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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

御津

[みつ]
(1)難波の港。 古く, 官船の出入りがあったことから尊んでいう。
「~の浜松待ち恋ひぬらむ/万葉 63」
(2)現在の大津市下阪本, 比叡山東麓の琵琶湖岸にあった坂本の津のこと。 ((歌枕))「もろ人の願ひを~の浜風に/新古今(神祇)」

คำที่เกี่ยวข้อง

御津郡

- 牧石村、御野村、伊島村、石井村、大野村、鹿田村、今村、芳田村、福浜村(現・岡山市) 旧・津高郡(22村) - 白石村、一宮村、馬屋下村、平津村、横井村、野谷村、馬屋上村、牧山村、宇垣村、金川村、上建部村、建部村、宇甘西村、宇甘東村(現・岡山市)、加茂村、福山村、長田村、上田村、富津村、豊岡村、

御津山脈

御津山脈(みつさんみゃく)は、兵庫県たつの市御津町 - 相生市鰯浜間を走る山脈。最高峰は雄鷹台山の310mである。 瀬戸内海に面しており、瀬戸内海国立公園の一部を成す。家島諸島と素晴しい景観を生んでいるとされている。入り組んだ麓には石見、室津、鰯浜などの漁港があり、それらを縫うように走る国道250号は七曲りと言われる。

島津御南

天正9年9月3日(1581年9月30日))は、戦国時代の女性。島津忠良の長女。 母は島津重久の娘・寛庭夫人。肝付兼続の正室。子には肝付良兼、禰寝重長室、肝付刑部少輔室、頴娃兼有室がいる。 ^ https://www.city.kanoya.lg.jp/documents/6937/33-8airatyousijyoukann2-4-1

御津闇慈

『GGX』~『#RELOAD』では飛び道具系必殺技「疾」を利用したガード不能の起き攻めが強力なものの、立ち回りが弱く苦戦を強いられていたが、『SLASH』になり各種通常技・必殺技に上方修正が加えられ上位キャラクターになる。 長所はガードポイントによる切り替えし能力と前記の「疾

島津御平

義虎の長男の忠辰は御平の子とする説と入来院氏娘を母とする説とがある。また忠辰の生年にも天文22年(1553年)と永禄9年(1566年)との2つの説がある。生年が天文22年の場合ならば御平はこの時まだ3歳なので御平の子ではない。しかし生年が永禄9年の場合は御平の子である可能性もある。 ^ 晩年に住んだ上井の平

杏子御津

桜ひとひら恋もよう(成本 桜花) 幕末尽忠報国烈士伝 -MIBURO-(尾形 俊太郎) BALDR BRINGER(アンネ) 美少女万華鏡-罪と罰の少女-(覡 夕摩) 2018年 真・恋姫†夢想-革命- 孫呉の血脈(陳登) BALDR BRINGER EXTEND CODE(アンネ) BALDR ACE(白夜のコユキ)

禰津御寮人

この項目に含まれる文字「禰󠄀」は、オペレーティングシステムやブラウザなどの環境により表示が異なります。 禰󠄀津御寮人(ねづごりょうにん、大永7年(1527年)? - ?)は、戦国時代の女性。甲斐武田氏の当主武田晴信(信玄)の側室。信濃国小県郡(現長野県東御市祢津)の国衆である禰󠄀津元直の娘。出子に武田信清がいる。

沼津御用邸

沼津御用邸(ぬまづごようてい)は、明治期から昭和中期まで利用されていた御用邸。1893年(明治26年)7月、大正天皇(当時は皇太子)の静養のため 、静岡県駿東郡静浦村(現・沼津市)の島郷御料林内に造営された。1969年(昭和44年)12月に廃止され、翌年7月に沼津御用邸記念公園が開設され、現在に至っている。 敷地面積は104

御御

〔「御御前(オゴゼ)」の転とも〕 妻または娘をいう語。 おご。 「こなたへ遣はしました~が/狂言・岡太夫(鷺流)」

御御

「おごう(御御)」に同じ。 「これの~はことし二十にこそならるれ/咄本・醒睡笑」

御御

〔接頭語「お」「み」を重ねたもの〕 尊敬の意を表す。 「~足」「~くじ」

国津御祖神社

国津御祖神社(くにつみおやじんじゃ)は、伊勢神宮皇大神宮(内宮)の摂社。本項目では、国津御祖神社と同座する、内宮末社の葦立弖神社(あしだてじんじゃ)についても記述する。 2社とも倭姫命の定めた神社である。 三重県伊勢市楠部町字尾崎2132、五十鈴橋のそばに鎮座する大土御祖神社・宇治乃奴鬼神社の参道を奥へ進んだところに鎮座する。

