関わりがあり、田道間守の説話はこの橘の宮殿に出仕していた但馬の三宅連の祖先の説話として位置づける説もあ

水間鉄道

番号は、本文中では廃止直前のものを記載する。 1番 水間駅前 → 和泉橋本駅前(三ツ松住宅経由) 2番 和泉橋本駅前 → 水間駅前(貝塚サンヨー前・三ツ松住宅経由) 3番 和泉橋本駅前 → 貝塚サンヨー前 → 橋本団地 → 和泉橋本駅前 1 - 3番系統は、2011年12月1日から2014年3月31

間部詮道

この項目に含まれる文字「詮」は、オペレーティングシステムやブラウザなどの環境により表示が異なります。 間部 詮道(まなべ あきみち、嘉永6年9月6日(1853年10月8日) - 明治25年(1892年)4月6日)は、越前鯖江藩の第9代(最後)の藩主。間部家10代。第7代藩主・間部詮勝の八男。母は家

野間道場

野間道場(のまどうじょう)とは、講談社の剣道道場。 講談社創業者で社員教育に剣道を奨励する野間清治が、1925年(大正14年)10月、東京府東京市小石川区音羽(現文京区)に設立した。部材は江戸時代に神田明神脇にあった道場のものと伝わる。野間が稽古中にアキレス腱断裂をした体験があることから、床下にはスプリングが入れられた。

高間直道

』第1号、大阪商業大学商経学会、1952年4月、59-77頁、ISSN 02870959、NAID 40000301557。  高間直道「杉田成卿「医戒」と,その現代的意義」『東京医科大学雑誌』第23巻第1号、東京医科大学医学会、1965年3月、1-30頁、ISSN 00408905、NAID 40018118080。 

野間惟道

野間 惟道(のま これみち、1937年(昭和12年)11月26日 - 1987年(昭和62年)6月10日)は、日本の実業家。講談社5代目代表取締役社長、元日刊ゲンダイ代表取締役社長。東京府(現・東京都)出身。旧姓は阿南(あなみ)。陸軍大将・阿南惟幾の五男。 東京大学卒、三菱電機勤務を経て、1965

水間鉄道水間線

1時間に約3本運転)で運行していた。また2021年は通常の土休日ダイヤで運行された。 車両は南海電気鉄道の中古車両を使用していたが、1990年に架線電圧を600Vから1500Vに昇圧し、全車両を元東急7000系電車の7000系に置き換えた。2006年から7000系は順次、更新改造され1000形に改番

間間

ときどき。 まれに。 時には。 「忘れることも~ある」

火間虫入道

火間虫入道、火間蟲入道(ひまむしにゅうどう)は、鳥山石燕による江戸時代の妖怪画集『今昔百鬼拾遺』にある日本の妖怪。 縁の下から上半身を現して行灯の油を嘗めている様が描かれている妖怪であり、解説文には以下のようにある。 人生勤(つとむる)にあり つとむるときは匱(とぼし)からずといへり 生て時に益なく う

ハネムーン期間 (報道)

くという姿勢が大事」として批判を控える姿勢を示した。また、政権交代後に首相となった鳩山由紀夫は、鳩山政権発足後100日以上経過した2010年の首相年頭所感で「ハネムーンの期間は過ぎました。温かい目で見てくれとは、もう申し上げません。」と言及している。 [脚注の使い方] ^ “「暫定予算」(読売テレビ解説委員室)”

都市間鉄道

都市の大部分は都市間鉄道で結ばれている。(そうでない場合も、通勤列車が通じている。)また、東武鉄道、小田急電鉄、名古屋鉄道、近畿日本鉄道などの私鉄の一部も、都市間鉄道の分類に入る 特急列車を運行している。 中国語では、都市間列車は城際列車と呼ばれる。近年は高速鉄道

羽佐間道夫

(2019年11月7日). “吹替界の重鎮・羽佐間道夫に聞く!「『あ』だけで喜怒哀楽を表現してごらん、って言うんです」”. BANGER!!!. https://www.banger.jp/movie/20625/ 2022年2月11日閲覧。  ^ a b “羽佐間道夫、この道

間

〔古くは「はさま」〕 (1)物と物との間の狭くなったところ。 あいだ。 「雲の~」「生と死の~」 (2)谷あい。 谷間。 (3)城壁にあけた, 弓・鉄砲などを射つための穴。 銃眼。 (4)事と事の間。 間の時間。 「其の暇の~には天台の止観をぞ学しける/今昔 13」

間

(1)「間狂言(アイキヨウゲン)」の略。 (2)「間駒(アイゴマ)」の略。 「~を打つ」 (3)「あいの手」の略。 (4)物と物との間。 あわい。 「此の鹿の目の~の/宇治拾遺 7」 (5)人と人との間柄。 仲。 「二人ノ~ガ悪ウゴザル/日葡」 (6)杯をやりとりし合っている二人の中に入って, 第三者が杯を受けて返すこと。 (7)「間(アイ)の宿(シユク)」の略。