春の森に可憐な花を咲かせるカタクリは、一見すると儚げな植物にすぎないが、実際には進化の妙を体現しているにほかならない。すなわち、自ら動くことのできない植物でありながら、アリに種を運ばせずにはいられないほど巧妙な戦略を取っているのである。カタクリの種が熟すのは、開花からおよそ二ヶ月後に至ってからである。果実がはじけて地上に落ちた瞬間、どこからともなくアリが現れ、種を巣に運び去る。この行動は偶然によるものではなく、生存競争の結果として形成された適応戦略にほかならない。種の先端についている白い部分――エライオゾームと呼ばれる脂肪分に富んだ構造体――は、アリの興味を引かずにはおかない。というのも、この物質にはアリの幼虫が発する化学信号に酷似した成分が含まれているからにほかならない。そのため、アリは種を餌としてではなく、自分の幼虫と思い込まずにはいられないのである。しかしながら、この錯覚は長く続くわけではない。種が地上に落ちてから一昼夜も経たないうちに、エライオゾームのにおい成分は変化し、今度は死んだ幼虫のにおいに近いものとなるに至る。その結果、アリは巣の衛生を保つために、種を外へ運び出さざるを得ない。これは、アリの本能に即して行動した結果であるとはいえ、カタクリにとって極めて都合の良い現象にほかならない。こうしてカタクリは、自ら動くことなく、種を発芽に最適な場所へと運搬させることに成功している。自然界の巧妙さと偶然の積み重ねが生み出したこの関係は、共生とは必ずしも意図的な協力関係を意味するものではないということを示唆しているに違いない。