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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

得能通綱

し幕府方の勢力を破っている。また、村上義弘や忽那義範と共に水軍を指揮して幕府の糧道を封鎖する等、倒幕へ貢献した。 建武政権では、従五位下に叙爵され、備後守に任官。南北朝の争乱が起こると、通綱は通増と共に南朝側に加わり新田義貞に属し

คำที่เกี่ยวข้อง

得能正通

卯の年生まれの因縁で、日本人の食生活にたんぱく源としての兎肉の摂取を奨励した。1888年(明治21年)に大阪に赴いた際、「大阪兎会社にいたり養兎の業を見る」という記述が年譜上は養兎業との最初の接点である。翌年12月には再び同社を訪問し、役員と会見して養兎事業を研究している。1890年(明治23年)1月には本格的に養兎

得能律郎

得能 律郎(とくのう りつろう、1959年8月10日 - )は、日本のミュージシャン。米米CLUBのメンバー(ギター、キーボード)。日本芸術専門学校特別講師。東京都出身。血液型はO型。 米米CLUBメンバーとしての活動は「ジョプリン得能」名義で行っている。 1982年、文化学院生時代に自らも在籍し

得能佳吉

台湾総督府警視兼同府警察官及び司獄官練習所長、拓殖局書記官、内務書記官、北海道庁書記官・内務部長などを歴任。 1925年9月、岩手県知事に就任。公平無私な県政運営を行う。和賀妻堰・中央耕地の整備、公会堂建築、農学校移転などに尽力。1928年1月10日、農学校の敷地問題で知事を休職となる。同年1月31日に退官した。

得居通幸

得居 通幸(とくい みちゆき)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。伊予国の海賊衆。村上通康の子、来島通総の兄。 別名の通年(みちとし)がよく知られており、通称も太郎左衛門とされている。また伊予国の史料、後世資料の『予陽河野家譜』『河野分限録』などでは、得居半右衛門尉通久として名を通久(みちひさ)とするものがしばしばある。

得能正太郎

謎解キ卍屋-魔術師と闇の民俗学(2009年、著:久遠馨、幻狼ファンタジアノベルス) グリモア -俺の脳内彼女日記-(2010年、著:卑影ムラサキ、幻狼ファンタジアノベルス) それがどうしたっ(2010年 - 2011年、著:赤井紅介、スーパーダッシュ文庫) 乱☆恋 婚約者は16人!

得能関四郎

の三元老」と称された。 1908年(明治41年)7月17日早朝、自宅の寝室で血まみれになって死亡しているのを発見される。検視の結果、短刀で喉を掻き切ったあと、刃に付いた血を指で拭い、鞘に納めてから絶命したと判明した。遺書はなかったが、この年の3月頃から卒中を患っていたため、病気を苦にしての

正木通綱

里見義通から一字拝領を受けて通綱と名乗り、その弟である里見実堯の配下の将として上総国へと侵攻している。永正5年(1508年)に造営された安房国鶴谷八幡宮の棟札には「副帥(関東の副将軍=古河公方の補佐役)源(里見) 義通」に続いて「国衙奉行平(正木) 通綱」の署名が記されている。その後も義通の後を継いだ里見義豊の命を受け

得得

得意そうなさま。 「~と話す」「~として自慢する」

戒能通孝

その日その月』一粒社、1957年4月。  『法律 その日その月 2(1958-1961)』一粒社、1962年9月。  『法律 その日その月 3(1962-1964)』一粒社、1965年6月。  『法律 その日その月 4(1965-1967)』一粒社、1968年6月。  『法律パズル 日常生活の法律問答』日本評論社、1962年12月。 

得得屋

得得屋(とくとくや)とは島根県出雲市斐川町神氷にある株式会社イーシーアイが展開している100円ショップ。東京都、兵庫県、島根県、鳥取県、広島県、山口県、長崎県などの国内や、海外にはシンガポール、ベトナム、ミャンマー、タイ王国、カンボジアにも店舗を展開している。 [脚注の使い方] ^ a b c 『企業年鑑』2015年、464頁。 

