Logo
หน้าแรก
บทเรียน
สมุดบันทึก
พจนานุกรม
JLPT ข้อสอบฝึกหัด
วิดีโอ
อัปเกรด
ข้อเสนอแนะ
Logo
หน้าแรก
บทเรียน
สมุดบันทึก
พจนานุกรม
JLPT ข้อสอบฝึกหัด
วิดีโอ
อัปเกรด
ข้อเสนอแนะ
Todaii Japanese
Switch language – current: th
Logo Japanese
[email protected]
(+84) 865 924 966
315 Truong Chinh, Ha Noi
www.todaiinews.com
DMCA.com Protection Status

เกี่ยวกับ Todaii Japanese

เรื่องราวแบรนด์คำถามที่พบบ่อยคู่มือผู้ใช้ข้อกำหนดและนโยบายข้อมูลการคืนเงิน

โซเชียลเนตเวิร์ค

Logo facebookLogo instagram

เวอร์ชันแอป

AppstoreGoogle play

แอปอื่น

Todaii German
Todaii English
Todaii Chinese
Todaii Korean
DMCA.com Protection Status

ลิขสิทธิ์เป็นของบริษัท eUp Technology JSC

Copyright@2026

พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

慶長地震

顕著な震害としては『淡路草』に淡路島安坂村の先山千光寺の諸堂が倒壊、仏像が飛散した記録がある。 三原郡加茂郷、先山千光寺、慶長九年天下大地震の時、諸堂倒る、其時仏像堂前に飛出すといふ、 しかし、本地震における淡路島周辺の地震動による被害記録が乏しく、後世に記された地誌に過ぎない『淡路草』の記録は年号の誤記と考えられ、先山

คำที่เกี่ยวข้อง

慶長大地震

本邦大地震概説 震災豫防調査會報告 1913年 68巻 2号 p.1-180, NAID 110006605117 ^ 今村明恒, 1929, 慶長元年閏七月の豊後大地震史料(序説, 同地震に関する史料, 大分市史, 速見郡史, 佐賀関史, 雉城雑誌), 地震, 1, 1, 289-299. ^ 松崎伸一・日名子健二・平井義人

慶長豊後地震

閏7月9日と閏7月12日の両日(複数日)で発生したという主張もある。 閏7月9日説 大森房吉は本地震の発生を慶長元年閏7月9日(1596年9月1日)とし、田山実(1904)による『大日本地震史料』上巻では「慶長元年閏七月

慶長伏見地震

方広寺初代大仏(京の大仏)の被害は以下の通りである。醍醐寺座主の義演が著した『義演准后日記』によると、大仏の胸が崩れ、左手が落ち(日記の原文は「左御手崩落」で、拝観者から見て左の手、すなわち大仏の右手が落ちたとする解釈もある)、全身に所々ひび割れが入ったという。ただし大仏の光背は無傷で残ったという。大仏の造

慶長伊予地震

薩摩で大地震。 『言経卿記』や『孝亮宿禰日次記』には閏七月九日亥刻に地震があったと記され、京都でも有感であったとされる。しかし『由原宮年代略記』や『大般若波羅蜜多経奥書』など豊後の地震を閏7月9日とする史料も存在し、かつては伊予被害記録も豊後地震の一部とされていた。文禄

慶長三陸地震

宮城県気仙沼市の大谷海岸において、過去6000年間の地層から貞観地震の津波堆積物を含む6枚の津波堆積層が発見され、その最上層は慶長三陸津波によるものと推定されている。さらに北海道十勝地方沿岸において17世紀前半と見られる津波堆積物が見出されており、三陸沿岸における甚大な津波被害はこの慶長三陸津波し

長野地震

昭和14年-昭和16年』p558 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年 ^ 齋田時太郎、善光寺平に於ける民家構造の特異性と震害 東京帝国大学地震研究所彙報. 第19冊第4号, 1941.9.30, pp.661-670, hdl:2261/10546 ^ 災害教訓の継承に関する専門調査会報告書

長岡地震

 265-266  関原地震(1927年) 新潟県中越地震(2004年) 新潟県中越沖地震(2007年) 長岡教育放送 - 放送法にいう放送局ではないが被害・復旧情報を放送。 1961年 長岡地震 - NHK災害アーカイブス 鏡味洋史、「積雪期に発生した1961.2.2長岡地震に関する文献調査(災害)」 日本建築学会技術報告集

永長地震

『近衛家文書』には「而去嘉保年中大地震之時□□々空変海塵、経数十年、爰此七八ケ年、漸為陸地、令開作之間、件両嶋、鹿取・野代両庄住人、」とあって、本地震で木曽川下流域の鹿取・野代の地が「空変海塵」の状態となり、年月を経て陸地に戻った様子が記述される。木曾三川河口デルタの低地

慶長

年号(1596.10.27-1615.7.13)。 文禄の後, 元和の前。 後陽成・後水尾天皇の代。 きょうちょう。

長慶

長慶(ちょうけい)は、中国・唐代穆宗の治世で使用された元号。821年 - 824年。 プロジェクト 紀年法 元号一覧

地震

「ない(地震)」の転。 「~ガユル/日葡」

地震

〔「な」は土地, 「い」は居の意という〕 大地。 「よる」「ふる」を伴って用いられ, 地震の意を表す。 なえ。 「下動み, ~が揺り来ば破れむ柴垣/日本書紀(武烈)」

地震

地球内部の特定部分に蓄積されたひずみが, ある限界に達し, 一時に解放されて弾性波(地震波)を生ずる現象。 および, それによって起こる地表の揺れ。 <i>~雷(カミナリ)火事(カジ)親父(オヤジ)</i> 恐ろしいものを順にあげた語。

長周期地震動

現在の気象庁では防災の観点から周期が1.6 - 7.8秒の長周期地震動を観測対象としている。 長周期地震動の原因は主に2つ考えられている。 地震の規模が巨大になるにつれて、震源域から放出される短周期の波の振幅増大が頭打ちとなる一方で長周期の波の振幅は増大し続けるため 地震波が堆積盆地の中で変質するため

長慶子

太食調で、早四拍子の小曲である。源博雅が作曲したと伝えられている。この曲自体は管絃だけで舞はない。行事が終わり参加者が退出する退出音声の一つとして奏された。現代でも舞楽会の最後に奏するため、鑑賞機会の多い曲である。舞がなくても舞楽吹として奏する。 この曲は雅楽としては非常に速いテンポとなっている。 ^ a b c d e f

パキスタン地震

パキスタン地震(パキスタンじしん) パキスタン地震 (1935年) - 1935年5月30日に発生したM7.5の地震 パキスタン地震 (1945年) - 1945年11月27日に発生したM8.0の地震 パキスタン地震 (1974年) - 1974年12月28日に発生したM6.2の地震 パキスタン地震

大地震

大規模な地震。 → だいじしん

大地震

大きな地震。 マグニチュード七以上の地震をさす。 → 巨大地震

ラクイラ地震

ラクイラ地震 (terremoto dell'Aquila) は、2009年1月から4月にかけてイタリア アブルッツォ州 ラクイラ県のラクイラ付近で発生した群発地震、およびその終盤の4月6日3時32分(中央ヨーロッパ夏時間、JST-7)に発生したマグニチュード6.3の地震