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十帖源氏

『十帖源氏 桐壺』の翻刻本文と現代語訳の公開 『源氏物語』を海外の方々へ『十帖源氏 帚木』の資料公開 『源氏物語』を海外の方々へ『十帖源氏 空蝉』の資料公開 『源氏物語』を海外の方々へ『十帖源氏 夕顔』の資料公開 多言語翻訳のための『十帖源氏 若紫』の資料公開 多言語翻訳のための『十帖源氏 末摘花』の資料公開

คำที่เกี่ยวข้อง

源氏

(1)源(ミナモト)姓の氏族の称。 814年嵯峨天皇が皇子に賜って臣下としたのに始まる。 特に, 清和源氏・村上源氏・宇多源氏・花山源氏が著名。 源家。 (2)「源氏物語」の略。 また, その主人公。 → 源氏物語 (3)〔源氏・平氏の旗色から〕 紅白の意を表す。

白氏六帖

845年)完成とされる。全30巻。正式には『白氏六帖事類集』。 原題は『経史類要』または『事類集要』で、隋代の『北堂書鈔』に倣って故事成語を収集し、詞藻の用に供したものである。 その構成は、1,970門の分類からなっている。白居易は、数千の瓶子を放置し、人に命じて諸々の典籍中の詩文佳句を取り、それを

源氏パイ

ミニサイズ ミニ源氏パイ 通常の源氏パイをひとくちサイズにしたもの。 ミニ源氏パイ<チョコ> ひとくちサイズのパイにチョコレートをコーティング。秋冬商品。 平家パイ 平家パイ 源氏パイの姉妹商品。名称が武士の源氏・平家を連想させる。幾層にも折り重ねたパイ生地に洋酒漬けのレーズンをトッピングして焼き上げたもの。

源氏絵

り混ぜるなどのかたちで残されている。 また源氏絵は扇に描く絵の題材にもなった。現在大阪四天王寺をはじめとする諸所に蔵される扇面法華経冊子(12世紀ごろ)のなかには、源氏絵を描いたものがあるのではないかといわれているが、明確な記録や作例としては中世以降のものがある。上で取り

源氏釈

との近親性が注目されたが、近年になって『源氏釈』の一伝本であることが明らかにされた。 書陵部新出本 『源氏物語注釈』なる書物に所収されている「源氏或抄物」と題されている写本。近年になって伊井春樹によって見いだされた。 冷泉家本(冷泉家時雨亭文庫蔵本) 「源氏物語釈」と題されている。冷泉家時雨亭文庫の

光源氏

文の存在しない「雲隠」が源氏の死を暗示するのみであるとも、また本文は失われたとも言われる。 現世の繁栄を享受しながら常に仏道を思い、にもかかわらず女性遍歴を繰り返すという人物造形は、次の世代の薫と匂宮にそれぞれ分割して受け継がれる。また、しばらく後に書かれた『狭衣物語』の主人公である狭衣大将にも影響を与えている。

素源氏

ポータル 文学 素源氏(すげんじ)とは、源氏物語の版本のうち、注釈や挿絵を含まず源氏物語の本文だけを内容とするものをいう。 平安時代中期に成立した源氏物語は、長く写本のみによって人々に伝えられてきたが、江戸時代に入ってから版本による源氏物語の出版が始まり、それによってそれまでとは比べものにならない数

源氏名

源氏名とは、『源氏物語』にちなんで女性に付けられた(あるいは女性が名乗った)名前のことである。源氏名を歴史的に見ると、元来は『源氏物語』の巻名で、最初は名歌の題材や投扇興の点数の名称に使ったり、後に女官や遊女が自らの出世、輝かしい未来を願い、源氏のように勝負に勝ちたいと本名を隠し源氏名を名乗ったことがことの始まりで

源氏香

源氏香(げんじこう) 香道における聞香の遊びの一種。→香道の項参照。 文様・家紋の一種。上記の源氏香より出たもので、和服などにひろく用いられる日本固有の意匠である。→香の図の項参照。 このページは曖昧さ回避のためのページです。一つの語句が複数の意味・職能を有する場合の水先案内のために、異なる用法を一

