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รายละเอียดคำ

地蔵院

(胎蔵曼荼羅) 地蔵院川 地蔵寺 地蔵寺 地蔵山 地蔵川 [脚注の使い方] ^ “秋田街道絵巻にみる地蔵院虚空蔵尊堂”. 秋田市公式サイト. 2023年11月24日閲覧。 ^ “地蔵院虚空蔵尊堂へ (秋田市)”. 旅行のクチコミサイト フォートラベル. 2023年11月24日閲覧。 ^ “地蔵院”.

คำที่เกี่ยวข้อง

京終地蔵院

台に「辻堂佛前」の彫りが残されているため、元は辻堂にあったものとわかる。 石仏は花崗岩製、高さ1.71メートル。下方に大きな蓮座を備え、その上に三尊を一石に厚肉彫する珍しい形式で、様式上南北朝時代の作と推定される。中央は阿弥陀如来、向かって右が蓮台を捧げる観音菩薩、左は合掌した勢至菩薩である。三尊とも、単弁蓮華文の円形頭光の彫がある。

地蔵

「地蔵菩薩(ボサツ)」の略。 <i>~と閻魔(エンマ)は一(イツ)</i> 地蔵菩薩は慈悲の相を, 閻魔は怒りの相を表しているが, どちらも阿弥陀仏の分身であるということ。 <i>~の顔も三度(サンド)</i> ⇒ 仏(ホトケ)の顔(カオ)も三度

木之本地蔵院

蔵大縁日には日本各地から参拝者が集まり、沿道は屋台が出て大盛況となる。 地蔵堂、阿弥陀堂、地蔵大銅像のほか、西国三十三箇所の観世音菩薩、撫仏である賓頭盧尊者、木之本ダキニシン天(豊川稲荷)、毘沙門天、鎮守としての五社宮(天満自在天、熊野大権現、正八幡大菩薩、春日大権現、稲荷大明神)・金比羅大権現(

地蔵院 (亀山市)

地蔵院(じぞういん)は、三重県亀山市にある真言宗御室派の寺院。 本尊は地蔵菩薩。山号は九関山(きゅうかんざん)、寺号は宝蔵寺(ほうぞうじ)。九関山宝蔵寺地蔵院と号するが、通常は院号の地蔵院をもって呼ばれる。関の地蔵、関地蔵院とも称される。 東海道の関宿に位置し、古くから関の地蔵と呼ばれて信仰されてきた。創建については判然としな

地蔵院 (福井市)

1705年、芝原鋳物師の渡部與三兵衛が作ったとされている。釣り鐘には、「越前國足羽郡 東郷安原村 地蔵院」「越前州吉田郡 柴原住藤原朝臣 渡部與三兵衛尉」と刻まれている。高さ60センチ、直径36.5センチ。 1943年、銃弾など武器の材料に使用するための金属回収の勅令で回収された。しかし釣り鐘

地蔵院 (徳島市)

明治5年(1872年) 聖幢寺が廃寺となる。後に地蔵院と改める。 寺の放生池で地蔵院池と名づけられている。江戸時代には藩主の船遊び場となっていた。その屋形船の鷁首(げきしゅ)が現在も寺院にあり、寺宝の一つとなっている。バス釣りの名所としても知られており、休日には釣り人で賑わっている。池の周囲には桜がたくさん植

地蔵院 (宇治市)

重要文化財 木造阿弥陀如来立像(本尊) - 平安時代後期 木造観世音菩薩坐像 - 平安時代後期。片膝を立て、両手で蓮台(亡者を迎え取るためのもの)を捧げる観音像で、もとは単独像でなく阿弥陀三尊像の脇侍として作られたものと推定される。 銅造阿弥陀如来及び脇侍像 2躯 -

退蔵院

退蔵院(たいぞういん)は、京都市右京区花園妙心寺町にある臨済宗妙心寺派の寺院。大本山妙心寺の塔頭。本尊は無因宗因禅師像。初期水墨画の代表作である国宝「瓢鮎図」を所蔵することで知られる。 応永11年(1404年)に越前国の国人・波多野重通(はたのしげみち)が妙心寺3世・無因宗因(むいんそういん)を開

密蔵院

密蔵院、密藏院(みつぞういん)は、各地にある仏教寺院の院号。不動明王を本尊とする密教系の寺院が多い。 賢沼寺 - 福島県いわき市にある真言宗智山派の寺院。別名:沼之内弁財天。 密蔵院 (川口市) - 埼玉県川口市にある醍醐寺無量寿院の末寺。 密蔵院 (江戸川区) - 東京都江戸川区にある真言宗豊山派の寺院。別名:もっとい不動。

