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  1. ဆောင်းပါးအသေးစိတ်
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<span class="jlpt-n2" word="天皇"><ruby>天皇<rt>てんのう</rt></ruby></span><ruby>皇后<rt>こうごう</rt></ruby><span class="unknown" word="両"><ruby>両<rt>りょう</rt></ruby></span><span class="unknown" word="陛下"><ruby>陛下<rt>へいか</rt></ruby></span> きょう<span class="unknown" word="硫黄"><ruby>硫黄<rt>いおう</rt></ruby></span><span class="jlpt-n4" word="島"><ruby>島<rt>とう</rt></ruby></span><span class="jlpt-n3" word="訪問"><ruby>訪問<rt>ほうもん</rt></ruby></span>へ <span class="unknown" word="戦後"><ruby>戦後<rt>せんご</rt></ruby></span>80<span class="jlpt-n5" word="年"><ruby>年<rt>ねん</rt></ruby></span>で<span class="unknown" word="戦没"><ruby>戦没<rt>せんぼつ</rt></ruby></span><span class="jlpt-n3" word="者"><ruby>者<rt>しゃ</rt></ruby></span>を<span class="unknown" word="慰霊"><ruby>慰霊<rt>いれい</rt></ruby></span>
天皇てんのう皇后こうごう両りょう陛下へいか きょう硫黄いおう島とう訪問ほうもんへ 戦後せんご80年ねんで戦没せんぼつ者しゃを慰霊いれい
天皇てんのう皇后こうごう両りょう陛下へいか きょう硫黄いおう島とう訪問ほうもんへ 戦後せんご80年ねんで戦没せんぼつ者しゃを慰霊いれい

天皇てんのう皇后こうごう両りょう陛下へいかは7日にち、太平洋たいへいよう戦争せんそう末期まっきの激戦げきせん地ち、小笠原おがさわら諸島しょとうの硫黄いおう島とうを訪問ほうもんし、戦後せんご80年ねんに当にあたって戦没せんぼつ者しゃを慰霊いれいされます


硫黄いおう島とうは太平洋たいへいよう戦争せんそう中ちゅう、国内こくないでは沖縄おきなわとともに激はげしい地上ちじょう戦せんが行おこなわれた島しまで、日本にっぽん側がわはおよそ2万まん1900人にんが戦死せんしし、アメリカ側がわもおよそ6800人にんが戦死せんししました


それから80年ねん

両りょう陛下へいかは、政府せいふ専用せんよう機きで羽田はた空港くうこうを出発しゅっぱつして、午後ごご、およそ1200キロ離はなれた硫黄いおう島とうを初はじめて訪問ほうもんされます



そして、上皇じょうこうご夫妻ふさいが戦後せんご50年ねんを翌年よくねんに控ひかえた平成へいせい6年ねんに訪たずねられた旧きゅう日本にっぽん軍ぐんの戦没せんぼつ者しゃの慰霊いれい碑ひと日にち米べい両りょう軍ぐんの犠牲ぎせい者しゃの慰霊いれい碑ひで、花はなを供そなえたあと水すいをかけて火山かざん島とうの激戦げきせんで飢うえと渇かわきに苦くるしんだ犠牲ぎせい者しゃの霊れいを慰なぐさめられます



硫黄いおう島とうでは戦時せんじ下かに島民とうみんのほとんどが強制きょうせい的てきに疎開そかいさせられましたが、軍属ぐんぞくとして徴用ちょうようされるなどした男性だんせいおよそ100人にんが残のこり守備しゅび隊たいと運命うんめいをともにしていて、両りょう陛下へいかは、戦闘せんとうで命いのちを落おとした島民とうみんなどの慰霊いれい塔とうが建たてられている墓地ぼち公園こうえんも訪たずねて花はなを供そなえて拝礼はいれいされます



さらに、自衛隊じえいたい基地きちで旧きゅう日本にっぽん軍ぐんの戦没せんぼつ者しゃの遺族いぞくや元もと島民とうみんの子孫しそんらの団体だんたいの関係かんけい者しゃと懇談こんだんし、夜よる、皇居こうきょに戻もどられます



