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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

九九式普通実包

針が前進しなかったことから、この原因を探求し更なる研究の上改修を施す必要があるとの判決を受けた。 特殊な目的に対して有効な殺傷威力を発揮するよう企図した弾丸を使用する弾薬。 1940年(昭和15年)2月の第一回試験は口径6.5mmの「試製普通

คำที่เกี่ยวข้อง

九七式普通実包

41年(昭和16年)3月頃には、旧製品である半起縁式の九二式実包に対して、紙函および運搬箱に「有起縁」を意味する「(○の中に)有」と標識し、かつ雷管外底面の全周に青色塗料(セラックワニス混和)を塗抹する様、関係各所に通牒された。 無起縁式の九二式実包(改正された九七式実包)は、九二式重機関銃、九七式

八九式普通実包

以上をもって1930年(昭和5年)8月に仮制式制定が上申された。 防湿のため、雷管の周りに無着色のセラックワニスを塗布した。後に、弾種識別および防湿のため、莢口部と弾丸の接する部分に紅色のセラックワニスを塗布した。 八九式普通実包の弾丸は発射の際に燃焼ガスにより圧拡作用をなし、燃焼ガスの緊塞を確実に

九二式普通実包

7mmよりも径が太いのは、ライフリングに噛ませるためである。硬鉛の弾身を黄銅で被甲し、弾丸の重量は13.2g、弾尾は狭窄されている。円筒部にローレットが施されている。薬莢は半起縁式で、金質は黄銅第二号を使用した。装薬には無煙小銃薬乙を使用し、装薬重量2.85gである。雷管は0.03gの爆粉を備える。実包の全重量は27

九九

一から九までの掛け算の八一とおりを暗唱できるように表にしたもの。 また, その唱え方。 掛け算のほかに割り算・開平・開立などの九九もある。

九条通

九条通(くじょうどおり)は、京都市の主要な東西の通りの一つ。平安京の南端の九条大路にあたる。東は鴨川の九条跨線橋東詰の東福寺交差点でそのまま東大路通につながり、西は葛野大路通に突き当たる。千本通から西でやや南へ、西大路通からはさらに大きく南に振れていて、平安時代のものとは大きくずれている。

九九式襲撃機

超低空飛行し森などの陰に隠れた敵地上部隊を急襲する戦法を取る「シュトゥルモヴィーク(直訳は襲撃者)」を、日本陸軍でも機体のコンセプトを含めて採用したものである。 その用途は「主として敵飛行場に在る飛行機並びに地上軍隊の襲撃」とされ、「超低空

九九式短小銃

弾薬を九九式軽機関銃と共通化(九二式重機関銃とも一方的ながら共通化) 威力向上のため、6.5mmから7.7mmへ口径の大型化 命中精度向上のため、照星・照門の改良、対空表尺を装備 反動増大対策(銃口安定性増大)のため、単脚(モノポッド)を装備 反動増大対策のため、Gew98・Kar98kのものに似た反動受の金具を弾倉の

九九式手榴弾

安全栓と被帽を外して撃針をねじ込んでおかねばならなかったが、九九式ではその必要が無くなった。 九九式手榴弾(甲)の発火方式は撃針発火式である。信管を叩くと衝撃により撃針が雷管に接触し発火、火道内の火薬を燃焼させ、4-5秒後に起爆し炸裂する。その他にも小銃の先端に小銃擲弾発射器(一〇〇式擲弾器)を使用

九九式狙撃銃

九九式狙撃銃(きゅうきゅうしきそげきじゅう)および九九式短狙撃銃(きゅうきゅうしきたんそげきじゅう)は、1940年代初期に開発・採用された大日本帝国陸軍の狙撃銃。当時の日本軍主力小銃であった九九式小銃(九九式短小銃)をベースとし、九七式狙撃銃とともに第二次世界大戦における帝国陸軍の主力狙撃銃として

