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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

折衷

[せっちゅう]
二つ以上の考え方や事物から, それぞれのよいところをとって一つに合わせること。
「両案を~する」「和洋~の家」

คำที่เกี่ยวข้อง

折衷様

豪放な大仏様、伝統的な和様、宋からの禅宗様(唐様)の組み合わせである。鶴林寺 (加古川市)には、大仏様の貫や挿肘木、そして禅宗様の詰組などの要素が加わり折衷様ならではの造りが見られる。 また、和様をベースに大仏様のみの特徴を加えた造りは「新和式」と呼ばれ折衷様と区別されることもある。

折衷主義

(1)〔哲〕 〔eclecticism〕 相異なる哲学上・宗教上の見解のうちから正しいと思われるものを選び出して調和させようとする考え方。 古代哲学ではキケロ, 近世哲学ではウォルフ・クーザンなどにみられる。 (2)建築・家具などの様式で, 独自の様式を創造せずに過去の歴史的様式を模倣すること。 1830年代以後のフランスの建築・工芸などにみられる。 歴史主義。

和洋折衷

和洋折衷(わようせっちゅう)とは、日本風と西洋風(主にアメリカ合衆国、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア)の様式を共に取り入れること。江戸時代において幕末の朱子学者斎藤拙堂が唱えた。 料理では、和風と洋風の特徴の双方を程よく取り入れることをいい、代表例としては、和のあんこと洋のパンを取り入れたあん

折衷学派

折衷学派(せっちゅうがくは)とは、江戸中期の儒学の一派。古学・朱子学・陽明学など先行各派の諸説の長所のみをとるという折衷穏当な説を唱えた学者たちの総称。学派といっても朱子学派のように一定の学説に基づく流派ではなく「一人一学説」が特色。 古学派全盛の後、18世紀後半、当時高名の儒者10人のうち8、9

和洋折衷建築

和洋折衷建築(わようせっちゅうけんちく)とは、近代日本において建てられた和風建築と洋風建築の要素を意図的に折衷した建物。折衷主義建築に含まれる。 幕末の横浜にルーツを持つと言われ、明治維新後に日本各地で建築された。文明的とされた洋風建築の要素と伝統的なステータスの象徴であった和風建築の要素の双方を組み合わせたところに特徴がある。

和洋折衷結婚式

『和洋折衷結婚式』(わようせっちゅうけっこんしき)は、1908年(明治41年)製作・公開、吉沢商店製作・配給による日本のサイレント映画、喜劇映画である。監督・脚本等は不明、吉沢商店による日本初の撮影所で撮影された最初の劇映画である。 吉沢商店は、現在の日活の前身の一社で、同年1月20日には、東京府荏

苦衷

苦しく, つらい心のうち。 「彼の~は察するに余りある」

熱衷

熱情。 衷心よりのまごころ。 「わが~と論旨をめでて/小説神髄(逍遥)」

衷情

うそいつわりのない心。 まごころ。 誠意。 「悶々の~を訴へたく/羹(潤一郎)」

衷心

心の奥底。 まごころ。 「~から哀悼の意を表します」

微衷

自分の真心や本心をへりくだっていう語。 「~の程を賢察下され/自由太刀余波鋭鋒(逍遥)」

牧衷

を迎えた。1945年8月末、16歳の時に帰郷した。10月まで肋膜炎で中学校を半休状態だった。高校受験の為の英語の勉強を辞書と首っ引きで身につけた。 1947年4月、18歳で旧制東京高等学校乙類(現在の東京大学教養学部理科Ⅲ類にあたる)に入学。高校時代の3年間はほぼクラッシックのレコードを

折折

※一※ (名) その時その時。 機会がある時ごと。 「四季~の眺め」「~の歌」 ※二※ (副) (1)機会がある時ごとに。 ときどき。 「~見かける」 (2)次第に。 だんだん。 「よはひは歳々にたかく, 住み家は~にせばし/方丈記」

折折

たびたび。 しばしば。 また, 時々。 「恁(コ)うして~おいでなさる/婦系図(鏡花)」「~ノ御音信ヲクダサルル/日葡」 〔多く副詞的に用いる〕

片倉衷

片倉 衷(かたくら ただし、1898年(明治31年)5月18日 - 1991年(平成3年)7月23日)は、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は陸軍少将。戦後は大平商事会長。 仙台に片倉小太郎陸軍大佐の次男として生まれる。熊本中学校、熊本陸軍地方幼年学校、陸軍中央幼年学校を経て1917年(大正6年)1

江木衷

江木 衷(えぎ まこと/ちゅう、1858年10月25日(安政5年9月19日) - 1925年(大正14年)4月8日)は、日本の法学者。弁護士。 1858年 - 9月19日 岩国藩に生まれる 1884年 - 東京帝国大学法学部を卒業 1885年 - 英吉利法律学校(現在の中央大学)の創立に加わる 1886年

折

折(おり) 折箱または折箱に詰めた折詰 製本の折り丁 このページは曖昧さ回避のためのページです。一つの語句が複数の意味・職能を有する場合の水先案内のために、異なる用法を一覧にしてあります。お探しの用語に一番近い記事を選んで下さい。このページへリンクしているページを見つけたら、リンクを適切な項目に張り替えて下さい。

海老澤衷

海老澤 衷(えびさわ ただし、1948年10月3日 - )は、日本の歴史学者。専門は日本中世史(特に荘園史、東アジア水田開発史)。早稲田大学名誉教授。 1948年、東京都西多摩郡生まれ。1974年、早稲田大学第一文学部史学科日本史学専修卒業、1976年、早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了、19

折箱

折り曲げて製造することに由来する。しかし、現代では、ほとんどの折箱が紙や発泡スチロール製の製品に置き換わっている。一方で木の折箱は吸湿性や保湿性に優れ、カーボンニュートラルの観点でも再び注目されている。 折箱に食品を詰めたものを折詰(おりづめ)という。折箱自体または折箱に食品を詰めた折詰は「折