玉鬘十帖

源氏物語各帖のあらすじ > 玉鬘十帖 ポータル 文学 玉鬘十帖(たまかずらじゅうじょう)とは、『源氏物語』における第22帖「玉鬘」から第31帖「真木柱」までの十帖をいう。 「玉鬘」から「真木柱」までの十帖は、頭中将と夕顔の娘である玉鬘を中心とした一連の物語が描かれている、一連の「玉鬘物語」の中核をなす巻々である

宇治十帖

これに対して、「源氏物語とは異なる作者によることが明かであるが源氏物語の多大な影響の元に成立したと考えられている狭衣物語や手枕といった作品と源氏物語とを上記と同様の計量言語学的手法によって比較したときに算出される差異」は「源氏物語を宇治十帖とその他の部分に分けたものに見いだされる差異」より遙かに大きなものであり、このことから考えると宇

湯浅氏 (源氏)

清和源氏の足利義兼の子桃井義胤が桃井氏の祖となり、義胤四世桃井尚義の孫の桃井義盛の弟、河内守桃井貞職が母方の湯浅姓を名乗ったという(『湯浅家系図』)。山子田御堀に中世の館跡があり、本家はこの一角に居を構え、今でも御掘の家といわれる。 代々名主で榛名山中腹のに仕え、吾妻山の吾妻神社を奉祀、祭祀も司る。一族からは、1868年(明治元年)、

十時氏

十時氏(とときし)は、大神氏族入倉氏の分流。戸次氏家臣や柳川藩主家立花氏重臣を出した氏族である。 家名は所領の豊後国大野郡十時庄(現在の大分県豊後大野市大野町十時)が由来としている。 大友氏に所領を削減された豊後大神氏一族で豊後国大分郡入倉庄(現在の大分県大分市入蔵)居住の入倉四郎左衛門の子にあた

十市氏

大和国十市郡十市(現在の奈良県橿原市十市町)を本拠とした国人で、興福寺大乗院方の国民。 『延喜式』民部上に「トヲチ」の訓みが載るが、文和2年(1353年)には「トイチ」の訓みが見られ、これ以降は十市(といち)氏を称していたと考えられる。 出自については、十市氏は中原氏を自称しており(『群書類従』

十河氏

たが(戸次川の戦い)、軍目付の仙石秀久の失策により存保は討死してしまい、家老となっていた一存の実子存之も討死してしまう。存保の遺児の千松丸も生駒親正の保護下において1589年(天正17年)に謎の急死を遂げた。 最後に残った存保のもう一人の遺児である存英も大坂夏の陣にて戦死し、十河氏直系は絶家した。

源氏六十三首之歌

58・八橋(み)「三河には雲手に水のながるれは八橋かけて賑はしけ也」 59・さしくし?(た)「たまかつらかけておもひしさしくらに我黒かみのも泪するらめ 60・花見?(ほ)「おとをへて君にかたみの文なれは涙なかるゝ水茎の跡」 61・嵯峨野(と)「としをへて山さかのほるおいうとのとるやつまもこりはてぬかな」 62・山路の露?(け

源氏八領

現存するとされるのは楯無のみである。詳細は以下の項目で記す。なお、金刀比羅宮本『保元物語』でのみ、源太産衣の替わりに七龍が入っている。『異制庭訓往来』の6月の状では、七竜・八竜・月数・日数・源太産衣・膝丸・薄金・小袖と書かれている。 源太が産衣(げんたがうぶきぬ)は、源氏の嫡男の鎧の着初

出雲源氏

出雲源氏(いずもげんじ)は、鎌倉時代以降に出雲国を本拠として土着した源氏の流れを汲む一族の呼称。 宇多源氏佐々木氏流に属し、近江源氏の分流にあたる。雲州源氏(うんしゅうげんじ)とも呼ばれる。家紋は佐々木流として珍しく「四つ目結い」を使わず(一部例外あり)、「花輪違い」を使うなどの特徴がある。出雲国神門郡塩冶郷(現

村上源氏

の大臣を輩出した。顕房の娘・賢子が産んだ堀河天皇の治世では、「左右大臣、左右大将、源氏同時に相並ぶ例、未だ此の事あらず」、「近代公卿廿四人、源氏の人半ばを過ぎるか、未だ此の如き事あらんか」とあるように天皇の外戚として隆盛を極めた。源顕房長男・源雅実は源氏として初めて太政大臣となる。その後、天皇の