普通海綿綱

単骨海綿目 Haplosclerida(海洋種) 残りの普通海綿: 棘輪海綿目 Agelasida、有星海綿目 Astrophorida、硬海綿目 Hadromerida、磯海綿目 Halichondrida、多骨海綿目 Poecilosclerida、螺旋海綿目 Spirophorida、単骨海綿目(淡水種)

蜂須賀綱通

綱通は、寛文12年(1672年)に徳島城の防御と物資輸送の便のために旧吉野川と別宮川(現吉野川)をつなぐ水路を開削して、現在の吉野川や吉野川第十堰のもとになったことで知られている。 延宝5年(1677年)、若狭小浜藩主酒井忠直の下から堀田正信を預かった。 堀田は佐倉藩第2代藩主であったが、所領没収・配流の身。

得

(1)下一段活用の動詞「える(得)」の文語形。 (2)(「…する(こと)をう」の形で)…することができる, …することが許されるという意を表す。 文語調のごくかたい表現として用いられる。 「改悛の情あるときは…出獄を許すことを〈う〉」「許可なき者は入室するを〈え〉ず」 → える(得) → うる(得)

得

〔動詞「う(得)」の連用形から〕 (1)下に否定の表現を伴って, 不可能の意を表す。 …できない。 全く…しない。 「帝, はた, まして~忍びあへ給はず/源氏(桐壺)」 (2)下に肯定の表現を伴って可能の意を表す。 できる。 「其の暴浪(アラナミ)自(オノズカ)らなぎて, 御船~進みき/古事記(中訓)」

得

※一※ (名) (1)利益を得ること。 もうけること。 また, その利益。 もうけ。 ⇔ 損 「損して~とれ」「何の~にもならない」 (2)手に入れること。 得ること。 ⇔ 失 「自他のために失多く~少なし/徒然 164」 (3)〔仏〕 真宗で, 浄土に往生し, 涅槃に入ること。 ※二※ (形動) 有利である・こと(さま)。 ⇔ 損 「そっちを買うほうが~だ」「百円お~な商品です」「憎めない~な性格」 <i>~を取るより名を取れ</i> 利益を得ることよりも, 名誉を重んじよ。

綱

(1)植物の繊維, または針金などを長く撚(ヨ)り合わせたもの。 物をつなぎとめるのに用いる。 索。 ロープ。 「~を引く」 (2)よりすがって頼みとするもの。 「命の~」「頼みの~も切れた」 (3)相撲で, 横綱の力士が巻く太い注連縄(シメナワ)。 横綱。 「~を締める」 <i>~を張・る</i> 横綱になる。 横綱をつとめる。

綱

生物分類上の一段階。 門の下位, 目の上位に位置する。 脊椎動物門の哺乳綱・鳥綱・爬虫綱など。 → 亜綱

得宗

宗家という呼び方もある。また、後述のように義時の系統は最初から北条氏の嫡流であったわけではなく、元々は庶流の江間氏(家・流)であったとみるのが近年の見方である。 史料においては北条氏嫡流の当主を「得宗」と指した例は少なく、行政用語であったとも考えられている。 元々、北条宗家

見得

〔動詞「見える」の連用形から。 「見栄」「見得」は当て字〕 (1)見た目。 外見。 みば。 みかけ。 体裁。 「~を飾る」 (2)人の目を気にして, うわべ・外見を実際よりよく見せようとする態度。 《見栄》「~でピアノを買う」「~坊」 (3)歌舞伎の演技・演出の一。 劇的感情が高まったとき, 俳優が, 一時その動きを静止してにらむようにポーズをとること。 《見得》 <i>~も外聞(ガイブン)も無い</i> (あることに夢中になって)人の目などを気にかける余裕がない。 <i>~を切・る</i> (1)おおげさな言葉や態度で, 他人に自信のほどを示す。 (2)歌舞伎で, 役者が見得のポーズをとる。 <i>~を張・る</i> 自分をよく見せようとして外見を飾る。 「~・ってぜいたくな生活をする」