九九式飛行艇

九九式飛行艇(きゅうきゅうしきひこうてい)は 、海軍航空技術廠(空技廠)が開発し、昭和15年(1940年)に正式採用された日本海軍の飛行艇。機体略番はH5Y。九七式飛行艇と同時期に開発された双発機だったが、九七式飛行艇が優秀な性能を示したため少数の生産で生産中止となった。 1934年(昭和9年)にそれまで使用されてい

九九式破壊筒

mの大きさで弾頭形状をしており、管体の先端に装着する。障害物の内部へさしこむ作業を容易にするためのものだった。管体は直径35mm、肉厚2.6mmの引抜鋼管でできており、長さは1,150mmである。両端に接続ねじがあり、内部には二号淡黄薬を熔填している。障害の大きさに対し、任意に管体を接続延長して用い

九九式小迫撃砲

九九式小迫撃砲(99しきしょうはくげきほう)は、大日本帝国陸軍が制式採用した迫撃砲である。 歩兵用突撃兵器及び空挺部隊が携行するための火砲として開発された。小型軽量の迫撃砲で、直接照準により九七式曲射歩兵砲と共通の有翼砲弾(一〇〇式榴弾)を発射する。墜発式ではなく八九式重擲弾筒同様の前装撃発式である

九九式十糎山砲

とは可能と判断してこの砲を再設計し、分解して10頭に駄載可能な99式10センチ山砲として制式化された。 砲身はオートフレッタージュ(自己緊縮)方式の単肉砲身で、油圧式駐退機を装備し、分解可能な折りたたみ式脚架を持っていた。分解搬送が可能とは言っても、常時駄載するには重すぎたため、原則として組み立てた

九九式破甲爆雷

九九式破甲爆雷(きゅうきゅうしきはこうばくらい)は、大日本帝国陸軍の対戦車兵器である。1939年より就役し、日中戦争と第二次世界大戦で使用された。 敵戦車に向かってこれを投擲、あるいは肉薄して自らの手で装甲に貼り付けて爆発させる。その形状から亀の子などと呼ばれる。

九九式軽機関銃

5mm×50SR セミリムド)が、ZB26と漢陽88式小銃/中正式歩槍(ともに7.92mm×57 リムレス)に圧倒されたことであった。 この実包の統一化を進めるために、陸軍は数種類の規格と名称が混在していた7.7mm弾を整理し、従来のセミリムドの九二式実包(7.7mm×58SR)を航空隊専用弾とし、従来九七式実包(7

九条教実

1月5日左馬寮御監を兼ねる。7月6日権大納言に転じ、左近衛大将と左馬寮御監は元の如し。9月10日橘氏長者宣下(橘氏|橘氏長者を藤原氏が兼帯する例)。 嘉禄3年(1227年)- 4月9日右大臣に転ず。4月13日左近衛大将と左馬寮御監は元の如し。 寛喜2年(1230年)- 10月24日左近衛大将と左馬寮御監を辞す。

九条兼実

^ この兼実と頼朝の会談については、胸襟を開いて語り合い同盟関係の再確認をしたという解釈が一般的であるが、頼朝が法皇に対する恭順を第一と表明していること、兼実に対して何ら具体的な支援を約していないことから、頼朝が兼実と距離を置き始めたのではないかとする見解もある。 ^ この人事について兼

九条尚実

次善の策として幸教の弟である尭厳の相続を希望し、桜町天皇もこの案に賛同していた。 ^ 読みは「ひさただ」(『真宗人名辞典』など)、「なおただ」(『デジタル版 日本人名大辞典+Plus』など)と二通りある。 ^ 長坂良宏「近世摂家相続の原則と朝幕関係」『近世の

九戸政実

同年9月1日、討伐軍は九戸氏所領への攻撃を開始する。怒涛の勢いで迫る討伐軍は翌9月2日に政実・実親の籠る九戸城も包囲攻撃を開始。善戦した政実であったが、勝てないと悟り抗戦を諦めると、4日に出家姿で討伐軍に降伏した。 秀次の陣へと引き出された政実・実親兄弟らは死を覚悟しており従容