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Dicionário

Detalhes da Palavra

慎む

[つつむ]
〔「包む」と同源〕
(1)人目をはばかる。 気がねする。 つつしむ。
「人目も今は~・み給はず泣き給ふ/竹取」
(2)気後れする。 行動を控える。
「例いとよく書く人も, あぢきなうみな~・まれて/枕草子23」
(3)障害にあう。 妨げられる。
「行くさ来さ~・むことなく舟は早けむ/万葉 4514」
(4)病気・けがなどの障りがあって, つつしんでいる。
「びなきに~・みて世人のさわぐ行ひもせで/蜻蛉(下)」

慎む

[つつしむ]
〔「慎(ツツ)む」と同源〕
(1)あやまちのないように, 行動を控えめにする。 《慎》「軽挙妄動を~・む」「言葉を~・む」
(2)度がすぎないようにする。 《慎》「酒を~・む」
(3)神仏・貴人などの前でかしこまった態度をとる。 《謹》「~・んで承る」「余り~・み給て, 今は目も見せ給はねば/狭衣 4」
→ つつしんで
(4)斎戒する。 物忌みする。
「伊予の守の朝臣の家に~・む事侍りて/源氏(帚木)」

Palavras Relacionadas

むむ

(感) (1)感心したり驚いたり言葉につまったときなどに発する語。 「~, これは何だ」 (2)含み笑いの声を表す語。 ふふ。 うふふ。 「ただ~とうち笑ひて/源氏(末摘花)」 (3)相手の言葉に同意するときに発する語。 そうかそうか。 うんうん。 「~そなたは終(ツイ)に見ぬか/浄瑠璃・生玉心中(中)」

謹慎

(1)言動を反省し, おこないをつつしむ・こと(さま)。 「~の意を表す」「しばらく~する」「性頗(スコブ)る~なれども/花柳春話(純一郎)」 (2)学校で, 生徒に与える罰則の一。 放校・退学・停学に次ぐ処分。 (3)江戸時代, 士分以上の者に科した刑罰の一。 住む所を定め, 入り口を閉鎖し, 自由な行動を許さなかった。

戒慎

戒めつつしむこと。 「向後に注意せざるべからずと皆互に~せり/経国美談(竜渓)」

慎重

注意深く, 落ち着いて, 軽々しく行わない・こと(さま)。 「~を期する」「~な態度」「~に審議する」 ﹛派生﹜~さ(名)

許慎

『説文解字』は現在に伝わっており、『淮南鴻烈間詁』も現行本『淮南子』の注21篇のうち8篇に採用されている。『五経異義』は散佚したが、清の陳寿祺によって輯佚された『五経異義疏証』がある。 ^ 厳可均「許君事蹟考」『説文校議』。https://archive.org/stream/02076519

慎到

慎 到(しん とう)は、中国戦国時代の法家にも道家にも属する思想家。名は、到。宣王 (斉)の時、斉に赴き、稷下の学士として鄒衍・田騈らとともに議論・著述を行った。ほぼ、同時代の商鞅、申不害とともに法家思想を形成した思想家とされる。 紀元前4世紀頃の人とされる。稷下の学士の一人。

粛慎

粛慎(しゅくしん、みしはせ、あしはせ)とは、以下の2つを指す。 1.しゅくしん(拼音:Sùshèn):中国の文献中にみられ、紀元前に中国東北地方及びロシア・沿海地方(旧満洲)に住んでいたとされ、後代の挹婁・勿吉・靺鞨・女真・満洲族の祖先に比定される狩猟民族。ツングース系の満洲語群に比定される。

楊慎

り「文献通考」を校訂する。楊慎は時の皇帝であった武宗正徳帝が宣府鎮・大同鎮・楡林鎮などを軍人訓練と称して巡回し遊蕩にふけっていたことを憂い、たびたび切諫したが聴かれなかった。世宗嘉靖帝が即位し経筵(皇帝に対し講義をする役職)を開いたときにその講官となり「尚書」を進講した。嘉靖2年(1523年)に「武

高慎

興元年(531年)、滄州刺史・東南道行台尚書に任じられた。太昌元年(532年)、光州刺史に転じ、驃騎大将軍・儀同三司の位を加えられた。そのため政策は厳酷で、官吏や民衆を苦しめた。永熙2年(533年)、兄の高乾が死ぬと、高慎は州を捨ててひそかに高歓に帰順しようとしたが、孝武帝の命により青州でその帰路を

慎ジュンホ

“「年収1億円超」の上場企業役員ランキングTOP500”. 東洋経済オンライン (2022年10月2日). 2023年10月20日閲覧。 ^ “手を握った李海珍・孫正義…日本で同床、世界では異夢(2)”. 中央日報. 2021年3月17日閲覧。 ^ 日経ビジネス電子版. “LINE上場、知られざるナンバー2”. 日経ビジネス電子版

