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단어 상세정보

十三粍手動銃

十三粍手動銃(じゅうさんミリメートルしゅどうじゅう)とは昭和10年(1935年)に大日本帝国陸軍が試作した対戦車ライフルである。弾薬は九二式車載十三粍機関砲のものを用いた。弾丸は直径13.2 mm。2門のみ完成した後、威力不足のため開発を中止した。携行可能な対戦車兵器としては口径20 mmの九七式自動砲が制式化された。

관련 단어

三式十三粍固定機銃

銃と同様で、発砲すると銃身と銃尾が後退する。銃尾機関部は空薬莢を薬室から抜き出して排出、新しい弾薬を保弾子から抜き出す。後退が終了すると、銃身および銃尾が復座バネによって前進を開始する。銃尾機関部は、抜き出した弾薬を薬室へ装填、閉鎖する。この作動方法は、海軍において銃身退却式と呼称された。 本銃

二式三十粍固定機銃

、ケースと尾栓を後退させる。後退途中で空薬莢は尾栓頭から除去され、排出される。最後尾で尾栓掛け金が降りていれば尾栓はロックされ、または連射のため発射把柄を引いた状態で尾栓掛け金が外れていれば、再び推進ばねが前進をはじめ、同じサイクルで発射が行われる。推進ばねの圧縮力は非常に高く、初装填には空気または油圧の装填機を用いた。

五式三十粍固定機銃

り、威力では五式三十粍固定機銃の方が優れる。 銃口に涙滴状に似たマズルブレーキを備え、マズルブレーキはコーン型の整流覆で銃身とつながっている。マズルブレーキの穴は円形のものが一個ずつ放射状に、均等な間隔で設けられている。銃身取り付け基部の左右に駐退ばねがある。銃身のほぼ中央の下部にガスシリンダーがあ

毘式四十粍機銃

毘式四十粍機銃(ビしきよんじゅうミリきじゅう)は、大日本帝国海軍の装備した機関砲である。海軍の装備した機関砲で最大かつ最重量だった。 “毘式”とはヴィッカース・アームストロング社のビ(ヴィ)を表している。 水冷・ベルトリンク給弾式の機関砲で、自動式の信管調定器を備え、望遠計算式の照準器を有する。1925年にイギリスのヴィッカース

一式三十七粍砲

これらの改善によって、同年末に本砲は制式制定された。 性能は3.7 cm PaK 36(ラ式三七粍対戦車砲)にほぼ匹敵する。 本砲の砲身は単肉自緊砲身であり全長1850mmの50口径、閉鎖機は水平鎖栓式で自動式開閉装置を採用している。 駐退復坐機は水圧駐退バネ復坐式。照準眼鏡の倍率は4倍(

九六式二十五粍機銃

を変え、これに対応して諸元を調定するたびに照準線が動かされた。さらにその照準線を目標に向け直してようやく射線にリード角がかかった。これらから常に照準線が動かされ、敵機に正確な照準を合わせることが難しかった。さらにLPR照準器は工数の多い機械で、製造に時間がかかり、要求生産数に間に合わなくなった。

三十年式銃剣

着剣装置が無く、銃剣使用は考慮されていない。のちに三十年式歩兵銃の改良小銃として採用された三八式歩兵銃の採用に合わせ、1907年(明治40年)12月に制式名称を三十年式銃剣に改称している(三八式歩兵銃の騎兵銃型たる三八式騎銃は着剣

九四式三十七粍砲

本砲及び弾薬車4門に対する装備品の運搬のために開発されたものが九四式三十七粍砲予備品車である。本車の車体は基本的に弾薬車と同一であり、界板を有さず轅棹托架及び車輪托架を装着したに過ぎない。積載品は属品箱、予備品箱、油脂箱等である。これらはいずれも負帯を付けて弾薬箱と同様に背負うことが可能であった。本車の重量

試製機動五十七粍砲

試製機動五十七粍砲(しせいきどう57みりほう)は、1941年(昭和16年)より大日本帝国陸軍が研究・開発した対戦車砲(速射砲)。 1939年(昭和14年)9月より開発中であった試製四十七粍砲 は、初速、精度など全般的な性能は各国の45mm級対戦車砲と比較して遜色のないものだったが、重戦車級の敵戦車

一式三十七粍戦車砲

試験を実施、機能及び抗堪性とも良好との判定を得た。翌1942年(昭和17年)2月機能抗堪弾道性試験を実施、戦車(試験ではケニ車を使用)に搭載した状態でも良好な成績を示した。しかし、翌1943年(昭和18年)2月に行った多数弾射撃試験

三十年式歩兵銃

92mmの連発式ボルトアクション式小銃である、Gew88(1888年にドイツで採用。のちに清国が漢陽八八式歩槍として1895年から国産化)を装備しており、これは村田銃よりも優れていた。 既に1889年(明治22年)に日本初の連発式ボルトアクション式小銃である二十二年式村田連発銃が採用されてはいたが、同銃

三銃士

表題の「銃士」とは、元々は最新式のマスケット銃を装備した乗馬歩兵で竜騎兵の一種だが、『三銃士』の中では銃撃戦は少なく、剣(レイピア)での突き合いが主になっている(レイピアは一部を除き刃がないので斬る事は出来ない。下記の絵でも刀身を平気で握って掲げている)。 日本では『三銃士』のみが有名だが、『三銃

十手

柄は棒身そのまま剥き出しにし握りやすい形状(六角や八角などの断面)に切削加工したものや真鍮などでさらに棒身を覆い太く握りやすく冬場でもかじかみにくくしたもの、グリップをよくするために籐や細紐や革紐を巻いた物、より握りやすい形状にしたり衝撃を吸収するために木柄や象牙などを

試製八十一粍無反動砲

II型はI型と同様の形状を持つが、噴気口の径が太くなっており、三脚架に搭載して同様に3名で運用した。発射に際しては伏姿をとる。 砲弾は有翼タ弾を用いた。砲身が滑腔砲であるため弾体が回転しない。最大射程は200mで、うち有効射程は30mである。砲弾の炸薬量は0.45kgで命中すると100mmを貫通した。

三十

(1)一〇の三倍の数。 (2)三〇歳。 <i>~にして立つ</i> 〔論語(為政)〕 三〇歳になり, 精神的に自立する。 → 而立

三十

さんじゅう。 多く他の語と複合して用いる。 「~一文字(ヒトモジ)」「~日((ミソカ))」「十(トオ)・二十(ハタ)・~・四十(ヨソ)などかぞふるさま/源氏(空蝉)」

三十

〔「路」は接尾語。 古くは「みそち」〕 (1)三〇歳。 「~を越える」 (2)三〇。 「~あまり六の歌人をぬき出でて/後拾遺(序)」

十三

十三 13の漢字(漢数字)表記(じゅうさん) 十三 (大阪市)(じゅうそう) - 大阪市淀川区の地名 十三駅 (大阪市)(じゅうそうえき) - 阪急電鉄の駅名 日本の男性の人名のひとつ。多くは「じゅうぞう」と読む。 伊丹十三 - 日本の俳優、映画監督 田中十三 - 日本の撮影技師 所十三 - 日本の漫画家

自動小銃

なお、アメリカ軍が第一次世界大戦頃に定めた自動火器の区分においては、陣地に据え付けるような大型で重量のあるものを機関銃(Machine gun)、運搬が容易で歩兵と共に前進できるものを自動小銃(Automatic rifle)とした。この場合、一般に軽機関銃と称される銃の一部も自動小銃に含まれうる。 全自動