Logo
หน้าแรก
บทเรียน
สมุดบันทึก
พจนานุกรม
JLPT ข้อสอบฝึกหัด
วิดีโอ
อัปเกรด
ข้อเสนอแนะ
Logo
หน้าแรก
บทเรียน
สมุดบันทึก
พจนานุกรม
JLPT ข้อสอบฝึกหัด
วิดีโอ
อัปเกรด
ข้อเสนอแนะ
Todaii Japanese
Switch language – current: th
Logo Japanese
[email protected]
(+84) 865 924 966
315 Truong Chinh, Ha Noi
www.todaiinews.com
DMCA.com Protection Status

เกี่ยวกับ Todaii Japanese

เรื่องราวแบรนด์คำถามที่พบบ่อยคู่มือผู้ใช้ข้อกำหนดและนโยบายข้อมูลการคืนเงิน

โซเชียลเนตเวิร์ค

Logo facebookLogo instagram

เวอร์ชันแอป

AppstoreGoogle play

แอปอื่น

Todaii German
Todaii Super
Todaii English
Todaii Chinese
Todaii Korean
DMCA.com Protection Status

ลิขสิทธิ์เป็นของบริษัท eUp Technology JSC

Copyright@2026

พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

名鉄ワ1形貨車

形式としてまとめたものであり、2両ともほぼ同形式である。この2両が運用を開始したのは1926年(大正15年)である。同年は、美濃電気軌道北方線の北方町駅から黒野駅間の延伸及び黒野駅で接続する谷汲鉄道の開業があり、谷汲鉄道に美濃電気軌道が出資していたこと、貨車の共通運用などもあり同形式

คำที่เกี่ยวข้อง

名鉄ワ700形貨車

。種車形式が3種類あるため、寸法などは同一形式間でも異なる。荷重は10 t、全て私有車かつ国鉄直通車であった。1963年(昭和38年)に形式消滅となった。 清水武・田中義人・澤内一晃『名古屋鉄道の貨物輸送』フォトパブリッシング、2021年。ISBN 978-4-8021-3270-1。  表示 編集

名鉄ワ400形貨車

ワ400とワ240は、尾西鉄道での明治時代の有蓋車の改造であるが、寸法はワ240の方が大きいなど詳細は異なる。またワ240は改造時に軸距が変更されたが、ワ400は改造時には軸距は変更されず、後に変更されている。 戦後、ワ400は東部線及び西部線に、ワ240は西部線に配属され、国鉄直通貨車として運用された

名鉄ワ200形貨車

1944年(昭和19年)5月、軍需輸送の増加による電車不足のため、4両(ワ204 - ワ207)を自社で付随車に改造、サ40形(サ41 - サ44)として竣工する。 サ40形は1947年(昭和22年)に貨車に再改造し、翌年に廃車となる。 戦後は東部線、西部線、瀬戸線で運用され、一部は事故復旧車として新川工場、那加分

名鉄ワ170形貨車

東部線専用として運用され、1961年(昭和36年)に形式消滅となった。 清水武・田中義人・澤内一晃『名古屋鉄道の貨物輸送』フォトパブリッシング、2021年。ISBN 978-4-8021-3270-1。  小寺幹久『名鉄電車ヒストリー』天夢人、2021年。ISBN 978-4-635-82269-5。  表示 編集

名鉄ワ160形貨車

屋鉄道に合併すると引き継がれ、ワ160形(ワ161)となる。 戦後は西部線で社内線用として運用され、末期は配給車となった。1961年(昭和36年)に廃車。 清水武・田中義人・澤内一晃『名古屋鉄道の貨物輸送』フォトパブリッシング、2021年。ISBN 978-4-8021-3270-1。  表示 編集

名鉄ワ610形貨車

引き継がれる。1941年(昭和16年)にワ610形(ワ611-ワ676)に改番する。 主に東部線で運用され、国鉄直通貨車であった。1954年(昭和29年)に名古屋鉄道が渥美線を豊橋鉄道へ譲渡すると、渥美線に所属していた2両(ワ612・ワ613)は豊橋鉄道へ移る

名鉄ワ180形貨車

とは、かつて名古屋鉄道で運用されていた木造貨車(有蓋車)である。 元は三河鉄道の木造有蓋車である。ここでは三河鉄道時代に有蓋緩急車に改造されたワフ90形についても記述する。 元は1914年(大正3年)に天野工場で製造された三河鉄道の7 t 積木造有蓋車ワ200形(ワ201 -

