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단어 상세정보

斤部

斤部(きんぶ)は、漢字を部首により分類したグループの一つ。 康熙字典214部首では69番目に置かれる(4画の9番目)。 「斤」の字は木を切る斧を意味し、その形に象る。偏旁の意符としては斧や切ることに関することを示す。 日本:おの・おのづくり・きん 中国:斤字旁 韓国:도끼근부(dokki geun bu、斧の斤部) 英米:Radical

관련 단어

斤

(1)目方または重さの単位。 普通は, 一斤を一六〇匁(モンメ)とし, 尺貫法では一斤=一六〇匁=600グラムとした。 他に時代・対象品目の違いにより伝統的に行われた標準を異とするものに, 大和目(一八〇匁)・大目(二〇〇匁)・白目(二三〇匁)・山目(二五〇匁)があり, また舶来品に対するものは一斤を英国の一ポンド(453.6グラム)にほぼ等しい一二〇匁とした。 (2)食パンの単位。 350~400グラムの一塊を一斤とする。

斤量

はかりで量った目方。 斤目。

斧斤

おの。 まさかり。

斤目

(1)斤を単位として量った物の重さ。 (2)物の重さ。 めかた。 量目。

洋斤

ポンド(重量の単位)の異名。

奚斤

『魏書』太宗紀永興4年7月己巳朔の条 ^ 『魏書』太宗紀永興5年春正月庚寅の条 ^ 『魏書』太宗紀永興5年7月己巳の条による。同書奚斤伝では「越勒部を鹿那山で討った」とする。同書同伝の中華書局版校勘記は、「勒」「鹿」を誤りとみなしている。 ^ 『魏書』蠕蠕伝による。紀年は同書太宗紀神瑞元年12月の条により補った。 ^ 『魏書』太宗紀永興7年5月の条

三斤王

三斤王(さんきんおう、465年? - 479年)は百済の第23代の王(在位:477年 - 479年)であり、先代の文周王の長子。諱・諡は伝わらない。『三国史記』百済本紀・三斤王紀の分注には壬乞王、『三国遺事』王暦には三乞王、『日本書紀』雄略天皇紀には文斤王とも記される。477年9月に先王が暗殺され、三斤王がわずか13歳で即位した。

一斤染め

紅色を指す。英語のペールピンク(薄桃色)に近い色味。 一斤染は、染料の紅花大一斤(600g)で、絹一疋(絹布2反)を染めた色名称である。 紅の濃染が高価であった平安時代は、一斤染の色が上限である紅の聴色(ゆるしいろ、許色)とされ、これより濃い染は禁色(きんじき)とされた。一斤染よりさらに淡い紅色

四斤山砲

円弾)を使用した場合に比べると同口径でも大質量の砲弾を使用できるようになった。例えば、新しい四斤山砲の場合、従来の同口径砲では4リーブル(1リーブルは0.5キログラム弱)の円弾だったのが、4キログラムの長榴弾(全備重量=弾殻+炸薬+信管)を使用可能となっている。弾

木羅斤資

全羅南道羅州郡(現:羅州市)潘南(朝鮮語版)の地と考えられている(上掲, 『日本書紀I』, 2003, p.310)。 ^ ここでは、全羅北道井邑市古阜面(朝鮮語版)斗升山城(朝鮮語版)に比定されているが、百済始祖伝説に温祚が都を建てて初めて王を称したという慰礼城や、雄略天皇20年条に引く『百済記』に見える慰礼や、『

特健俟斤

特健 俟斤(漢音:とくけん しきん、拼音:Tèjiàn Sìjīn、生没年不詳)は、回紇(迴紇、かいこつ、ウイグル)部の初代部族長。姓は薬羅葛(ヤグラカル)氏で、名は特健。俟斤(イルキン、Irkin)というのは突厥可汗国から各部族長に与えられる称号のひとつである。『新唐書』では時健俟斤と表記。

赤斤蒙古衛

『明太宗実録』永楽八年八月壬戌「…陞赤斤蒙古千戸所為粛州赤斤蒙古衛、指揮使司千戸塔力尼為指揮僉事、百戸薛失加・速南失加・乃馬歹皆陞副千戸、賜速南失加姓名為安思謙、乃馬歹為王存礼、皆賜綵幣及衣服。嘉其不従哈剌馬牙等叛、且獲賊有功也。時沙州舎人把不台・赤斤舎人把児単等三十九人亦預効労、賜綵幣・絹布」 ^

老斤里虐殺事件

老斤里虐殺事件(ノグンニぎゃくさつじけん)は、朝鮮戦争中の1950年7月に起きたアメリカ軍による韓国民間人の虐殺事件。第25師団長ウィリアム・B・キーン少将による7月26日の「戦闘地域を移動するすべての民間人を敵とみなし発砲せよ」という命令に基づき行われた。 

部

※一※ (名) (1)全体をいくつかに分けたそれぞれの部分。 「午前の~」「上(ジヨウ)の~にはいる」 (2)官庁・会社などの, 組織上の一区分。 普通, 課より大きく局より小さい。 「経理~」 (3)学校・会社などのクラブ活動やレクリエーションのための団体。 「図書~」 (4)歌集などで, 全体を区分けしたそれぞれの部分。 部立て。 「秋の~」 ※二※ (接尾) 助数詞。 書物・出版物などの数を表す。 分冊ものは一揃(ソロ)えで一部とする。 「初版一万~」「一~三冊」

部

⇒ べ(部)

部

大化前代, 大和政権に服属する官人・人民の集団に付せられた呼称。 五世紀末の渡来系技術者の品部(シナベ)への組織化に始まり, 旧来の官人組織である伴(トモ)を品部の組織に改編し, また王権の発展に伴って服属した地方首長の領有民や技術者集団, 中央豪族の領有民(部曲(カキベ))にも部を設定し, 王権に服属した民であることを示した。 部による支配方式を一般に部民制と呼び, 六世紀を通じて大和政権の基本的な支配構造となった。 部(トモ)。

田部 (部首)

「田」字は区画された農業の耕作地を意味し、4つの「口」は区切られた耕作地を、「十」は畦道の形を象る。 日本では特に、水を張って稲を栽培する稲田を指し、その他の耕作地を和製漢字の「畑」や「畠」に分けているが、本来は稲のみならず五穀を植えた耕作地はすべて「田」である。 偏旁の意符としては農耕や

服部 (品部)

機か、それ以前の道具を使ったと考えられる。ところが、6世紀の中頃の古墳から出土したものでは、筬が用いられたことが分かり、六朝時代の絹機や布機によって織り上げられたものだと思われる。 機織り機の進歩により生産性も良くなり、原始機

内部部局

内部部局(ないぶぶきょくく)とは、日本の行政機関において、府・省・庁・委員会の中に置かれる組織の細目の一つで、府省庁内の本体部分を構成する組織をいう。 内部部局とは、外局に対していうもので、府省庁によっては「内局」と略することもある。また、それぞれの外局も、その本体部分に内部