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ホノリウス

「イタリアの守護者」と称されたスティリコの処刑によってイタリアの人々、特にフォエデラティとしてローマ市に居住を認められていた蛮族出身者たちに動揺が広がった。市民の反乱を恐れたホノリウスとオリュンピウスは、人質として差し出されていた蛮族の妻子を見せしめとして殺してみせることで対策とした。409年にはテオドシウス1世の姪で養女でも

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