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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

団扇問屋

団扇問屋(うちわどんや)とは江戸時代から明治時代にかけての江戸、東京における団扇、あるいは団扇に貼る団扇絵を仕入れ、販売を取り扱った問屋を指す。 寛永年間に割竹(さきだけ)に白紙を貼った団扇が製造されたのが江戸における団扇の始まりで、彩色模様などもなく、形状は深草団扇

คำที่เกี่ยวข้อง

団扇

(1)うちわ。 (2)軍配うちわ。 「千葉の介は鞭の役, 土肥の遠平~持ち/浄瑠璃・五人兄弟」

団扇

〔「打ち羽」の意という〕 (1)あおいで風を起こす道具。 普通は, 細く削った竹の骨に, 紙・絹などを張る。 形は円形・角形などさまざま。 もとは貴人が自分の顔を隠すために用いたものという。 「~であおぐ」﹝季﹞夏。 《月に柄をさしたらばよき~かな/宗鑑》 (2)「軍配団扇(グンバイウチワ)」の略。 (3)家紋の一。 団扇を図案化したもの。 {(1)}のほか軍配団扇・羽団扇がある。 <i>~を上・げる</i> 「軍配(グンバイ)をあげる」に同じ。

扇屋

扇屋(おおぎや)は、日本国内の屋号の一つ。 扇屋 (百貨店) - 千葉県千葉市に本社を置く百貨店、後の扇屋ジャスコ。 扇屋 - 林又一郎林又一郎が寛文年間に大坂の新町遊廓に開いた妓楼。初代中村鴈治郎の生家。 扇屋 - 江戸時代の近江商人・伴伝兵衛が近江八幡で開いていた商店。 扇屋 -

団扇絵

また寛政期には喜多川歌麿が役者絵の団扇絵を描いている。 団扇絵は四角い紙に団扇の形に版画を摺ったもので、これを実際に竹の骨に貼って使用した。実用に供された団扇絵は消耗品として残らないが、団扇とせずにそのまま鑑賞されているものや、図柄の見本帖として綴じられていたものは現存している。

問屋

(1)「とんや(問屋){(1)}」に同じ。 (2)「問丸(トイマル)」に同じ。 (3)自己の名をもって他人(委託者)のために物品の販売・買い入れをなすことを業とする者。 証券会社など。 卸売を業とする問屋(トンヤ)とは異なる。 → 間接代理

問屋

(1)卸売を業とする店。 また, その人。 中世の問職(トイシキ)・問丸(トイマル)の発達したもので, 荷主から商品を委託され, あるいは買い取り, これを仲買に売りさばく商人。 近代には, 問屋・仲買の区別が乱れ, あわせて卸商・卸問屋となる。 「乾物~」「~で商品を仕入れる」 → といや(問屋)(3) (2)(比喩的に)そのことをもっぱら引き受けてでもいるような人。 「病気の~のような人」 <i>~が卸(オロ)さない</i> ⇒ そうは問屋(トンヤ)が卸さない(「そう(然)」の子項目)

団扇太鼓

団扇太鼓(うちわだいこ)は、仏教で用いられる法具の一種(太鼓)である。声をあげて唱題するときにドンドンと打ち鳴らすことで、聴覚的にリズムを整える。日蓮宗・法華宗などで用いられることが多いので「法華の太鼓」(ほっけのたいこ)とも通称される。他宗門ではあまり用いられない。

米問屋

米問屋(こめどいや/こめどんや)とは、米の卸売を取り扱う問屋である。廻米問屋と呼ばれる場合もあった[要出典]。 本項では、江戸・明治時代における日本の米問屋について記述する。一般的な意味のいわゆる米屋に関しては米穀店を参照のこと。 幕藩体制のもとで石高制が採用されていた江戸時代には、江戸幕府や藩など

問屋街

問屋街(とんやがい)は、問屋が集中して形成された街の一帯を表す言葉である。歴史的な伝統のある町では、築城に前後して城下町を整備する時に、江戸幕府や諸藩が職人・商人を一カ所に集住させて以来の伝統を持つ町や、太平洋戦争直後の闇市の名残りなど、成立背景は様々である。消費者への小売りに応じたり、品揃えの豊

船問屋

⇒ ふなどいや(船問屋)

