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宋祖英

長大後我就成了你 東西南北兵 又唱劉陽河 光栄的士兵 英雄 中国永遠収穫希望 大地飛歌 越来越好 踏歌起舞 美麗的心情 飛 最美女人是媽媽 和諧楽章 送你一朶東方茉莉 感恩 譲我們舞起来 天藍藍 雲南美 春来沙家浜 陽光楽章 為愛而生 2004年8月、四川省の地方都市・万源市では、旧革命根拠地を記念するイ

คำที่เกี่ยวข้อง

英祖

英祖(えいそ) 英祖 (琉球国王) - 琉球王朝英祖王統の初代国王。 李氏朝鮮の英祖(李昑、第21代国王) ベトナム莫朝の英祖(莫茂洽、第5代皇帝) 同諡号廟号一覧 このページは曖昧さ回避のためのページです。一つの語句が複数の意味・職能を有する場合の水先案内のために、異なる用法を一覧にしてあります

英宗 (宋)

英宗(えいそう、1032年2月16日 - 1067年1月25日)は、北宋の第5代皇帝。実父の濮王趙允譲は仁宗の従兄にあたる。母は趙允譲の側室の任氏(仙游県君)。 仁宗が崩御した際に嗣子が無かったため、傍系の英宗が第5代皇帝として即位した。英宗は英邁な人物であり、対外戦費のために破綻していた財政を再

英祖王統

英祖王統(えいそおうとう)は実在した可能性が高い、沖縄で生まれた最初の王統で、5代90年の王統である。 『中山世鑑』より 初代 英祖王(1259年? - 1299年?) 二代 大成王(英祖王長男、1299年? - 1308年?) 三代 英慈王(大成王次男、1308年? - 1313年?) 四代 玉城王(英慈王三男、1313年

英祖 (朝鮮王)

た。生母が賎しい身分のため、延礽君は同じ王子ながらも世子である異母兄の李昀(景宗)とは全く違う扱いを受け、周りの慇懃な蔑視を受けながら育った。 王世子は14歳の時に母の禧嬪張氏が賜薬を受けて殺されたのを見た後、病気となり、粛宗からも冷遇されていた。王世子に子がなかった

宋

中国の国名。 (1)周代の諸侯国の一((?-前286))。 殷(イン)の宗族微子啓が封ぜられ, 商邱(シヨウキユウ)に都し殷の遺民を統治したという。 斉・魏(ギ)・楚(ソ)の三国に滅ぼされた。 (2)南北朝時代, 南朝最初の王朝。 東晋の武将劉裕が恭帝の禅譲を受けて建国(420-479)。 都は建康。 八世で武将の蕭道成(シヨウドウセイ)に帝位を譲った。 劉宋。 (3)五代十国を統一した王朝。 趙匡胤(チヨウキヨウイン)が汴(ベン)(開封)に都して建国(960-1279)。 遼(リヨウ)・西夏の圧迫を受け, 1127年金軍の侵入によって江南に移り(靖康の変), 臨安(杭州)に都した。 これ以前を北宋, 元軍に滅ぼされるまでを南宋という。

英祖 (琉球国王)

玄孫:汪英紫(大城按司、南山王) 来孫:汪応祖(南山王) 昆孫:他魯毎(南山王) 昆孫:南風原按司 昆孫:具志頭按司 昆孫:兼城按司 昆孫:識名按司 昆孫:越来按司 来孫:越来按司 来孫:瀬長按司 来孫:達勃期 昆孫:佐久間王子 昆孫:豊見城按司 昆孫:照屋按司 来孫:大城按司 [脚注の使い方] ^