李慎

倒を謀ったが、李慎はその時機ではないと同調を拒否した。李貞らが敗れた後、獄に下されて一命を許され、「虺」と氏を改められた。永昌元年(689年)7月、檻車に乗せられて巴州に流される途中、蒲州で亡くなった。 李続(東平王、和州刺史) 李琮(義陽王、沂州刺史) 李叡(楚国公) 李秀(襄郡公、遂州別駕) 李献(広化郡公)

范慎

武昌に駐屯していた范慎に畏敬的な態度を示していたという。 建衡3年(271年)、三公の一つである太尉に遷された。しかし范慎は長らく軍籍にあったことを憾み、年老いた事を理由に引退を奏上し孫晧に許された。このことを聞いた兵士たちは嘆き悲しんだという。 また、論じて二十篇を著し、『矯非』と名付けた。

む

(助動) 〔中古の半ば以降, 発音が mu から m となり, さらに n に変わったので, 後世「ん」とも書かれる〕 推量の助動詞。 活用語の未然形に付く。 (1)目前にないこと, まだ実現していないことについて予想し推量する意を表す。 …であるだろう。 …だろう。 「現(ウツツ)にも夢にも我は思はずき古りたる君にここに逢は〈む〉とは/万葉2601」「我が背子が国へましなばほととぎす鳴か〈む〉五月(サツキ)はさぶしけむかも/万葉 3996」 (2)話し手自身の意志や決意を表す。 …するつもりだ。 …するようにしよう。 「見れど飽かぬ吉野の川の常滑(トコナメ)の絶ゆる事なくまたかへり見〈む〉/万葉 37」「弓矢を取り立て〈む〉とすれども, 手に力もなくなりて, 萎えかかりたり/竹取」 (3)相手や第三者の行為を勧誘し, 期待する意を表す。 …してくれ。 …してもらいたい。 …すればよい。 「逢ひ難き君に逢へる夜(ヨ)ほととぎす他(アタ)し時ゆは今こそ鳴か〈め〉/万葉 1947」「若宮など生ひ出で給はば, さるべきついでもありなむ。 命長くとこそ思ひ念ぜ〈め〉/源氏(桐壺)」「子といふものなくてありな〈ん〉/徒然 6」 (4)(連体形を用いて)実現していないことを仮定していうのに用いる。 …であるようなものなら。 …としたら。 「二人して打た〈む〉には, 侍りなむや/枕草子 9」「年五十になるまで, 上手に至らざら〈ん〉芸をば捨つべきなり/徒然 151」 (5)(連体形を用いて)実現が可能だったり予想されたりするとき, 推量する形で婉曲に述べるのに用いる。 「恋しから〈む〉をりをり, 取りいでて見給へ/竹取」「これが花の咲か〈む〉折は来むよ/更級」 〔(1)上代では, 形容詞活用にはその古い未然形語尾「け」に付く。 「大魚(オウオ)よし鮪(シビ)突く海人(アマ)よ其(シ)が離(ア)ればうら恋(コオ)しけ〈む〉鮪突く鮪/古事記(下)」(2)現代語でも文語調の文章の中に「ん」の形で用いられる。 「幸多から〈ん〉ことを祈る」「政治家たら〈ん〉とする者は」「あら〈ん〉限りの力」「まさに出発せ〈ん〉とする時」〕

む

(1)五十音図マ行第三段の仮名。 両唇鼻音の有声子音と後舌の狭母音とから成る音節。 (2)平仮名「む」は「武」の草体。 片仮名「ム」は「牟」の初二画。

む

(感) (1)応諾の意を表す語。 うむ。 「『わかったか』『~, わかった』」 (2)感心したり驚いたりしたときや返答につまったときに発する語。 「~, これはおもしろい」「~, これは手ごわいぞ」 (3)力を入れるとき, 口を結んで発する声。

慎思録

随筆。 六巻。 貝原益軒著。 1714年成立。 朱子学の基本問題について見解が述べられ, 益軒の道徳論が展開されている。

劉慎行

劉景の子として生まれた。膳部員外郎や三司使などをつとめた。統和29年(1011年)3月、参知政事・知南院枢密使事となった。5月、南院枢密使となった。後に北府宰相・監修国史に進んだ。ときに聖宗は宴会の場で賞罰を下すことが多かったので、劉慎行は「喜怒の感情のままに賞罰を加えると、おそらく間違いが起こります」と諫めた。聖宗は意を

極美慎

極美 慎(きわみ しん、7月26日 - )は、宝塚歌劇団星組に所属する男役スター。 神奈川県横浜市、県立港北高等学校出身。身長175cm。愛称は「しん」、「かりん」。 2012年、宝塚音楽学校入学。 2014年、宝塚歌劇団に100期生として入団。入団時の成績は22番。月組公演「宝塚をどり/明日への指針/TAKARAZUKA