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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

尉遅綱

の尉遅迥とともに宇文泰を頼った。宇文泰が関中に入ると、尉遅迥と尉遅綱は母とともに晋陽にとどまり、後に関中に入った。宇文泰の征戦につき従い、常に帷幄に陪侍し、寝所にも出入りした。534年、孝武帝を迎えた功により、殿中将軍に任ぜられた。535年、帳内都督となり、儀同の李虎の下で曹泥を討ち破った。また竇泰

คำที่เกี่ยวข้อง

尉遅迥

遅惇はかえって大敗を喫した。韋孝寛は勝利に乗じて鄴に進軍した。尉遅迥は子の尉遅惇・尉遅祐らとともに兵13万を率いて、鄴城の南に布陣した。尉遅迥は別に1万人を統率し、みな緑巾錦襖をつけ、黄龍兵と呼んでいた。また尉遅勤が5万の兵を率いて、青州から尉遅迥の援軍に向かい、3千騎が先に到着した。 尉遅

尉遅敬徳

を高めると、敬徳は長孫無忌とともに李世民の決断を迫った。武徳9年(626年)、玄武門の変が発動されると、敬徳は70騎を率いて李元吉を射殺し、高祖に迫って李世民に全権を委ねる詔を出させ、治安を回復させた。 李世民が皇太子となると、敬徳は左衛率に任ぜられ、李建成・李元吉の党与に罪を

尉遅乙僧

張彦遠『歴代名画記』巻九によると、于闐(ホータン王国)の出身で、父の尉遅跋質那も隋に仕えた高名な画家だった。父を大尉遅、子を小尉遅と呼んだ。 朱景玄『唐朝名画録』では吐火羅国(バクトリア)の人とし、甲僧という兄がいたとするなど、『歴代名画記』とは説明が異なる。尉遅という姓はホ

遅遅

※一※ (ト|タル) (1)物事がすらすらと進まず, 時間がかかるさま。 「~として進まず」「~たる歩み」 (2)日が長くのどかなさま。 「春日~たり」 ※二※ (名) おくれること。 予定の時を過ぎること。 「水に倒れ入り, 装束をぬらし御神楽に~したりけるに/平家 6」

尉

(1)律令官制の四等官の一つである判官(ジヨウ)のうち, 衛府・検非違使の官職に当てる用字。 (2)能で, 老翁。 また, その役の付ける面。 ⇔ 姥 「この~が御道しるべ申さうずるにて候/謡曲・竹生島」 → 翁 (3)白い灰になった炭火。 「最前からおこいて置いたによつて, さんざん~が立つ/狂言・栗焼(虎寛本)」 <i>~と姥(ウバ)</i> 謡曲「高砂」の前ジテの木守りの翁(オキナ)とシテツレの木守りの姥。 この老夫婦が松の落ち葉を掻(カ)く姿は, 大変めでたいものとされ, よく画題とされた。

遅

〔形容詞「おそし」の語幹から〕 (1)おそいこと。 また, おくれること。 《遅》「~速(ハヤ)も汝(ナ)をこそ待ため/万葉 3493」 (2)おろかなこと。 にぶいこと。 「剣大刀(ツルギタチ)己(ナ)が心から~やこの君/万葉 1741」

准尉

陸上・海上・航空自衛隊の自衛官の階級区分。 尉官の下の位で, それぞれ准陸尉, 准海尉, 准空尉と称する。

空尉

航空自衛隊の自衛官の階級名。 空佐の下, 准空尉の上。 一・二・三等に分かれる。

尉物

能楽で, 主役が老翁の姿で出てくるものの総称。

尉官

軍人の階級のうち, 大尉・中尉・少尉の総称。 自衛隊では一尉・二尉・三尉をいう。

中尉

軍隊の階級で, 尉官の第二位。 大尉の下, 少尉の上。

少尉

軍隊の階級で, 尉官の最下位。 中尉の下, 准尉(兵曹長)の上。

大尉

軍隊の階級で, 尉官の最上級。 少佐の下, 中尉の上。

都尉

都尉(とい)は、中国の秦・漢の官職名。郡の軍事を掌る。 前漢においては、元は郡尉と呼ばれていたが、景帝中元2年(紀元前148年)に郡守を郡太守と改称し、郡尉は郡都尉と改称した。都尉は太守を補佐し、郡内の武職や兵卒を掌った。官秩は比二千石であった。役所は太守とは別の場所に置かれた。通常は郡に一名だが、

太尉

太尉(たいい)は、古代中国にあった官職である。今風に言えば、軍事担当宰相であり、防衛大臣、国防長官、国防大臣などに相当する。主に文官が任命された。 秦及び前漢では三公の一つとして重要な役職であったが、『史記』や『漢書』を見る限りでは、丞相や御史大夫と違い、常設されなかったようである。他の三公同様、自

衛尉

公車司馬令1人(六百) - 公車司馬丞1人、公車司馬尉1人 南宮衛士令1人(六百) - 南宮衛士丞1人 北宮衛士令1人(六百) - 北宮衛士丞1人 左右都候各1人(六百) - 左右都候丞各1人 南宮南屯司馬1人(比千石) - 員吏9人、衛士102人:平城門を管轄 宮門蒼龍司馬1人(比千石) - 員吏6人、衛士40人:東門を管轄

校尉

また、城門校尉、中塁校尉、屯騎校尉、歩兵校尉、越騎校尉、長水校尉、射声校尉、虎賁校尉の八校尉や、胡騎校尉、司隷校尉、西域副校尉(城門校尉から西域副校尉まで、官秩は比二千石)、後漢末の西園八校尉など、高級武官の名称にも「校尉」が多く使われている。これらの高級武官は同じ「校尉」であっても、将軍配下の校尉

海尉

海尉(かいい)とは 海軍軍人の階級制度が確立されておらず、Lieutenant が軍人の一階級(大尉)となる以前の時代の記述に於ける訳語。 現在の海上自衛隊尉官(1等海尉、2等海尉、3等海尉、准海尉)の階級の総称。 本項では1について記述する。2については「士官」、「尉官」を参照。

尉詡

尉景興(? - 504年、後嗣。贈兗州刺史。男子がなく、弟の尉景儁が後を嗣いだ) 尉景儁(兄の死後、爵位を嗣いだ。員外散騎常侍。延昌年間、国吏の死について罪に問われて杖刑を受け、深沢県開国公に降封された) 『魏書』巻50 列伝第38 『北史』巻25 列伝第13