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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

川浚冥加金

上荷船船床銀64貫200匁、その内2貫目は船床銀の徴収料になるから62貫200目。以上の合計197貫396匁8分が1年間の費用であった。 船床銀とは1698年(元禄11年)堀江新地発展のために上荷船500艘を許したことに対する冥加金であり、十川築地代銀とは1767年(明和4年)中之島上

คำที่เกี่ยวข้อง

冥加

(1)〔仏〕 知らぬうちに受ける神仏の援助・保護。 冥利。 「~人にすぐれて/今昔 17」 (2)非常に好運である・こと(さま)。 「嬢様別してのお情ぢやわ, 生命(イノチ)~な, お若いの/高野聖(鏡花)」 (3)〔神仏の恩恵に対するお礼の意から〕 お礼。 報恩。 「薬代を~のためにつかはしたし/浮世草子・永代蔵 6」 (4)「冥加金」の略。 (5)違約や悪事をしたら神仏の加護が尽きても仕方ないという意で用いる自誓の言葉。 「あの君七代まで太夫~あれ/浮世草子・一代男 7」 <i>~に余・る</i> ありがた過ぎてもったいないほどである。 「~・つて嬉しいと思ひますが/真景累ヶ淵(円朝)」 <i>~に尽・きる</i> (1)「冥加に余る」に同じ。 (2)神仏に見放される。 「終には~・きはてて子孫跡なくなりゆく/読本・弓張月(後)」 <i>~も無・い</i> (1)神仏に見放されている。 不運である。 「~・イヒト/日葡」 (2)身に余る幸運に浴する。 もったいない。 「竹は悦び, ああ~・い有難い/浄瑠璃・夕霧阿波鳴渡(中)」

命冥加

〔神仏の加護で命が助かること〕 幸運にも, 危うい命が助かること。 「~な男だ」

冥冥

暗いさま。 「~として人もなく/平家2」

冥冥

※一※ (ト|タル) (1)暗いさま。 暗くて見分けがつかないさま。 「~として咫尺(シセキ)も分らぬ昏闇(クラヤミ)/薄命のすず子(お室)」 (2)奥深く遠いさま。 「黄泉~として往きて返るなし/ひとりね」 ※二※ (形動) {※一※}に同じ。 「効能は~なるが如きも実は甚だ顕著/日本風景論(重昂)」 <i>~の裡(ウチ)</i> 物事が, はっきりと形をとって表れないうち。 知らず知らずの間。 暗暗裏。 冥冥裏。 「自分でも此弱点を~に感じてゐたのである/それから(漱石)」

浚う

※一※ (動ワ五[ハ四]) (1)川・井戸などの底にたまった泥などを取り除く。 さらえる。 「どぶを~・う」 (2)すっかり取り除く。 さらえる。 「鍋の中を~・う」 ‖可能‖ さらえる ※二※ (動ハ下二) ⇒ さらえる

浚渫

港湾・河川などの水深を深くするため, 水底をさらって土砂などを取り除くこと。 「運河を~する」「~船」

許浚

許 浚(きょ しゅん、ホ・ジュン、허준、1539年 - 1615年)は、李氏朝鮮時代の医者。『東医宝鑑』の著者として知られる。字は清源、号は亀巌。本貫は陽川許氏。 父の許碖(ホ・ロン、허론)と母の霊光金氏のあいだに庶子として生まれた。出生地は諸説あって定かではない。父と祖父の許琨(ホ・ゴン、허곤)

魏浚

、劉曜は兵を分けて河北で迎え撃ち、伏兵をもって劉演・郭黙の軍を撃破すると、その騎兵は尽く捕らえられた。魏浚は夜闇に乗じて逃亡を図ったが、劉曜に捕らえられて殺害された。 朝廷より、平西将軍の位を追贈された。族子の魏該が魏浚の勢力を引き継いだ。 『晋書』巻63 列伝第33 『資治通鑑』巻88 , 巻89

