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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

大炊

大炊(おおい) 大炊寮のこと。 人名 大炊王 - 淳仁天皇の即位前の名。 百官名の一つ。大炊寮の職員の官名に由来する。 タイトルに「大炊」を含むページの一覧 雪華模様 - 別名に大炊模様。『雪華図説』を著した土井大炊頭利位に由来する。 このページは曖昧さ回避のためのページです。一つの語句が複数の意味

คำที่เกี่ยวข้อง

大炊寮

大炊寮(おおいりょう/おおいのつかさ/おほい-)は、日本の律令制において宮内省に属する機関の一つである。大炊とは大飯炊(おおいかしぐ)の略称といわれる。 宮中で行われる仏事、神事の供物、宴会での宴席の準備、管理を分掌する。また、御料地の管理も行った。平安時代以降、頭は中原氏が世襲した。 頭(従五位下相当)一名

炊き

〔近世以降「かしぎ」とも〕 (1)炊事をすること。 飯をたくこと。 また, その場所。 「~の煙」 (2)生活していく手だて。 「~をつける」 (3)炊事をする役の者。 特に, 近世の廻船で炊事をした年少の者。 船乗りになる第一段階であった。

炊飯

飯をたくこと。

炊ぐ

〔古くは「かしく」〕 (めしなどを)たく。 「饘(カタカユ)は塩を入れて~・いである/山椒大夫(鴎外)」

炊夫

炊事をする男。 めしたき男。

炊婦

炊事をする女。 めしたき女。 炊事婦。

烹炊

煮ることと炊くこと。

炊事

食べ物を煮たきすること。 「台所で~する」

炊く

〔「焚(タ)く」と同源〕 (1)米などを水と共に煮て, 食べられるようにする。 かしぐ。 「御飯を~・く」 (2)(西日本で)煮る。 「大根を~・く」 ‖可能‖ たける

雑炊

野菜・魚介類などの具と飯を入れて, 醤油や味噌で味をつけて煮た食べ物。 おじや。 ﹝季﹞冬。 〔古くは「増水」と書くことが多かった〕

炊爨

飯をたくこと。 炊事。 「キャンプで飯盒(ハンゴウ)~する」

自炊

手間がかかる。 調理の手間がかかる。 各々の食材を買い揃える買物の手間が掛かる。 全部自分で作ろうとすると、意外とコストがかかりがちである。 一人暮らしでは、まとめ買いしても一度に食べきれないため、賞味期限がきれてしまう食材が出る。

大炊御門家

麿(いくまろ)が旧清華家として侯爵に叙された。大炊御門侯爵家の邸宅は昭和前期には東京市豊島区池袋にあった。 実線は実子、点線(縦)は養子。 ^ 三条実量の子。 ^ 藤原孝長の子。 ^ 中山孝親の子。 ^ 近衛基熈の次男。 ^ 徳川生物学研究所から石油会社勤務   [脚注の使い方] ^

大炊御門冬忠

67年)の間には内大臣となった。しかし文永5年(1268年)には腫物・痢病により出家し、以降は香隆寺入道と称されるようになった。同年のうちに薨去。享年51。 父:大炊御門家嗣 母:持明院宗子 - 従三位。持明院基宗の娘 妻:中院通成養女? - 筑前守藤原長宗の娘? 長男:大炊御門信嗣 妻:藤原資季養女

大炊御門信嗣

出したため、前内大臣から太政大臣へという昇進ケースが生み出されたと考えられる。そういう中で西園寺実兼が前内大臣から太政大臣に昇進していることには一考を要する。 父:大炊御門冬忠(1218-1268) 母:中院通成の養女 - 筑前守藤原長宗の女か? 妻:左近衛中将頼俊朝臣の娘 長男:大炊御門良宗(1260-1307)

大炊御門麗子

寛元元年9月18日(1243年11月1日))は、鎌倉時代の后妃、女院。太政大臣大炊御門頼実の女(母は左京大夫藤原定隆の女、藤原隆子)で、土御門天皇の中宮となる。院号は陰明門院(おんめいもんいん)。 建久9年(1198年)、土御門天皇の大嘗祭の際に女御代を務め、元久2年(1205年)4月、21歳で10歳年下の土御門天

大炊御門幾麿

大炊御門 幾麿(おおいのみかど いくまろ、1875年〈明治8年〉4月8日 - 1919年〈大正8年〉8月11日)は、日本の華族。位階・勲等・爵位は正三位勲三等侯爵。 華族・大炊御門家信の七男として京都で生まれる。父の隠居に伴い1884年(明治17年)2月9日に家督を相続。同年7月7日、侯爵を叙爵。

大炊御門信宗

後土御門天皇の養外祖父であることから、文明12年(1480年)1月26日に太政大臣を追贈された。『宣胤卿記』によれば、当日は信宗の十三年忌に当たるという。 父:大炊御門宗氏 母:不詳 妻:不詳 養子 男子:大炊御門信量 - 三条実量の子 女子:大炊御門信子 - 藤原孝長の娘、後花園天皇下臈

大炊御門師経

長8年(1256年)7月に出家、正元元年(1259年)8月15日に薨御。享年85。 師経の日記などは伝存していないが、紙背に「因明入正理論義纂要中 自問言同品定有性 至金名俱不極成」とある仮名書状(もとは三帖以上あったもののうち中帖のみ)が伝存し、久曽神 昇(元愛知大学学長・理事長)が『中古中世仮名