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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

園基祥

時代から明治時代の公卿、華族(伯爵)。園基茂の三男。室に小出英発女。子に園基資、細川利文、園祥子(明治天皇の側室)らがいる。恒久王妃昌子内親王、北白川房子、鳩彦王妃允子内親王、東久邇聡子の外祖父にあたる。 父:園基茂 母:不詳 妻:小出英発女 男子:園基資 次男:細川利文(1865-1944) - 細川利永の婿養子

คำที่เกี่ยวข้อง

園祥子

さちこ、1867年12月23日(慶応3年11月28日) - 1947年(昭和22年)7月7日)は、明治天皇の側室。園基祥伯爵令嬢。宮中では小菊典侍(こぎくのてんじ)、夕顔局(ゆうがおのつぼね)と呼ばれた。 父の園基祥(1833-1905)は、雅楽や神楽を家職とした公卿・園家の出で、万延元年(1860

園基氏

妻:藤原隆忠の娘 男子:園基顕(1238-1319) 女子:西園寺公相室 妻:家女房 男子:園基有(1236-1273) 次男:園基重 生母不明の子女 男子:言性 女子:一条実経室 女子:花山院通雅室 ^ 橋本実俊の生母である。 ^ 『尊卑分脈』。一条家経室ともいわれる。 ^ 『徒然草』第231段、「園の別当入道は」

園基音

園 基音(その もとなり)は、江戸時代前期の公卿。園家13代当主。園基任の子。官位は正二位権大納言(薨去後左大臣追贈)。霊元天皇の外祖父に当たる。また、霊元天皇の異母兄後光明天皇は甥にあたる(妹の子) 書道持明院流の名手でもあった。 慶長13年(1608年)に叙爵。慶長17年(1612年)に元服。同

東園基愛

議長某の罪を責めて之れを告訴するに至る、六月裁判官・東京府吏及び警察官二十餘名を派しめて其の事を糺す、兇徒嘯聚の罪に問はれ、逮捕せらるゝ者多く、人心恟々たり、」と説明している。 ^ 『明治天皇紀』第六, 明治十八年七月二十四日条によると、内務大臣山縣有朋の沖縄県巡察への随行である。 ^ 北原糸子 1998

東園基敬

文政5年(1822年)に叙爵。文政10年(1827年)に元服。以降累進して嘉永4年(1851年)には左近衛権少将となった。安政2年(1855年)の孝明天皇の行幸の際には舎人1人、随身2人、小舎人童1人、雑色2人を率いて供奉している。安政5年(1858年)には岩倉具視らと共に安政勤王八十八廷臣として行動し、朝廷に列参して日米修好通商

東園基文

pp. 35–36. ^ 『日経コンピュータ』第686号 2007.9.3、「経営の本音 ハウステンボス 代表取締役社長 東園 基宏氏〜IT化で利益体質へ転換従業員をマルチタスクに」 ^ 『ベンチャー経営論』長谷川博和、東洋経済新報社, 2018/01/19、第6章「最良の経営チームをどのように構

東園基光

知事退官直後の1921年12月27日、濃飛電気株式会社の代表取締役社長に就任。同社からは翌1922年(大正11年)7月に退くが、7月20日付で今度は白山水力株式会社の代表取締役社長に選出された。濃飛電気・白山水力ともに福澤桃介が関係する電力会社である。白山水力社長は以後

東園基雅

享保13年(1728年)、薨去。享年54。日記『東園基長卿記』を今日に残す。元禄14年(1701年)に起こった赤穂事件で浅野長矩が切腹のうえ改易されることについて「不便々々(ふびんふびん)」と記している。 父:東園基量 母:高倉永敦娘 正室:藤谷為条の娘 継室:藤谷為茂の娘 生母不明の子女 男子:東園基豊 男子:東園基楨 女子:六角基維室

祥

〔「性(サガ)」と同源〕 しるし。 きざし。 「大雨狭穂より発(フ)り来て面(カオ)を濡らすとみつるは, 是何の~ならむ/日本書紀(垂仁訓)」

祥

きざし。 しるし。 特に, めでたいしるし。 「キキンノ~/ヘボン」

瑞祥

めでたいしるし。 吉兆。 祥瑞。 「~が現れる」

清祥

手紙文で, 相手が幸福に暮らしていることを祝う意で用いる語。 「御~の由」

発祥

(1)〔詩経(商頌, 長発)〕 天子となるめでたいしるしがあらわれること。 (2)物事が起こりあらわれること。

休祥

〔「休」はめでたい意〕 めでたいしるし。 よい前兆。 吉兆。

祥瑞

中国, 明末・清初に作られた染め付け磁器。 素地は精白で, 丸紋のつなぎ, あるいは散らしの中に, 花鳥風月・人物・幾何学模様などを描いたものが多い。 諸説あるが日本の茶人の注文により, 中国の景徳鎮で焼かれたものと思われる。 底に「五良大甫呉祥瑞造」の銘があり, 古来染め付け磁器の最上とされる。 祥瑞手。 呉祥瑞。 〔銘は「呉」「祥瑞」ともに地名とする説, 「五良大甫」「呉祥瑞」は人名とする説などがある〕

祥気

めでたいことが起こりそうな気配。

嘉祥

年号(848.6.13-851.4.28)。 承和の後, 仁寿の前。 仁明(ニンミヨウ)・文徳(モントク)天皇の代。

嘉祥

陰暦六月一六日の行事。 室町後期に始まったというが, 起源・由来などは未詳。 江戸時代には大名・旗本が総登城して, 将軍から菓子を賜る儀式が行われた。 嘉祥食い。

祥雲

めでたいきざしの雲。 瑞雲(ズイウン)。