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Detalhes da Palavra

石塔

[せきとう]
(1)石造りの塔。 特に石造りの仏塔。
(2)はかいし。 石碑。

石塔

[しゃくとう]
(1)供養などのため, 塔の形に小石を積んだもの。
(2)「積塔会(エ)」の略。

Palavras Relacionadas

石塔氏

石塔氏(いしどうし)は、足利氏の支族。 石塔氏は、石堂氏とも書かれ、日本各地に見られる石塔・石堂の石造遺物に由来すると考えられる。氏祖の頼茂も、おそらく石造遺物に由来する地を拝領し名字としたと思われるが、それが何処かはいまだに判然としない。 足利泰氏の4男「宰相阿闍梨・薬師寺別当」相義の子、頼茂は

石の塔

1796年5月25日(寛政8年4月19日)、紀行家の菅江真澄が石の塔見物に山を登っている。 大鰐町の地元おこしとして、この石の塔を見て「大法螺吹免許証」を得てから会場を移し、大きなほらを吹くという、『万国ほら吹き大会』が開かれている。これは、持ち時間の5分間でいかに大ボラを吹くかを競うもので、毎年6月に開かれている。秋田県

塔石駅

塔石駅(タプソクえき)は、大韓民国京畿道議政府市竜峴洞にある議政府軽電鉄の駅である。駅番号はU125。 駅名標 相対式ホーム2面2線を有する高架駅。 当駅終着列車のうち車両基地入庫列車以外は、下りの降車専用ホームで客扱い後に駅南側の引き上げ線まで移動し、折り返して反対側の上りホームに到着する(なお、

石塔義房

石塔 義房(いしどう よしふさ、生没年不詳)は、南北朝時代の武将。 建武元年(1334年)に駿河・伊豆守護足利尊氏の守護代となり、建武3年/延元元年(1336年)に駿河と伊豆の守護職に就任。翌年解任され、奥州総大将として陸奥国へ派遣される。暦応元年/延元3年(1338年)相馬胤家に軍忠状を発給 、佐藤性妙の兵を召し出して

石塔頼房

石塔 頼房(いしどう よりふさ)は、南北朝時代の武将。足利氏支流・石塔氏の第3代当主。石塔義房の次子。兄・範家の死後に嫡子か。苗字は「石堂」とも表記される。 元応3年/元亨元年(1321年)、石塔義房の次子として誕生。 父と共に足利尊氏に仕え、各地を転戦して武功を挙げた。1335年に中務大輔。134

十三重石塔

をたびたび受けて、倒伏と修復・再興を繰り返してきた。しかしそれも、江戸時代後期の宝暦6年(1756年)に起こった未曾有の大氾濫で倒伏した後は、川底の泥砂に深く埋もれてしまい、再興されることはなくなってしまった。 1905年(明治38年)に復興が発願されると、1907年(明治40年)、発掘作業が始めら

塔

塔(トウ)をいう斎宮の忌み詞。 [拾芥抄]

塔

(1)〔仏〕 〔梵 stūpa の音訳「卒塔婆」, およびその略である「塔婆」の略。 頂・堆土の意〕 供養・祈願・報恩のために建てられる多層の建造物。 元来は仏の遺骨や遺品を収めた各種の建造物をいう。 死者の墓の上に建てられる木や石の墓標なども塔と呼ばれ, 国や時代により形態は多様。 (2)高くそびえ立つ細長い建物。 「放送用の~」

石塔寺 (向日市)

1310年(延慶3年)日像は向日神社に題目塔を建立する。 1470年(文明2年)日成は石塔寺を建立する。 1954年(昭和29年)石塔寺は日蓮宗から独立し、本化日蓮宗と公称する。 鶏冠井題目踊(京都府指定無形民俗文化財)鶏冠井題目踊保存会 日蓮宗は昭和16年(1941年)に本末を解体

下鳥渡供養石塔

とは、福島市下鳥渡の陽泉寺境内にある板碑のことを称する。国指定の史跡。 石塔は、高さ約170センチメートルで幅約115センチメートル、自然石の表面を研き、阿弥陀三尊(阿弥陀如来、勢至菩薩、観世音菩薩)の3体の仏像を浮彫で表現している。石は安山岩質凝灰岩である。左端には「右志者為悲母也 平氏女敬白」、

野上下郷石塔婆

れ、次に梵字で光明真言が4行にわたって刻され、下部には応安二年(1369年)己酉十月日の年時と「願以此功徳、普及於一切、我等与衆生、皆共成仏道」の回向偈(法華経化城喩品)が刻されている。「天道大日如来碑」とも称され、仲山城主阿仁和直家のためにその遺族によって建立されたものという。この種の関東型板碑

芬皇寺模塼石塔

13世紀のモンゴルの高麗侵攻、それに壬辰倭乱(文禄の役、1592年)において半ば破壊された後、史料によると、知識のない僧(愚僧)が改築を試みた結果さらに損壊したとされる。その後、1915年に朝鮮総督府が修理した際、2層と3層の間より見つかった舎利函(しゃりかん、ハングル: 

臍帯寺石幢及び石塔婆

臍帯寺石幢及び石塔婆(ほそおじ/ほそんじせきとうおよびいしとうば)は、岡山県高梁市有漢町上有漢大石地区にある鎌倉時代の石造物。石幢は同地区の市道脇の山際にあり、石塔婆は約150m下った道脇に立っている。石幢は供養のために作った一種の石造物で寺の内陣などに荘厳のためにかける幢の形に源流があると言われる[誰によって

尖塔

細長く先がとがった形の屋根をもつ建物。 ゴシック建築の教会などに多く見られる。

仏塔

仏教信仰のために建てられた塔。 → 塔

塔屋

ビルの屋上に突出して設けられているエレベーター室・階段部分・換気筒・水槽・機械室などの構造物。 とうおく。

塔屋

⇒ とうや(塔屋)

三塔

比叡山延暦寺の東塔・西塔・横川(ヨカワ)の称。 また, 延暦寺の称。 「一紙一句をもて~三千の憤をやすめ/平家 1」