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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

六波羅探題

六波羅探題(ろくはらたんだい)は、鎌倉幕府の職名の一つ。承久3年(1221年)の承久の乱ののち、幕府がそれまでの京都守護を改組し京都六波羅の北方と南方に設置した出先機関。探題と呼ばれた初見が鎌倉末期であり、それまでは単に六波羅と呼ばれていた。 北方は赤橋家、常盤家、普恩寺家が務め、南方は大仏家、金沢

คำที่เกี่ยวข้อง

六波羅

とが知られており、清盛が二条天皇と密接であった時期にはここも拠点の1つであったと考えられている。 寿永2年(1183年)平氏の都落ちの際、六波羅館は焼失した。 平氏の都落ち後、六波羅の地は源頼朝に与えられ、京都守護となった北条時政が京都守護の庁舎を置き(後、一族で甥の北条時定が駐留する)、頼朝や御

六波羅蜜

〔仏〕 〔「ろっぱらみつ」とも〕 菩薩が涅槃(ネハン)の世界に入るために修める六つの行。 すなわち布施・持戒・忍辱(ニンニク)・精進・禅定(ゼンジヨウ)・智慧(般若(ハンニヤ))の各波羅蜜。 六度。 → 波羅蜜

六波羅蜜

⇒ ろくはらみつ(六波羅蜜)

六波羅館

泉殿(いずみどの)」を中心として「屋敷三千二百余宇」が立ち並び、伊勢平氏の一族郎党が起居していたとされる。 平忠盛、平清盛らの居館となった泉殿は、太田静六の研究によると、それ以前の寝殿造に較べて極端に小さいものであったとされる。また泉殿の南には、平頼盛の居館である池殿があった。泉殿

六波羅蜜寺

六波羅蜜寺 (ろくはらみつじ)は、京都市東山区轆轤町にある真言宗智山派の寺院。山号は補陀洛山。本尊は十一面観音。創建者は空也上人。西国三十三所第17番札所。洛陽三十三所観音霊場第15番札所。 本尊真言:おん ろけいじんばら きりく そわか ご詠歌:重くとも五つの罪はよもあらじ 六波羅堂へ参る身なれば

探題

(1)詩歌の題詠の一。 いくつかある題の中から, くじで探りとった題によって詠むこと。 探り題。 (2)〔仏〕 竪義(リユウギ)と呼ばれる仏典の問答の際, 出題および解答の判定を行い, 全体を総括する僧。 (3)(ア)鎌倉時代, 執権・連署など政務の長官の別名。 (イ)中世, 幕府から地方に派遣され, 政務・訴訟の裁断・軍事をつかさどる地方長官。 鎌倉時代には六波羅探題・鎮西(チンゼイ)探題など, 室町時代には九州探題・奥州探題などが置かれた。

波羅夷

〔梵 pārājika〕 〔仏〕 これを犯すと教団から追放され, 僧尼としての身分を奪われる規則。 最も重い戒律であるから重禁ともいう。 淫・盗・殺・妄(自分の宗教上の段階を偽ること)の四つが代表的。 大乗仏教でも十波羅夷のほか, いくつかの数え方がある。

頻波羅

頻波羅(びんばら)は華厳経に登場する自然数の数詞の一つである。 華厳経(八十華厳)の巻第45、阿僧祇品第30に登場し、 10 7 × 2 3 {\displaystyle 10^{7\times 2^{3}}} つまり1056を意味している。四十華厳でも1056を意味している。六十華厳には現れない。

波羅蜜

波羅蜜(はらみつ、巴: Pāramī、 パーラミー、梵: Pāramitā、 パーラミター)とは、仏になるために菩薩が行う修行のこと。六波羅蜜と十波羅蜜がある。 到彼岸(とうひがん)、度(ど)、波羅蜜多(はらみった)などとも訳す。 サンスクリット文法による語源的解釈では、Pāramitā を、"pāramī"(「最高の」を意味する

長門探題

長門探題(ながとたんだい)は、一般には1276年(建治2年)に鎌倉幕府が元寇に対処するため、長門国に設置した最前線防衛機関の呼称として知られる。長門守護の権能を受け継ぎ拡大したものと考えられるが、詳細は不明。初代に相当するとされる北条宗頼以後、北条氏一門が任命された。史料上では、北条時直に対してのみ

鎮西探題

奉行として、鎌倉、六波羅探題にかわる合議制の裁判所として鎮西談議所が博多に設置された。その後、鎮西談議所の後身として、永仁元年(1293年)に9代執権北条貞時のころ北条兼時・名越時家が派遣され、鎮西探題が設置され、それまで設置されていた鎮西奉行・鎮西

九州探題

九州探題(きゅうしゅうたんだい)とは、室町幕府の軍事的出先機関である。当初は鎮西管領(ちんぜいかんれい)とも称された。 鎌倉時代の永仁元年(1293年)に鎮西探題が設置されたが、後にそれを踏襲する形で、室町時代に九州の統治のため設置された。室町幕府は京都に政権を置いたため、鎌倉に設置された鎌倉公方が関東を中心に、奥州探題が東

羽州探題

羽州探題(うしゅうたんだい)は、室町時代の出羽国に置かれた幕府の役職。正しくは羽州探題職(うしゅうたんだいしき)という。 奥州探題と並んで室町幕府における奥羽を統括する要職であり、それぞれ斯波氏の一門である大崎氏が奥州探題、最上氏が羽州探題を世襲した。 羽州

奥州探題

黒嶋敏「奥州探題考」『中世の権力と列島』(高志書院、2012年) ISBN 978-4-86215-113-1) P41-45. ^ 黒嶋敏「はるかなる伊達晴宗-同時代史料と近世家譜の懸隔」(初出:『青山史学』第20号(2002年)/所収:遠藤ゆり子 編『シリーズ・中世関東武士の研究 第二五巻 戦国大名伊達氏』(戎光祥出版、2019年)

十波羅蜜

〔仏〕 菩薩の実践すべき一〇種の修行。 六波羅蜜に, 方便・願・力・智の四波羅蜜を加えたもの。

波羅夷罪

である」や「究極の覚りを得た」と嘘を言い(故意ではなく思い違いに基づく発言である場合、これには該当しない)、また、仏教教団である僧伽(サンガ)の和合やそのあり方を乱し、人心を惑わすような行為に及んだ場合には、その罪を得る。 上記の四波羅夷に以下の4つを加えたもの。 5.触 -

音波探査

音波探査(おんぱたんさ、英語: sonic prospecting)は、地震探査法の一種であり、地震波を使用して水底下の地質構造を調べる手法である。  地震探査法の一種として、水中の音波源を用い、 海底や湖沼底などの地質構造を調査する手法があり、これを「音波探査」という。主に、海底油田探査

十六羅漢岩

母川回帰歌碑 - 齋藤勇 (酒田市出身) 冬来れば 母川回帰の本能に 目覚めて愛し 鮭のぼりくる 鳥海の鳥曇り歌碑 - 佐藤要人 (最上郡出身、医学博士) 吹浦も 鳥海山も 鳥曇 松尾芭蕉の句碑 あつみ山や 吹浦かけて 夕涼み 十六羅漢 賓度羅跋囉惰闍 (びんどらばらだじゃ、ピンドーラ・バーラドゥヴァージャ

波羅提木叉

波羅提木叉(はらだいもくしゃ、梵: prātimokṣa:プラーティモークシャ、巴: Pātimokkha:パーティモッカ)は、仏教の出家者である比丘・比丘尼の集団である僧伽における規則となる戒律条項を記した典籍(戒本)のこと。 戒本、別々解脱、別解脱と意訳する。