祖

(1)子を生んだ人, または, 他人の子を自分の子として養い育てる人。 実父母・養父母の総称。 《親》「生みの~より育ての~」「養い~」 (2)子をもっている生物。 《親》「~鳥」 (3)他の物を生ずるもととなるもの。 《親》「~芋」 (4)物事の中心になるもの。 《親》「~会社」 (5)同種のもののうち, 大きなもの。 《親》「~指」 (6)勝負事の際, 札配りなど競技の中心的な役割にあたる人。 また, その役。 《親》 (7)無尽・入札などの際の発起人。 《親》{(1)~(7)} ⇔ 子 (8)もののはじめ。 元祖。 《祖》「物語の出できはじめの~なる竹取の翁に/源氏(絵合)」 (9)祖先。 《祖》「人の子は~の名絶たず/万葉 4094」「遠つみ~」 <i>~思う心にまさる親心</i> 〔吉田松陰の歌「親思ふ心にまさる親心今日のおとづれ何と聞くらん」による〕 子が親を思う心以上に, 親の子を思う心は深い。 <i>~に似ぬ子は鬼子(オニゴ)((オニツコ))</i> 親に似ない子は人の子ではなく鬼の子である。 子は親に似るのが普通である, の意。 <i>~の因果(インガ)が子に報(ムク)う</i> 親のした悪業の報いが罪もない子に現れる。 親の罰(バチ)は子にあたる。 <i>~の顔が見たい</i> しつけの悪いよその子の言動に, 驚きあきれて言う語。 <i>~の心子知らず</i> 子を思う親の心を子は察しないで勝手な振る舞いをする。 <i>~の臑(スネ)を噛(カジ)る</i> 子が経済的に自立できないで, 親の扶養を受ける。 <i>~の光は七光(ナナヒカリ)</i> 〔「七」は大きな数としていう〕 子の出世や評価に大きく貢献する, 親の高い社会的地位や名声などの威光。 親の光は七とこ照らす。 親の七光。 <i>~の欲目(ヨクメ)</i> 親が愛情から自分の子を実際以上によいと思うこと。 <i>~は無くとも子は育つ</i> 親がいなくなっても, 子供はなんとか育っていくものである。 世の中のことはさほど心配したものではないというたとえ。

祖

(1)その血統。 一家系の最初の人。 「清和天皇を~とする」 (2)一つの教え・流派, 物事などを始めた人。 元祖。 「細菌学の~」

宋万

かされはしないかとこれを断ろうとするが、他の仲間と共にこれをとりなし紆余曲折の末、王倫も渋々林冲の入山を認めた。 その後、官憲から逃れてきた晁蓋一行が入山を求めてくるが、王倫はこれも追い返そうとしその浅はかさと自己中心ぶりに激怒した林冲に殺さ

南宋

⇒ 宋(3)

宋儒

中国, 宋代の儒者。 程子・朱子など。

宋朝

(1)中国, 宋の王朝。 また, その時代。 (2)漢字の活字書体の一。 中国宋代の書体を模した活字。 縦長で, 肉が細い。 名刺などに用いる。 宋朝体。

宋史

中国二十四史の一。 宋の歴史を記した正史。 四九六巻。 元の順帝の命により脱脱(托克托(トクト))らの編。 1345年成立。 本紀四七巻・志一六二巻・表三二巻・列伝二五五巻。

入宋

平安・鎌倉時代, 中国の宋に日本の留学生や僧侶が渡ったこと。 「~の沙門, 道眼上人, 一切経を持来して/徒然 179」

宋音

宋から元初の頃までに日本に伝来した漢字音。 「行」を「アン」, 「鈴」を「リン」と読む類。 一般には, 唐音(トウオン)と呼ばれる。

宋学

中国, 宋代に出現した新儒学の総称で, 主として朱子学をさす。 漢・唐の訓詁(クンコ)学にそのまま依拠することなく, 宋代の合理的精神によって古典を主体的に解釈し, 理気論によって儒教の教理を哲学的に体系化し, 士大夫(官僚)自身に忠誠な聖人となることを志向する意識を浸透させたので, 理学(性理学)とも呼ばれる。 朱子学と対立した宋の陸九淵らの心学派や, 陳亮・葉適(シヨウセキ)らの事功学派(永嘉学派)なども広義には含まれることがある。 → 朱子学

宋詞

中国, 宋代に流行した楽曲を伴う韻文の歌曲。 漢代の文, 唐代の詩, 元代の曲に対するもの。

北宋

⇒ 宋(3)

宋玉

宋玉(そうぎょく、生没年不詳)は、戦国末期(紀元前3世紀頃)の楚の文人。屈原の弟子とも後輩ともいわれ、「屈宋」と併称される。漢の韓嬰の『韓詩外伝』や、劉向の『新序』「雑事第一」および「第五」に宋玉に関する逸話が記載されている。 現在宋玉の作品として伝えられるものは、 『楚辞章句』の「九弁」「招魂」