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รายละเอียดคำ

名鉄DB3形ディーゼル機関車

には電気機関車に代わりに築港線でも使用されている。 1966年(昭和41年)10月に廃車。廃車後は秩父鉄道に譲渡され、熊谷駅南側に存在した熊谷工場の無籍の入替機として使用された。 鉄道ピクトリアル2月号別冊「鉄道ピクトリアルアーカイブスセレクション30「名古屋鉄道1960〜1970」 2015年発行

คำที่เกี่ยวข้อง

名鉄DB50形ディーゼル機関車

清水武・田中義人・澤内一晃『名古屋鉄道の貨物輸送』フォトパブリッシング、2021年。ISBN 978-4-8021-3270-1。  名古屋臨海鉄道(編)『十五年のあゆみ』名古屋臨海鉄道、1981年。  岩堀春夫『名古屋臨海鉄道』ないねん出版、2003年。ISBN 4931374417。  表示 編集

名鉄DC60形ディーゼル機関車

清水武・田中義人・澤内一晃『名古屋鉄道の貨物輸送』フォトパブリッシング、2021年。ISBN 978-4-8021-3270-1。  名古屋臨海鉄道(編)『十五年のあゆみ』名古屋臨海鉄道、1981年。  岩堀春夫『名古屋臨海鉄道』ないねん出版、2003年。ISBN 4931374417。  表示 編集

名鉄DB5形ディーゼル機関車

古屋鉄道であった。国鉄E型貨車移動機と同型である。 挙母線大樹寺駅から伸びる同社岡崎工場専用線で運用されたが、1969年(昭和44年)にDB75形が同線に導入されたことに運用機会は減少し、1970年(昭和45年)1月に廃車された。 清水武・田中義人・澤内一晃『名古屋鉄道の貨物輸送』フォトパブリッシング、2021年。ISBN

名鉄DB10形ディーゼル機関車

1959年(昭和34年)加藤製作所製の小型ディーゼル機関車である。トヨタ自動車工業の私有車で、車籍は名古屋鉄道であった。車番が「12」となっているのは、トヨタ自動車の私有車のGB10形(10・11)の連番と推定される。 挙母線トヨタ自動車前駅からトヨタ自動車工業本社工場へ伸びる専用線で使用されたが、1975年(昭和50年)10月に廃車された。

名鉄DB30形ディーゼル機関車

主に31は三河線土橋駅はトヨタ自動車土橋工場にの専用線で使用され、32は土橋工場で使用後、本社工場で使用された。車両の所有権はトヨタ自動車にあるが、車籍は名古屋鉄道に編入されていた。三河線土橋駅の専用線以外でも、日本国有鉄道(国鉄)岡多線北野桝塚駅の専用線でも使用された。

名鉄DB45形ディーゼル機関車

BN 978-4-8021-3270-1。  名古屋臨海鉄道(編)『十五年のあゆみ』名古屋臨海鉄道、1981年。  岩堀春夫『名古屋臨海鉄道』ないねん出版、2003年。ISBN 4931374417。  ^ DB45形(45)、DB46形(46)と、別々の形式で記述してある書物もあるが、名古屋鉄道

名鉄DB70形ディーゼル機関車

C351に代わり尾西線森上駅から伸びる同社専用線で運用されたが、1978年(昭和53年)7月23日に森上駅貨物営業廃止で役目を終え、1979年(昭和54年)5月に廃車。その後は小西砕石に移り、高山本線坂祝駅の専用線で運用された。 鉄道ピクトリアル2月号別冊「鉄道ピクトリアルアーカイブスセレクション30「名古屋鉄道1960〜1970」

M62形ディーゼル機関車

M62形ディーゼル機関車は、旧ソビエト連邦のルハンスクディーゼル機関車工場で製造された重量貨物列車用のディーゼル機関車である。キューバ、北朝鮮、モンゴルなど多くの東側諸国に輸出された。1車体方式のM62ばかりではなく、2車体方式の2M62、3車体方式の3M62も製造された。

