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စကားဝှက်

စကားလုံးအသေးစိတ်

木楯

[こだて]
楯として身を寄せるもの。 楯の代わりになるもの。
<i>~に取・る</i>
(1)楯の代わりとする。
「竹の一むらしげりたるを~・つて/太平記 8」
(2)身を守るために利用する。
「内裏を~・られては我朝敵と成るばかり/浄瑠璃・鎌田兵衛」

ဆက်စပ်စကားလုံးများ

楯

(1)戦闘の際, 敵の矢・刀槍・銃による攻撃から体を隠し, 身を守るための防御用の武具。 手に持って使う持ち盾(手盾)と, 地上に置いて用いる置き盾(掻盾(カイダテ))がある。 (2)自分の身を守るのに都合のいいような手段。 「証文を~に居座る」 <i>~に取・る</i> 防御物とする。 転じて, 口実やいいがかりの手だてとする。 「相手の弱味を~・って攻撃する」 <i>~の半面</i> 物事の一方の側。 全体を見ずに, 物事の一面だけから判断を下す態度にいう。 <i>~の両面を見よ</i> 一面的な見方をせずに, 物事の表と裏との両側からよく見た上で判断せよ。 <i>~を突・く</i> (1)戦いのために楯を地面に突き立てる。 (2)反抗する。 さからう。 たてつく。 「親に~・く」

楯鱗

サメ類・エイ類のうろこ。 象牙質の中心に髄があり, 外側はエナメル質におおわれていて, 歯と相同の構造をもつ。 皮歯。

小楯

※一※ (名) 楯。 「木幡の道に遇はししをとめ後姿(ウシロデ)は~ろかも/古事記(中)」 ※二※ (枕詞) 「やまと」にかかる。 「~倭(ヤマト)を過ぎ/古事記(下)」

手楯

歩兵が手に持ち, 地面に突き立てて防御に用いる木の楯。 持ち楯。

楯座

〔(ラテン) Scutum〕 八月頃の宵に南中する小星座。 射手(イテ)座の北隣りの天の川の中にある。

小楯

楯として身を寄せるもの。 楯の代わりになるもの。 <i>~に取・る</i> (1)楯の代わりとする。 「竹の一むらしげりたるを~・つて/太平記 8」 (2)身を守るために利用する。 「内裏を~・られては我朝敵と成るばかり/浄瑠璃・鎌田兵衛」

楯無

また、『国志』では武田氏滅亡に際して、滅亡の地である田野から勝頼着用の鎧を回収して菅田天神社に納めて楯無鎧と称されたと記し、江戸時代の元文年間には青木昆陽(文蔵)が甲州を調査した際に鎧櫃を見聞し、これを契機に存在が知られ、観覧者が増加し盗難され破損する事件も発生したという(巻109)。

銀楯隊

銀楯隊(ぎんじゅんたい)、またはアルギュラスピデス(希:Αργυράσπιδες, ラテン文字表記:Argyraspides)は、マケドニアおよびその後継国家で編成された歩兵部隊である。 この歩兵の精鋭3000名からなる部隊は銀の薄板を張った楯と胸甲を装備していたため、このように呼ばれていた。彼らは

後ろ楯

(1)陰にいてあと押しをし, 援助すること。 また, その人。 パトロン。 うしろみ。 (2)背後を守る楯。

佩楯山

佩楯山(はいだてさん)は、大分県豊後大野市三重町松尾と佐伯市本匠大字山部との境に位置する標高753.8mの山である。山頂からは豊後大野市三重地区の中心部や由布・鶴見岳、祖母山が見える。大分百山の一つ。山頂には753.76mの一等三角点がある。 見晴らしかきくことから、山頂には放送各社の送信設備や警察

御楯組

御楯組(みたてぐみ)は、江戸時代末期(幕末期)に結成された尊王攘夷結社。1862年結成。 1862年、長州藩の高杉晋作は、「薩藩はすでに生麦に於いて夷人を斬殺して攘夷の実を挙げたのに、我が藩はなお、公武合体を説いている。何とか攘夷の実を挙げねばならぬ。藩政府でこれを断行できぬならば……」と論じていた。

楯状地

楯状地(たてじょうち 、じゅんじょうち、英: shield、盾状地やたて状地とも)とは、一般的に、構造地質学的に安定している、先カンブリア時代の結晶質火成岩と高度変成岩が露出する広い地域を指す。 楯状地を構成する岩石は5億7千万年以上前に形成され、時には20億-35億年前のものもある。先カンブリア時代後の地殻変動

本楯駅

本楯駅(もとたてえき)は、山形県酒田市本楯字通伝(つうでん)にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)羽越本線の駅である。 羽越本線は隣の酒田駅を境に、管轄が新潟支社と秋田支社とに分かれており、酒田駅は新潟支社管轄であるため、当駅は秋田支社管轄の羽越本線最南端となっている。 1919年(大正8年)12月5日:鉄道院の駅として開設。

菅楯彦

昭和24年(1949年)大阪府文芸賞、1951年(昭和26年)に大阪市民文化賞を受賞する。周囲の強い勧めで同年の第7回日展に「山市朝雨」を審査不要の依嘱で出品、これが初の官展出品となる。その後も日展に依嘱出品を続け、昭和33年(1958年)、長年の業績により日本画家としては初めて第14回日本芸術院賞・恩賜賞受賞。昭和37年(

楯の会

三島由紀夫 > 楯の会 楯の会(楯の會、たてのかい)とは、間接侵略に備えるための民間防衛組織として三島由紀夫が結成した組織。前身組織名は「祖国防衛隊」(Japan National Guard)で、日本の文化と伝統を「剣」で死守する有志市民の戦士共同体として組織された。

藁の楯

銘苅一基(めかり かずき) 警視庁警備部警護課機動警護班のSP。後輩の白岩らとともに清丸の護送任務に当たる。 清丸国秀(きよまる くにひで) 残虐な殺人犯。7年前に西野めぐみ(当時6歳)を殺害し服役。出所直後に蜷川知香(当時7歳)を惨殺し、彼女の祖父である蜷川隆興から懸賞金を懸けられる。

楯縫郡

令制国一覧 > 山陰道 > 出雲国 > 楯縫郡 日本 > 中国地方 > 島根県 > 楯縫郡 楯縫郡(たてぬいぐん)は島根県(出雲国)にあった郡。 1879年(明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、出雲市の一部(小境町、坂浦町以西かつ斐伊川、東林木町、西林木町、別所町、唐川町、猪目町より北東)にあたる。

光楯類

光楯類(こうじゅんるい、Aglaspidid、学名:Aglaspidida)は、古生代に生息した節足動物の分類群である。分類学上は光楯目とされ、三葉虫と似た体と剣状の尾をもつ。かつて鋏角類と誤認され、後に三葉虫などと共にArtiopoda類に分類されるようになった 。

御楯隊

御楯隊(みたてたい)は、幕末期に長州藩で結成された長州藩諸隊の一つ。 元治元年(1864年)8月、禁門の変に破れた太田市之進、山田顕義、品川弥二郎らが中心となって結成。総督は太田市之進、隊士230名。三田尻を屯所とする。同年12月15日(1865年1月12日)、高杉晋作が決起(功山寺挙兵)すると、こ