ことしは戦没せんぼつ者しゃの慰霊いれいなどのため、広島ひろしま、長崎ながさき、沖縄おきなわも訪問ほうもんする見通みとおしで、7日にちは、戦後せんご80年ねんに当にあたって先さきの大戦たいせんの象徴しょうちょう的てきな地域ちいきを巡めぐられる中なかで最初さいしょの訪問ほうもんとなります


守備しゅび隊たい司令しれい官かんの孫まご “伝つたえていかなければ”

両りょう陛下へいかの今回こんかいの訪問ほうもんに、戦没せんぼつ者しゃの遺族いぞくは特別とくべつな思おもいを寄よせています



その1人にん、東京とうきょう 昭島あきしま市しに住すむ栗林くりばやし快かい枝えださん(66)は、陸軍りくぐん中将ちゅうじょうとして硫黄いおう島とうの守備しゅび隊たいを率ひきいて戦たたかい壮烈そうれつな最期さいごを遂とげた栗林くりばやし忠ただし道どうさんの孫まごです



栗林くりばやし中将ちゅうじょうは、守備しゅび隊たいの司令しれい官かんとして硫黄いおう島とうに赴任ふにんした昭和しょうわ19年ねん6月つきから連絡れんらくが途絶とだえるまでの8か月かげつ間かん一いち度ども島しまを出でることはなく、この間このかん、本土ほんどの家族かぞくに手紙てがみを送おくり続つづけていました



祖母そぼと父ちちから受け継うけつぎ大切たいせつに保管ほかんしている41通つうの手紙てがみのうち最初さいしょの手紙てがみには、他人たにんに見みせたりしゃべったりしてはならないと前置まえおきしたあと、高温こうおん多湿たしつで水みずや食料しょくりょうが乏とぼしい島しまでの過酷かこくな生活せいかつについて「不毛ふもうの原野げんやで穴居けっきょ生活せいかつしている訳わけで、考かんがえ様さまに依よっては地獄じごくの生活せいかつで生うまれて以来いらい初はじめてです」などと記しるされています



また、硫黄いおう島とうが敵てきに取とられれば本土ほんどが空襲くうしゅうされるため、自分じぶんや部下ぶかは生還せいかんを期きせず戦そよい抜ぬくとしたうえで、残のこされる妻子さいしを気遣きづかうことばがつづられています



祖母そぼや父ちちは生前せいぜん、戦争せんそうや栗林くりばやし中将ちゅうじょうについて語かたることはほとんどなかったということで、快かい枝えださんは「2人にんともつらかったので、あえて話はなさなかったのだと思おもいます

ただ、小笠原おがさわら諸島しょとうが返還へんかんされた時ときに祖父そふが『今いま、帰かえったよ』と言いって枕元まくらもとに立たっていたと祖母そぼが話はなしていたのは鮮明せんめいに覚おぼえています」と振り返ふりかえります


アメリカ軍ぐん上陸じょうりくのひと月ひとつきほど前まえの日付ひづけの手紙てがみには「遺骨いこつは帰かえらぬだろうから」などと書かかれていましたが、祖母そぼが塗ぬりつぶしてしまったため、父親ちちおやがのちに読み取よみとって書き添かきそえたということで、快かい枝えださんは「死しというのはもちろん悲かなしいことだが、死しんだ後のち遺骨いこつも帰かえらないというのは2重じゅう3重じゅうにつらい思おもいをしたのだと思おもいます

半数はんすうに当にあたる1万まん人にん以上いじょうの遺骨いこつが本土ほんどに戻もどれていないので、滑走かっそう路ろの下したをどうするかなど大変たいへんなこともあると思おもいますが、1人にんでも多おおく帰かえってきてほしいと強つよく思おもっています」と語かたりました



そのうえで、今回こんかいの両りょう陛下へいかの訪問ほうもんについて「大変たいへんな激戦げきせんの中なかで亡なくなられた方々かたがたの供養くようになると感かんじますし、英霊えいれいの皆みなさんが安やすらかにお眠ねむりいただきますよう心こころから祈いのっていただければありがたいと思おもいます

とにかく戦争せんそうをしてはいけないということを伝つたえていかなければならない

自分じぶんを含ふくめた戦争せんそうを知しらない世代せだいに、戦争せんそうは絶対ぜったいにしてはいけないのだという気持きもちになってもらいたいです」と話はなしていました