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Detalhes da Palavra

清鑒

[せいかん]
すぐれた鑑識。 また, 他人の鑑識を敬っていう語。

Palavras Relacionadas

鑒

〔「かがみ(鏡)」と同源。 映し見る意から〕 規範とすべきもの。 模範。 手本。 亀鑑(キカン)。 「サラリーマンの~」「手習い~」

降鑒

神が天にあって人間界を見守ること。 「皇祖の霊や天より~し/日本開化小史(卯吉)」

郗鑒

郗 鑒(ち かん、泰始5年(269年) - 咸康5年8月19日(339年10月8日))は、中国西晋・東晋の軍人・政治家。字は道徽。高平郡金郷県(現在の山東省済寧市金郷県)の人。子は郗愔・郗曇。娘は郗璿(書聖王羲之の妻)。孫は郗超。後漢末期の御史大夫郗慮の玄孫にあたる。

偉鑒門

平安京大内裏の外郭門 安嘉門 偉鑒門 達智門 上西門 殷富門 藻壁門 談天門 上東門 陽明門 待賢門 郁芳門 皇嘉門 朱雀門 美福門 偉鑒門(いかんもん)は、平安京大内裏の外郭十二門のひとつである。 大内裏の北面中央にあった門で、唐制の玄武門に相当する。 大きさは5間、3戸、切妻造、瓦葺の門だった。

慕容鑒

慕容 鑒(ぼよう かん、生年不詳 - 398年)は、五胡十六国時代の後燕の人物。昌黎郡棘城県の出身。後燕の皇帝慕容垂の子。 393年4月、博陵王に封じられた。 397年3月、皇帝慕容宝らは中山を脱出した。勃海王慕容朗・博陵王慕容鑒・河間王慕容熙は幼いため、脱出することができなかった。高陽王慕容隆が帰

清清

(1)気分がすっきりするさま。 「素肌の儘でゐる方がよつ程~します/一隅より(晶子)」 (2)とどこおりないさま。 すらすら。 「ぬまじりといふ所も~と過ぎて/更級」 (3)思い切りよく。 あっさり。 「~ともえ参らせ奉り給はぬなりけり/源氏(桐壺)」

清清

※一※ (副) さっぱりして気持ちのよいさま。 心にわだかまりがなくすがすがしいさま。 「いやな事が済んで気が~(と)した」 ※二※ (形動タリ) {※一※}に同じ。 「心が~として良い/狂言・磁石」

清家清

清家の自宅は電車の家として「タモリ倶楽部」の東京トワイライトゾーンで紹介された。タモリたちは当初清家の事に気付かず単なる一般の鉄道マニアで自称建築家の変なおじさんと思い込み、数々の非礼なふるまいをした。取材後に"違いのわかる建築家"と気づき謝罪を兼ねて再取材が行われたが、清家の家をロケ弁当の届け先にしたり、スタッフが

清

中国最後の王朝(1616-1912)。 女真族出身のヌルハチが諸部族を統一して後金(コウキン)国を建て, その子ホンタイジ(太宗)が国号を清と改めた(1636年)。 順治帝の時, 明の滅亡に乗じて中国内地に進出, 北京に遷都。 康煕(コウキ)・乾隆(ケンリユウ)の頃最盛期を迎えたが, 以後農民反乱の続発と欧米列強の外圧とに苦しみ, 辛亥(シンガイ)革命によって滅んだ。

清

(多く「に」を伴って) (1)あざやかなさま。 はっきりしているさま。 「背なのが袖も~に振らしつ/万葉 3402」 (2)清らかなさま。 さっぱりしているさま。 「菅畳(スガダタミ)いや~敷きて我が二人寝し/古事記(中)」 (3)音が静かな中にひびくさま。 木の葉などがざわめくさま。 さらさらと。 ざわざわと。 「笹の葉はみ山も~にさやげども/万葉 133」

清沢清志

山学院専門部卒業。1921年、穂高演劇協会を創設、「安曇野モダニズム」の拠点とした。1924年、在京中に知り合った吉行エイスケとモダニズム雑誌『売恥醜文』を発刊(後に発禁処分)。同人誌『葡萄園』に「東を目指す」を発表。1930年には第二次信州詩人連盟講演会を行い、1939年には「藤村会」を創設。戦後は県下各地で積極的に公演を行った。

清水清一朗

得報告書においては、田中眞紀子をも上回り、松野頼久・奥野信亮に次いで第3位、1億1450万円の所得があった。ただし松野は不動産売却、奥野はストックオプション(自社株購入権)の権利行使による所得のため、事業所得では清水が実質トップとなった。 2009年7月に公開された2008年分国会議員所得報

清水清太郎

1986.05 武田久美子 写真集『想いどおり』(ワニブックス)ISBN 9784847020384 1987.03 川島なお美 写真集『Fastener』(ワニブックス)ISBN 9784847020537 1987.04 武田久美子 写真集『JUST A GIRL』(ワニブックス)ISBN 9784847020551

三清

三清(さんせい)は、道教の最高神格のこと。「太元」を神格化した最高神元始天尊と、「道」を神格化した霊宝天尊(太上道君)、老子を神格化した道徳天尊(太上老君)の三柱。 それぞれ道教における天上界の最高天「玉清境」「上清境」「太清境」に住し、この三天のことも「三清」と呼ぶ。道観(道教寺院)にはしばしば「三清殿」と称する三清を祀る建物がある。

清節

いさぎよい志。 きよらかな節操。

清む

※一※ (動マ五[四]) (1)空や液体に曇りや濁りがなくなって, 透き通ってみえる。 ⇔ にごる 「水が~・む」「秋は空気が~・んで感じられる」「月が~・む」 (2)まじりけがなくなる。 ⇔ にごる 「~・んだ色」 (3)音がよく響きわたる。 さえる。 「~・んだ笛の音」 (4)清音で発音する。 ⇔ にごる 「この語は~・んで読む」 (5)雑念がなくなる。 「~・んだ心」 (6)静かになる。 「人~・みてのち三人ながら車より下りぬれば/今昔 28」 (7)すましこむ。 「舟の楫取りたる男ども, …いといみじう~・みたるさまなり/更級」 (8)道理が明らかになる。 「理ノ~・マヌコトヂャ/日葡」 (9)沈んでいる。 くすんでいる。 「中には萱草など~・みたる色を着て/源氏(手習)」 〔「澄ます」に対する自動詞〕 ※二※ (動マ下二) (1)道理を明らかにする。 決着をつける。 「理ヲ~・ムル/日葡」 (2)濁りを去りきれいにする。 「心ヲ~・メテ世ノ塵ニケガサレザル/ロドリゲス」 (3)気持ちを納得させる。 「あい, と~・めぬ顔して猫をさすつて居る/歌舞伎・お染久松色読販」

清し

⇒ きよい

清む

⇒ きよめる

清し

〔動詞「澄ます」の連用形から〕 (1)「澄まし汁」に同じ。 (2)酒の席で, 杯を洗うための水。 また, それを入れておく器。 (3)(多く「おすまし」の形で)きどること。 まじめを装うこと。 また, その人。 (4)洗い清めること。 洗濯や掃除。 「御~の事などせさせ奉り給へ/宇津保(国譲中)」 (5)「すまし女(メ)」に同じ。 「おほやけ人, ~・長女(オサメ)などして/枕草子 87」