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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

中原謹司

須崎愼一『日本ファシズムとその時代 天皇制・軍部・戦争・民衆』(大月書店、1998年) 牧内雪彦「明治生まれの郷土青年 中原謹司の大正・昭和史」(伊那史学会『伊那』50巻2号、2002年2月) 田上慎一「『右翼政治家』中原謹司試論 愛国勤労党から信州郷軍同志会へ」(法政大学史学会『法政史学』78号、2012年9月) 樋口龍峡

คำที่เกี่ยวข้อง

中居謹蔵

中居 謹蔵(なかい きんぞう、1961年10月6日 - )は、福島県出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。 小高工業高では、1979年春季東北大会県予選準々決勝に進むが、学法石川高に敗退。 1979年のプロ野球ドラフト会議でロッテオリオンズから4位指名を受け入団。

謹呈

つつしんで物を差し上げること。 物を贈るときなどに用いる語。

謹慎

(1)言動を反省し, おこないをつつしむ・こと(さま)。 「~の意を表す」「しばらく~する」「性頗(スコブ)る~なれども/花柳春話(純一郎)」 (2)学校で, 生徒に与える罰則の一。 放校・退学・停学に次ぐ処分。 (3)江戸時代, 士分以上の者に科した刑罰の一。 住む所を定め, 入り口を閉鎖し, 自由な行動を許さなかった。

謹賀

つつしんでよろこびを申し述べること。

謹言

〔「つつしんで言う」の意〕 文書や手紙の終わりに書いて敬意を表す語。 「恐惶~」

謹聴

(1)つつしんで聞くこと。 また, 聞くことをへりくだっていう語。 拝聴。 「演説を~する」 (2)演説会などで静かに聞くことを促す語。 「~, ~」

謹厳

軽はずみなところがなく, まじめでおごそかな・こと(さま)。 「~に精神を保つて/良人の自白(尚江)」 ﹛派生﹜~さ(名)

謹製

つつしんで製造すること。 食品の製造者などが用いる語。

謹告

つつしんでお知らせする意で, 公示や広告の文章の冒頭に用いる語。

謹啓

〔「つつしんで申し上げる」の意〕 手紙の最初に用いる挨拶(アイサツ)の言葉。 拝啓。

謹書

つつしんで書くこと。 また, その書画。

謹直

つつしみ深く, 正直でまじめな・こと(さま)。 「~な人」「極めて~に働く/鉄仮面(涙香)」 ﹛派生﹜~さ(名)

謹む

〔「慎(ツツ)む」と同源〕 (1)あやまちのないように, 行動を控えめにする。 《慎》「軽挙妄動を~・む」「言葉を~・む」 (2)度がすぎないようにする。 《慎》「酒を~・む」 (3)神仏・貴人などの前でかしこまった態度をとる。 《謹》「~・んで承る」「余り~・み給て, 今は目も見せ給はねば/狭衣 4」 → つつしんで (4)斎戒する。 物忌みする。 「伊予の守の朝臣の家に~・む事侍りて/源氏(帚木)」

細謹

こまかなことに気を配ること。 「君家の存亡, ~論ずべき時にあらず/桐一葉(逍遥)」

于謹

523年(正光4年)、破六韓抜陵が乱を起こし、柔然がその反乱を支援すると、于謹は大行台僕射の元纂の下で鎧曹参軍事となり、柔然を攻撃した。柔然は北魏の大軍が迫るのを察知すると、塞外に逃げ出した。于謹は元纂の命を受けて2000騎を率いて追撃し、鬱対原にいたり、前後17戦して柔然

薛謹

謹(せつ きん、401年 - 444年)は、後秦から北魏にかけての人物。字は法順。本貫は河東郡汾陰県。 薛弁の子として生まれた。容貌は魁偉で、史伝に通じた。 東晋の劉裕が後秦を滅ぼすと、薛謹は劉裕に召されて相府行参軍となった。まもなく記室参軍に転じた。 父の薛弁が北魏に亡命しようと、ひそかに薛謹

謹話

謹話(きんわ)とは、つつしんで話をすること。また、その話の内容のこと。 もとは、皇室に関することを述べる場合に、内閣総理大臣謹話(ないかくそうりだいじんきんわ)のように話し手の名前などのあとにつけて用いた語である。 衆議院議長謹話、参議院議長謹話、最高裁判所長官謹話、都道府県知事謹話などがある。

原広司

ひろし、1936年9月9日 - )は、日本の建築家。東京大学名誉教授。日本建築学会賞作品賞・大賞、村野藤吾賞を受賞。世界初の連結超高層ビル梅田スカイビルや京都駅ビル、札幌ドームなどを設計したことで知られる。 神奈川県川崎市生まれ。 1955年 長野県飯田高等学校卒業、東京大学入学 1959年 東京大学工学部建築学科卒業

原司郎

1995.11 日本経済論 鈴木武雄共編 高文社 1958年(経済学ハンドブック) 機関投資家としてみた簡保資金 鈴木武雄,志村嘉一共著 郵政省簡易保険局資金運用課 1970年 資産選択と簡保資金 委託研究第9回報告書 鈴木武雄,江沢太一共著 郵政省簡易保険局 1972年 テキストブック金融論 1980