国鉄DD54形ディーゼル機関車

重工業がライセンス生産を行ったDMP86Z、液体変速機は爪クラッチを介在させた4段変速機構をもつDW5で、マイバッハ社のMekydro(メキドロ)K184Uのライセンス生産品である。この変速機構のため、力行中の変速進段時に一旦エンジン回転数が下がる変速音を発しながら加速するという独特の走行音であった

国鉄DD13形ディーゼル機関車

半埋め込みとなり、排気量拡大による煙突の設置、サイドロッド式駆動台車を廃し、台車内部でシャフトとギアにより2軸駆動するつりあい梁式DT105台車を採用するなど、各部の仕様に新しい試みがなされた。後年、41号機がDD14形との重連運転用に「半重連」方式の総括制御機に改造された。また、13両が912形に改造された。

国鉄DD14形ディーゼル機関車

km/hという高速で除雪ができ、投雪距離50 mという高性能を示したが、ローターで雪をかき込む際に出る雪煙により前方が見通せない欠点があり、「吹雪が線路を突っ走っている」という関係者の証言があるほどだった。そのため、雪煙の上がりにくい新潟で再度試験を行ったが、視界はよくなったものの安定性はロールバー形が上であ

国鉄DD53形ディーゼル機関車

岩成政和「DD53ものがたりここが見どころ、最後のマンモス! 」 - イカロス出版『季刊 j train』Summer 2007 Vol.26 P.91 - P.99 鉄道ファン編集部「雪よ!二条のレールは渡さない!除雪用機関車の活動記録から 」『鉄道ファン』1985年3月号(通巻287号)p60-75

国鉄DD17形ディーゼル機関車

背向重連とし、本務機の2基の機関出力を全て排雪に使用するという機関車2両運転がほとんどであった。 排雪列車が常時機関車2両で運行されるのは、運行費用や整備費用等の経費面からみても経済的とはいえないため、機関車1両で 1,000 ps 級の除雪能力を持ち、なおかつ自走可能というDD14形背向

国鉄DE15形ディーゼル機関車

秋田臨海鉄道 (2021年). 2015年6月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月21日閲覧。 ^ “仙台臨海鉄道(株)への機関車譲渡”. 秋田臨海鉄道 (2021年3月1日). 2021年3月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月21日閲覧。 ^ “秋田臨海鉄道

国鉄DE10形ディーゼル機関車

国鉄DE10形ディーゼル機関車(こくてつDE10がたディーゼルきかんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)が開発・設計した中型ディーゼル機関車である。 ローカル線の貨客列車牽引や入換用途を主目的として開発された。1966年(昭和41年)から1978年(昭和53年)にかけて708両が製造され、日本各地のロー

国鉄DD15形ディーゼル機関車

ラッセル装置は進行方向の左側に除雪する複線形で、機関車本体の連結器と台枠上のブラケットを介して固定する。脱着にはクレーンによる作業を要する。16号機と17号機は1968年(昭和43年)に新津工場で単線形のラッセル装置に改造された。 本形式は軸重が重く入線区間は制限されるが、これは除雪作業中の脱線防止には有利

国鉄DE50形ディーゼル機関車

^ DE10形用。V型12気筒、定格出力1,350 PS。 ^ 液体変速機内の油の流体抵抗を利用し、入力側の動翼の回転エネルギーを固定羽根車との回転抵抗によって熱エネルギーに変換するブレーキシステム。 ^ この台車の設計は後にDE10形にフィードバックされ、同形式用としてDT140形の

国鉄DC11形ディーゼル機関車

か月遅延したため、これに先行して1929年(昭和4年)に日本に来着した本形式は、国鉄初のディーゼル機関車となった。昭和4年(1929年)8月1日付の朝日新聞夕刊にて「とても調子のよい 煙を吐かぬ機関車」のタイトルで「煙を吐かぬ

国鉄DB10形ディーゼル機関車

第一次世界大戦後の世界的な不況を受けて鉄道経営も合理化を求められるなかで、入換等の作業を蒸気機関車からディーゼル化し、人件費と燃料費の節約を図ることが計画された。そこで初の純国産ディーゼル機関車として製作されたのが本形式である。 エンジンは、池貝製作所または神戸製鋼所製のディーゼルエンジン(直列4気筒