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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

三木随法

日蓮宗常任布教師となるも、同年死去した。 『平成訓読法華三部経』(1999年1月、東方出版)ISBN 978-4885915932 『真訓対照 法華三部経』(2002年12月1日、東方出版)ISBN 978-4885918247 [脚注の使い方] 三木随法『真訓対照 法華三部経』東方出版(2002年) 表示 編集

คำที่เกี่ยวข้อง

随

〔「気随(キズイ)」の略〕 気まま。 勝手。 「この後は~をいだいてあそばれ候へ/咄本・醒睡笑」

法木

小糸村、郡統合により君津郡所属となる。 1955年(昭和30年)3月31日 - 小糸村と中村が合併し君津郡小糸町が成立、同町の大字となる。 昭和40年代 - 地内の法木山で砂利の採掘開始。山砂公害が引き起こされる。 1970年(昭和45年)9月28日 - 小糸町と君津町(2代目)・上総町・清和村・小櫃村が合併し君津郡君津町(3代目)が成立、同町の大字となる。

三木

近畿地方 > 兵庫県 > 三木市 > 三木 三木(みき)は兵庫県三木市の中心部にある地域。かつての兵庫県美嚢郡三木町の行政区域と範囲を同じくする。三木市の文化・経済・商業の中心地である。歴史的には戦国時代の三木城の城下町であり、城主の別所長治と織田信長の命令を受けた羽柴秀吉との三木合戦の舞台となったことで知られる。

随所

いたるところ。 そこら中。 あちこち。 「町の~に掲示板を設ける」

随処

いたるところ。 そこら中。 あちこち。 「町の~に掲示板を設ける」

随行

地位の高い人や目上の人につき従って行くこと。 また, その人。 おとも。 随伴。 「首相に~する」「~員」

気随

自分の思いのままに振る舞う・こと(さま)。 「~者」「~な奴だなあ/片恋(四迷)」

随神

〔「な」は格助詞「の」に同じ, 「から」は本性・性格を意味する語〕 (1)神でいらっしゃるままに。 神として。 かんながら。 「やすみしし我が大君~神さびせすと/万葉 38」 (2)〔神の御心のまま人為を加えないことから〕 神慮のまま。 かんながら。 「葦原の瑞穂の国は~言挙げせぬ国/万葉 3253」

随神

⇒ かむながら(随神)

不随

病気などのために, からだの動きが自由にならないこと。 「半身~」

随喜

(1)〔仏〕 他人のよいおこないを見て, 心に歓喜を生じること。 (2)心から喜び, ありがたがること。 大喜びをすること。 「公卿等~して僧都になし給へり/宇治拾遺2」

随想

おりおりに思ったこと。 折にふれての感想。 また, それを記した文章。 随感。 「~録」

付随

主たる物事に関係して成り立っていること。 つき従って起こること。 「~条項」「~する困難を解決する」

附随

主たる物事に関係して成り立っていること。 つき従って起こること。 「~条項」「~する困難を解決する」

随筆

雑家類」に基づき、学問を随筆風に述べる「雑考」(佐藤一斎『言志四録』など)、思想的随筆を指す「雑説」(室鳩巣『駿台雑話』など)、研究的考証的随筆を指す「雑品」(伴信友といった国学者の考証など)、先人の書物や見聞を集めた「雑纂」、諸書を集めた「雑

随県

随県(ずい-けん)は中華人民共和国湖北省随州市に位置する県。2009年5月に曽都区から分離して設立された。 2021年8月11日 - 集中豪雨により水害が発生。死者21、行方不明者4人。家屋など2700戸以上が浸水、損壊した。 鎮:厲山鎮、高城鎮、殷店鎮、草店鎮、小林鎮、淮河鎮、万和鎮、尚市鎮、唐

随郡

郡は随郡は荊州に属し、郡治は随県に置かれた。 454年(孝建元年)、随郡は郢州に転属した。464年(永光元年)、随郡は雍州に転属した。469年(泰始5年)、随郡は再び郢州に転属した。476年(元徽4年)、随郡は司州に転属した。478年(昇明2年)、南陽王劉翽が随郡王に改封され、さらに随陽郡王と改めら

随身

上皇の随身は特に御随身(ごずいしん)と尊称した。また中少将や衛門・兵衛佐など本府随身の他に召し使うものを小随身(しょうずいしん)、近衛府に属さないで個人が召し出すものを散所随身(さんじょずいしん)といった。 摂関の随身は変遷を経た後、藤原頼通以後、左右近衛府生各1、近衛各4、計10人が定着した。一方

随州

随州(隨州、隋州、ずいしゅう)は、中国にかつて存在した州。南北朝時代から民国初年にかけて、現在の湖北省随州市一帯に設置された。 西魏により置かれた并州を前身とする。554年(廃帝3年)、并州は随州と改称された。 583年(開皇3年)、隋が郡制を廃すると、随郡が廃止されて、隋州に編入された。607年(