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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

恵蘇郡

本郷村、高茂村、水越村、金田村、常定村、竹地谷村、大月村、向泉村、永田村、宮内村、湯木村、比和村、森脇村、古頃村、木屋原村、元常谷、三河内村、新市村、和南原村、高暮村、上里原村、下門田村、中門田村、奥門田村、南村、上湯川村、下湯川村、岡大内村 明治4年7月14日(1871年8月29日) - 廃藩置県により広島県の管轄となる。

คำที่เกี่ยวข้อง

阿蘇郡

高森町(たかもりまち) 西原村(にしはらむら) 南阿蘇村(みなみあそむら) 1879年(明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。 阿蘇市・南小国町・小国町・産山村・高森町の全域 西原村の大部分(河原を除く) 南阿蘇村の大部分(立野を除く) 菊池郡大津町の一部(岩坂・錦野・外牧)

安蘇郡

安蘇郡(あそぐん)は、栃木県(下野国)にあった郡。 1878年(明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、現在の行政区画では概ね以下の区域に相当する。 佐野市の大部分(村上町、上羽田町、下羽田町、高橋町を除く) 日光市の一部(足尾町各町) 群馬県桐生市の一部(梅田町の一部) 上記の

恵那郡

飯妻(飯沼)村459石8斗8升 東野村1,225石3斗9升 中野村531石4斗5合 永田村257石8斗9升 久須見村1,057石6升 竹折村304石5斗 藤村962石5斗5升 野井村492石9斗7升 佐々羅木(佐々良木)村641石9斗4升 椋実村52石7斗2升 上村649石5斗5升4合 下村226石9斗4升 漆原村114石4升

恵須取郡

樺太庁 > 恵須取支庁 > 恵須取郡 恵須取郡(えすとるぐん)は、日本の領有下において樺太に存在した郡。 以下の3町1村を含んだ。 珍内町 鵜城村 恵須取町 塔路町 当該地域の領有権に関しては樺太の項目を参照。 1942年(昭和17年)11月 - 下記の区域をもって発足。恵須取支庁が管轄。(3町1村)

蘇

牛や羊の乳を煮つめたもの。 「延喜式」では十分の一に煮つめるものとされた。

丹陽郡 (江蘇省)

丹陽郡(たんよう-ぐん)は、中国にかつて存在した郡。丹楊郡とも書かれる。漢代から唐代にかけて、現在の江蘇省の長江以南に設置された。 秦のとき、故鄣郡が立てられた。 紀元前109年(元封2年)、故鄣郡は丹陽郡と改称された。前漢の丹陽郡は揚州に属し、宛陵・於潜・江乗・春穀・秣陵・故鄣・句容・涇・丹陽

淮陽郡 (江蘇省)

467年(皇興元年)、北魏が淮陽郡を奪った。淮陽郡は南徐州に属した。 505年(天監6年)、南朝梁が淮陽郡を奪った。淮陽郡は東徐州に属した。 549年(武定7年)、侯景の乱の混乱に乗じて、東魏が淮陽郡を奪った。東魏の淮陽郡は東楚州に属し、甬城・綏化・招義・淮陽の4県を管轄した。 北周のとき、淮陽郡は泗州に属した。

蘇峻

逸。子は蘇碩。西晋末期の動乱による流民を糾合して豪族として台頭し、東晋の建国と共に官位を得て軍功を挙げた。しかし後に東晋朝廷からの警戒が強まると朝廷への反乱を起こし(蘇峻の乱)、首都建康を陥落させるまでに至ったが、その後の会戦にて優勢に驕って少数の兵で敵陣へと攻め込んだ結果、落馬して戦死した。

蘇す

生きかえる。 よみがえる。 「其の~・するは霊魂の返るなり/日本開化小史(卯吉)」

蘇鉄

ソテツ科の常緑低木。 暖地の海岸付近に自生し, また観賞用に栽植される。 幹は太く, 単立し, 高さ約3メートル。 葉は大形の羽状複葉で, 頂に群生する。 雌雄異株。 雄花は夏, 幹頂につき, 円柱形で鱗片が螺旋(ラセン)状につく。 また, 雌花は多数重なってつく。 種子は球形で朱色に熟す。 種子と髄に含まれるデンプンは有毒だが, よく晒(サラ)せば食用ともなる。 池野成一郎によって精子が発見された。 〔「蘇鉄の花」は ﹝季﹞夏〕

蘇轍

(1039-1112) 中国, 北宋の文人。 字(アザナ)は子由, 号は潁浜(エイヒン)・欒城(ランジヨウ)。 蘇洵(ソジユン)の次男で, 蘇軾(ソシヨク)の弟。 兄とともに旧法党に属し, 王安石らの新法党と対立した。 父や兄とともに唐宋八大家の一人に数えられる。 文集「欒城集」

耶蘇

(1)イエス-キリスト。 (2)転じて, キリスト教。 また, キリスト教徒。 「~者曰く, 天は円なり, 地もまた円なり/排耶蘇」 〔イエスの中国音訳「耶蘇」の音読み。 イエズス会士らによる漢文布教書の流入により, 教会外で用いられ始めた〕

蘇張

(1)中国, 戦国時代の縦横(ジユウオウ)家, 蘇秦と張儀の併称。 (2)転じて, 弁論のすぐれた人。

紫蘇

⇒ しそ(紫蘇)

紫蘇

シソ科の一年草。 中国原産。 高さ50センチメートル内外。 葉は広卵形。 夏から秋に, 花穂に淡紅色の小花を密につけ, 小果を結ぶ。 葉・実は香りがよく食用にし, 赤紫蘇の葉は漬物の着色に使う。 青紫蘇・赤紫蘇・縮緬(チリメン)紫蘇などの品種がある。 ちそ。 ﹝季﹞夏。 〔「紫蘇の実」は ﹝季﹞秋〕

蘇生

(1)呼吸の止まっていた人が息を吹き返すこと。 気を失っていた人が, 意識を取り戻すこと。 生き返ること。 よみがえること。 「人工呼吸で~する」 (2)活気を失っていたものが, 生き返ったように活気を取り戻すこと。 「雨が降って草花が~する」「活力を失った組織を~させる」

阿蘇

阿蘇(あそ) 阿蘇山 - 熊本県北東部にある活火山。 阿蘇市 - 北東部の市。 阿蘇駅 - 同市にある九州旅客鉄道(JR九州)豊肥本線の駅。 阿蘇町 - かつて阿蘇郡に属していた町。合併により阿蘇市の一部となった。 阿蘇郡 - 北東部の郡。 阿蘇国 - 火国にあった国造国。 阿蘇村 - かつて印旛郡にあった村。現在は八千代市の一部。

蘇則

かった。そこで蘇則は、郡の高官や郝昭らと会見し「賊は今でこそ意気盛んだが、その結束は脆く、隙を突けば善人が我らに味方し奴らは損害を受ける。それらを率いて攻撃すれば賊を間違いなく破れる。もし大軍の到着を待てば、その間に善人と悪人が結びつき、容易に切り離せなくなる。詔勅による命令に背いてでも、機に適った方策で専断してもよかろう」と言った。

蘇武

軾「答劉沔書」は、蘇武の詩にある「俯観江・漢流」の語が長安で書かれた詩にふさわしくないとして、後世の作品だと断じている。洪邁『容斎随筆』は李陵の詩の中に恵帝の諱である「盈」の字が出てくることから、武帝の時代の作品ではありえないとしている。   蘇武伝 蘇武小伝 蘇武と李陵の詩 蘇武-中国漢朝の忠臣