船問屋

江戸時代, 廻漕や積み荷の取り扱いを業とする問屋。 ふなどんや。 廻漕問屋。 廻船問屋。

油問屋

油問屋(あぶらどんや)とは、江戸時代に燈油を中心とした油の販売を取り扱った問屋のこと。関連する問屋として、油の原材料を扱う種物問屋(菜種問屋・綿実問屋)がある。 中世末期に日常生活で用いられる油が荏胡麻を原料とする「荏油」から菜種を原料とする「水油(種油)」と綿実を原料とする「綿油

塩問屋

問屋が流通に関与することになった。塩廻船は塩の買付の際に直師(ねし)と買主と間で売買俵数・値段の斡旋を行ったのが塩問屋であった。塩問屋はこの合意に基づいて浜人に対して売買価格を通知し、これに対して浜人は売出可能な俵数を申出、塩問屋は必要に応じて過不足の調整を行った。塩問屋は口銭として販売額の3-5%を買主から徴収した。

問屋場

御油宿の問屋場趾は、民家が建ち、標榜するものも残っていない。 業務の主宰者は問屋と称され、その助役の年寄、さらに人馬の出入りや賃銭などを記入する帳付、人馬に荷物を振り分ける馬指などの者がいた。通常の時は交代で出勤するが、大名行列などの大通行があるときは全員が詰めることになっていた。

扇屋 (百貨店)

扇屋(おおぎや)は、1933年から1976年8月21日まで千葉県千葉市にあった日本の百貨店と総合スーパーチェーンを展開していた企業である。 本項では、扇屋ジャスコについても記述する。 安田栄司が東京での修行を終えて独立し、千葉県千葉市に1933年(昭和8年)に扇屋モスリン店を開設したのが始まりである。

扇

〔動詞「あおぐ」の連用形から〕 (1)あおいで涼をとるための道具。 竹や木を骨にして一端に軸を通して要(カナメ)とし, それに紙を張り折り畳めるようにしたもの。 檜扇(ヒオウギ)とともに平安前期日本で考案された。 装身・儀礼用の道具, 舞踊の具ともする。 せんす。 末広。 「~をかざす」﹝季﹞夏。 《老けりな~づかいの小ぜはしき/一茶》 (2)ヒノキなどの薄板をとじて{(1)}の形に作った礼装用の道具。 檜扇(ヒオウギ)。 (3)家紋の一。 {(1)}を図案化したもの。 (4)「団扇(ウチワ)」に同じ。 「とこしへに夏冬行けや裘(カワゴロモ)~放たぬ山に住む人/万葉 1682」 <i>~忌々(ユユ)し</i> 〔班婕妤(ハンシヨウヨ)の故事から〕 扇は男女の仲にとって不吉である, の意にいう。 → 秋の扇 <i>~を請(ウ)・く</i> 芸事で, 伝授の印として, その流儀の扇を授けられる。 「能は小畠の~・け/浮世草子・永代蔵2」 <i>~を鳴ら・す</i> (1)扇を打ち鳴らして案内を求める。 「戸口によりて~・し給へば/源氏(総角)」 (2)扇で歌の拍子をとる。 「或はうそをふき, ~・しなどするに/竹取」

言問団子

の16文のように4の倍数での支払が多くなり、団子も4つ刺さって4文となった。現在でもその形が継承されているが、言問団子は串には刺されておらず、土産用としては箱の中に味ごとに分かれて入って売られている。店内で賞味することも可能で、3つの団子に緑茶の付いた三色セットが標準メニュー。入店して着席すると、後

干鰯問屋

江戸においては、上方方面から房総半島に移住した漁民によって干鰯が作られて江戸に搬入された。 明和年間に書かれたとされる『関東鰯網来由記』という本には寛永13年(1637年)に銚子から江戸に向けて初めて干鰯が搬出されたと記されている。これについては裏付けは乏しいものの、当時の関

地本問屋

1814年)(滑稽本) 文刻堂 西村源六、日本橋本石町十軒店 式亭三馬作・北川美丸画:『浮世風呂』(1809年 - 1810年)(滑稽本) 文渓堂 丁字屋平兵衛、大伝馬町 曲亭馬琴:『南総里見八犬伝』(1814年 - 1842年)(読本) 為永春水作・歌川国直画:『玉川日記 前後編』(1828年)(人情本)