名鉄チキ1形貨車

km/hに引き上げられるのに伴い、チキ1の国鉄直通は抹消された。その後保線用車両として改造が行われ、棚柱の撤去、回転枕木及びジブクレーンの設置が行われ、チキ1には電源装置が設置された。 チキ10形の導入に伴い、チキ300形とともに1993年(平成5年)に形式消滅した。

名鉄ト1形貨車

0t 揖斐線で廃車された15は三岐鉄道に譲渡され、三重県いなべ市の貨物鉄道博物館に静態保存されている。 かつては豊田市鞍ヶ池公園で、ト1形(1)が電気機関車デキ300形(302)とワフ70形緩急車(71)と編成を組んで静態保存されていたが、2003年(平成15年)に解体された。 [脚注の使い方] ^

名鉄ワフ1形貨車

戦後も引き続き瀬戸線で社内貨物用として運用される。昭和30年代に2両が廃車され、1965年(昭和40年)に形式消滅した。 清水武・田中義人・澤内一晃『名古屋鉄道の貨物輸送』フォトパブリッシング、2021年。ISBN 978-4-8021-3270-1。  表示 編集

名鉄ホ1形貨車

ホ6)に配備され、砕石(バラスト)散布に運用されていた。後に3両(ホ4 - ホ6)が瀬戸線に転属する。 2001年(平成13年)、ホキ80形(JR東海から購入したホキ800形)の配備により形式消滅。 清水武・田中義人・澤内一晃『名古屋鉄道の貨物輸送』フォト・パブリッシング、2021年。ISBN 978-4-8021-3270-1。 

国鉄ワ22000形貨車

1952年(昭和27年)から1955年(昭和30年)にかけて更新修繕が実施され、漏損事故の多かった屋根の強化や忍錠の取り付けなどが行われた。 1968年(昭和43年)10月1日国鉄ダイヤ改正で実施された貨物列車の速度向上では、軸距が短いことから不適格とされ、19

国鉄ワ10000形貨車

る。妻板の上部には、ワム23000形と同様の構造の鋼板プレス製の通風器が3つ設けられている。屋根は、鉄製の垂木に厚さ20mmの木製の屋根板を張り、防水布で覆った構造である。 空気ブレーキは、床下スペースが狭隘であることから、シリンダと空気溜めが分離したKD形とし、その中でも最小のKD180形が採用

国鉄ワ21300形貨車

約5年後の1942年(昭和17年)12月から1943年(昭和18年)2月にかけて全車がヤ300形(二軸救援客車)へ車種改造され形式消滅した。この際車番割付は順不同で行われた。 車体塗色は黒一色であり、寸法関係は、全長は7,786 mm、全幅は2,667 mm、全高は3,461 mm、実容積は32.91

国鉄ワ21000形貨車

t 積みの有蓋車である。 本形式と同様の経緯にて誕生したワ21100形についても本項目で解説する。 1928年(昭和3年)5月の車両称号規程改正によりワ19700形はワ21000形に形式名変更された。旧形式であるワ19700形は越後鉄道が1918年(大正7年)に天野

JR貨物ワ100形貨車

960年代からなされており、フレキシバン方式・カンガルー方式などの試作車が供試された。これらの方式は特殊構造に起因する投資コスト・保守コストの加重が実需への導入を困難とし、輸送主体である国鉄自体も経営悪化から貨物輸送の縮小均衡施策を採らざるを得ない状況下にあって、実用化には至らなかった。

国鉄ウ1形貨車

再度改番された短命な形式であった。同称号規程改正では豚積車が新設され本形式は豚積車の最初の形式となった。豚積車は付添人室があるためこれを豚積緩急車と間違われやすい。1940年(昭和15年)に2両(ウ59、ウ65)がウ100形へ再再改造された。

国鉄ワム1形貨車

サ1形は、事業用となっていたワム1形13両を1953年(昭和28年)の称号規程改正の際に、正式に工作車に区分類別(サ1 - サ13)したものである。その後4両(サ14 - サ17)が、1955年(昭和30年度)に追加改造され、合計17両(サ1 - サ

国鉄タキ1形貨車

車体色は黒色、寸法関係は全長は12,070 mm、全幅は2,600 mm、全高は3,800 mm、 台車中心間距離は7,970 mm、実容積は38.2 m3、自重は20.4 t - 21.0 t、換算両数は積車4.5、空車2.0である。