李浚

李 浚(이준、1441年1月20日 - 1479年1月28日)は、李氏朝鮮前期の王族である。 本貫は全州、字は子淸、号は子濬、諡号は忠懋。君号は亀城大君。 亀城君は世宗の第四王子臨瀛大君の二人目の息子として生まれる。 幼い頃は祖父世宗に、総愛を受け、20代の年齢で議政府の領議政を過ごした。

浚県

浚県(しゅん-けん)は、中華人民共和国河南省鶴壁市に位置する県。黄河故道(旧流路)の北岸に位置する。古代には黎陽(れいよう)と呼ばれた古都で、三国時代には官渡の戦いの舞台となった。1994年に国家歴史文化名城に指定されている。 浚県の県内は河川が多く、土地は肥沃で、地形は平野が主である。県の中心と

王浚

王 浚(おう しゅん、嘉平4年(252年) - 建興2年3月4日(314年4月4日))は、中国西晋末から五胡十六国時代の将軍・政治家。字は彭祖。并州太原郡晋陽県(現在の山西省太原市晋源区)の人。父は西晋の驃騎将軍王沈。母は趙氏。妻は崔毖 の姉妹。また、華芳(華歆の子の華炳の孫娘で、華衍の娘)を妻と

張浚

国公に封じられたが、上疏して金への和平に傾く国策について痛論し、秦檜から怒りを買った。これにより左遷され、提挙江州太平興国宮となる。紹興25年(1155年)、秦檜が亡くなると観文殿学士・洪州通判に復帰したが、秦檜の執権期に武備が衰えたことを論じて辞職させられた。

高浚

か」と高洋の側近たちを責めると、高洋は高浚のことを嫌うようになった。 高浚は狩猟を好み、聡明で情け深かったため、北斉の人々はかれを畏れ敬った。 文宣帝の末年、帝が酒におぼれた生活を送っていたので、高浚が「次兄はむかしから我慢をしない人であったが、即位後はますますひどくなっ

浚渫船

ドラグサクション浚渫船 ポンプ(サクション)浚渫船 カッターレス ポンプ(サクション)浚渫船 マイクロポンプ浚渫船 バケット浚渫船 ディッパー浚渫船 バックホウ浚渫船 グラブ浚渫船 軟泥浚渫船 ドラグサクション式 ポンプ(サクション)式 バケット式 ディッパー式 バックホウ式 グラブ式 ^ a

宋浚吉

宋 浚吉(そう しゅんきつ、ソン・ジュンギル、朝鮮語:송준길、1606年12月28日-1672年12月2日)は、李氏朝鮮の文臣、政治家、性理学者、哲学者。第1次礼訟論争における西人の穏健派人の1人である。宋時烈と西人党の理論家であり礼学の大家の1人だった。金長生・金集の門人。本貫は恩津宋

高源浚

高 源浚(コ・ウォンジュン、ハングル:고원준、1990年6月23日 - )は、韓国出身の元プロ野球選手(投手)。 ロッテ・ジャイアンツ時代のチームメイトだった姜珉鎬以来韓国プロ野球史上3人目の済州特別自治道出身者。 2009年の高校卒業後、ネクセン・ヒーローズに入団。2年目の2010年に一軍初登板を

安成浚

安 成浚(アン・ソンジュン、朝鮮語: 안성준、1991年9月16日 - )は、韓国の囲碁棋士。京畿道平澤市出身、韓国棋院所属、九段。物価情報杯プロ棋戦優勝、Mlily夢百合杯世界囲碁オープン戦ベスト4など。兄は安亨浚五段。 陽川道場出身。2008年入段。2009年韓国囲碁リーグ出場、名人戦リーグ入り。2010年二段。2011年三段。

冥色

夕方の気配。 暮色。

冥土

〔仏〕 死者の霊魂が行く暗黒の世界。 冥界。 よみじ。 <i>~にも知る人</i> どこにでも知り合いはいるということのたとえ。 地獄にも知る人。 <i>~の土産(ミヤゲ)にする</i> 死んであの世へ持って行くための楽しい思い出にする。