平地地蔵

連の行事は午前8時から、常林寺の住職が般若心経を唱える法要を行った後、下常吉地区の世話役の住民が数人がかりで、はしごや竹ざおを用いて行う。 蓑着せ(1)常林寺の法要 蓑着せ(2)竹竿で蓑を地蔵の肩まで持ちあげる。 蓑着せ(3)顎の下で蓑の両端を結び、固定する。 蓑着せ(4)頭巾をかぶせる

醍醐地蔵院日記

日次記の内題がある。ただし、書陵部本は略影写のため難読の箇所が生じており、これを底本とした続群書類従完成会本の翻刻(『続群書類従29輯下』所収)も当然ながら誤字や脱漏が多く、利用に際しては注意を要しよう。他の写本としては、貞和4年分が水戸彰考館に、観応2年分が(観応二年日次記として)東京大学史料編纂所に所蔵される。

六地蔵

六地蔵(ろくじぞう) 六道の思想に基づいて地蔵菩薩の像を6体並べて祀ったもの。六体地蔵。 六地蔵塔 - 側面に6体の地蔵像が彫られた石塔。 六地蔵寺 - 茨城県水戸市にある真言宗の寺院。6体の地蔵菩薩を本尊とする。 京都六地蔵 - 852年(仁寿2年)、小野篁(おの の

地蔵盆

がつきにくくなったりすることから、一日で終えてしまう町内も増えつつある。また、地蔵盆における福引は、「ふごおろし」とも呼ばれる形式で行われていた。福引担当の家の向かいの家から渡したロープにつるし紐で手繰り寄せた。その後、その品を紐で1階へ下ろして渡すものである。しかし、最近ではこういった福引はほとんど見られなくなった。

笠地蔵

日々こさえてきた笠を売ろうと背負えるだけ背負って出かけていった。ところが残念なことに、笠は大して売れなかった。吹雪く気配がしてきたため、おじいさんは笠を売ることをあきらめて帰路につく。吹雪の中、おじいさんは六人のお地蔵さまを見かけると、そのいかにも寒そうな様子を見て可哀想に思い、売れ残りの笠を差し

蔵入地

蔵入地(くらいりち)は、戦国時代から江戸時代における領地区分の一つである。大名もしくは政権、幕府の直轄地のことである。所領のうち、家臣へ与える知行地に対するもの。蔵入地には、代官を派遣して直接支配を行い、年貢・諸役などの徴収にあたった。 戦国時代における蔵入

地蔵越

地蔵越(じぞうごえ)は、徳島県徳島市加茂名町と徳島市八万町の堺、眉山に位置する峠である。標高144m。 徳島県道203号鮎喰新浜線にあり、旧名東郡加茂名町と名東郡八万村をつなぐ。 名前の起こりとなった地蔵院が眉山麓にある。この地蔵越は四国八十八箇所霊場の十七番札所井戸寺と十八番札所恩山寺を結ぶ遍路道である。

地蔵院 (京都市北区)

五色八重散椿は、1本の木に濃淡様々な色合いの花が見られ、散り際も花びらが1枚ずつ散り美しいと、秀吉も愛したという名木である。また、同じく境内にある八重紅枝垂桜と同時に見頃を迎えるため、4月中旬には椿と桜の美しい共演が見られる。 速水御舟の代表作『名樹散

金地院

崇伝像(開山堂) 東照宮(拝殿) 東照宮の「石の間」及び本殿 東照宮門 紙本墨画溪陰小築図(けいいんしょうちくず) - 応永20年(1413年)作の詩画軸。詩画軸とは、絵画とこれに関連する漢詩を1つの掛軸に表し、書画一致の境地を表すものである。本図は南禅寺の僧であった子璞(しはく)の書斎に「渓隠」と名付

爪切地蔵

草伯は「昨夜の僧は、おそらく弘法大師で、一夜で爪で像を刻まれた」と思い、爪切地蔵と名付けた。 旅の老僧は、爪切地蔵を立てようとした時に夜明となり、一番鶏が鳴き、人の近づく気配を感じて、傾いたまま立ち去ったと伝えられる。 そこで村人が、爪切地蔵を真直に立て直すと災厄・病難がおこったので、また元の傾いたままの状態に戻したという。