御津町 (愛知県)

入り乱り 衣にほはせ 旅のしるしに」や、高市連黒人(たけちのむらじくろひと)の歌「何処にか 船泊(ふねは)てすらむ 安礼の崎 漕ぎ廻(た)み行きし 棚無し小舟」がみえる。これらによると、持統天皇は船に乗って引馬野(ひくまの)、安礼の崎(あれのざき)に上陸したと読み取れる。

御津村 (島根県)

1949年(昭和24年)- 御津漁業組合設立 1956年(昭和31年)3月3日 - 八束郡恵曇町、講武村、御津村、佐太村と合併し鹿島町を新設して廃止された。 「佐太大神が加賀潜戸で誕生され、のちに御津の浜に舟でお着きになった」との故事による。 農業 漁業 御津恵曇港線(現島根県道37号松江鹿島美保関線)

津津

あふれ出て尽きないさま。 「興味~たるものがある」「~として興味の尽きぬものである/肖像画(四迷)」

御

〔「おおみ(大御)」が「おおむ(おおん)」「おん」を経て「お」と転じてできた語〕 (1)名詞に付く。 (ア)相手や第三者に対する敬意とともに, 相手のもの, 相手に関するものであることを表す。 「あの方の~帽子」「~子様」(イ)丁寧の意を表す。 上品に表現しようとする気持ちをこめても用いる。 「~茶」「~しるこ」「~値段」 (2)(「阿」「於」とも書く)女性の名前に付けて, 親愛感を添える。 「~菊」「~富さん」 (3)動詞の連用形・名詞に付く。 (ア)「なさる」「になる」「遊ばす」「くださる」「いただく」「だ」などの語を伴い, その動作の主に対する敬意を表す。 「~いでなさる」「~世話になる」「~読みあそばす」「~書きくださる」「~越しいただく」「社長が~呼びだ」(イ)和らげた命令表現をつくる。 目上には使わない。 「~黙り」「そう~し」「早く~はいり」(ウ)「する」「いたす」などの語を伴って, 自分の側の動作について, 動作の及ぶ相手に対する敬意を表す。 「かばんを~持ちいたしましょう」「御注文の品を~届けに上がりました」「先生を~呼びする」 (4)形容詞・形容動詞に付く。 (ア)丁寧・上品に表現する。 「~暑うございます」(イ)相手や第三者に対する敬意を表す。 「さぞ~さびしいことでしたでしょう」「~きれいでいらっしゃる」 (5)(ア)(尊敬の表現を裏返しにして)皮肉やからかいの気持ちを表す。 「~高くとまっている」「とんだ~荷物をかかえこんだ」「~えら方」(イ)謙遜・卑下の気持ちを表す。 「~恥ずかしゅうございます」「~粗末でした」 → ご(御)

御

⇒ おおん(御)

御

〔「おおみ(大御)」の転。 「おほむ」とも表記〕 (1)神・天皇に関する語に付いて, 高い敬意を表す。 「~ぶく(大御服)」「~とき(御時)」 (2)下にくる名詞が省かれて単独で名詞のように用いられることがある。 「これもうちの~(=「御歌」ノ略)/大和 52」「対の上の~(=「御香」ノ略)は三種ある中に/源氏(梅枝)」 〔「おおん」「おん」は多く「御」と漢字で書かれ, 「おおん」か「おん」かその読み方が決定しがたい。 しかし, 中古の例は「おおん」と読むべきものといわれる〕

御

〔「おおん」の転〕 (1)名詞に(古くは, まれに用言にも)付いて, 尊敬の意を添える。 「お」よりあらたまった感じがある。 「~身」「~礼」「~みずから」「日比も~恋しく思ひ奉りつれど/発心 3」 (2)中古には, 下にくる名詞を略して単独で名詞のように用いることがある。 「ふみなど講ずるにも, 源氏の君の御(=「御詩」ノ略)をば, 講師もえ読みやらず/源氏(花宴)」 〔(2)は「御」と漢字で表記され, 「おん」と読まれることもあるが, 中古のこのような例は「おおん」と読むべきであるといわれる〕