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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

本書

[ほんしょ]
(1)添付文書や付録に対して, 主となる文書。
(2)下書きや写しに対して, 正式の文書。
(3)この本。 この書物。
(4)〔仏〕
〔「ほんじょ」と読む〕
各宗派開宗の根本を述べた書物。 浄土宗の選択本願念仏集, 浄土真宗の教行信証, 日蓮宗の立正安国論など。 本典。 御書。 根本聖典。

คำที่เกี่ยวข้อง

日本書紀

こうした儒家の研究に対して、18世紀頃から隆盛を極めたのが、国学の流れを汲む研究である。例えば実証主義的な文献学的方法で後々の国学者に大きな影響を与えた契沖は、『厚顔抄』という記紀歌謡の注釈書を著しているが、全3巻のうち上・中が『日本書紀』で下が『古事記』という排列から、『日本書紀』を重んじる精神が見られる。また

山本書店

『原典新約時代史』(蛭沼寿雄、秀村欣二編、1976年) 『ヨセフス全集』(全16冊、フラウィウス・ヨセフス著、新見宏、秦剛平訳、1975年 - 1984年) 『希和対訳脚註つき新約聖書』(全13巻19冊、R・V・G・タスカー編、岩隈直訳註、1973年 - 1991年) 『エウセビオス 教会史』(全3巻 秦剛平訳、1986年)

日本の書論

るには、如何にすれば避け得らるるかといふに、無意味の点画を造らないように無意味の結体をなさないように筆を下すときには必ず或る意味をもたせるのである。」と記している。また、その「意味をもたせる」ためには練習に練習を重ね、熟達して習慣とし、筆意がほとんど無意識のうちに出てくるときが芸術として最も高潮し

本阿弥書店

本阿弥書店(ほんあみしょてん)は、短詩型文学(俳句、短歌)を中心とした日本の出版社。 1984年に本阿弥秀雄によって創業。定期刊行物に『俳壇』および『歌壇』(いずれも月刊)がある。新人賞として「俳壇賞」(第1回が1987年)、「歌壇賞」(第1回は1990年)を主催し、「現代短歌新人賞」(第1回は20

米本図書館

、信吾は家業を継ぎ実家に戻ったが、24歳の時米本図書館を設立した。 設立趣意書には、日露戦争の勝利によって奢侈に耽る日本の状況を憂い、読書により山間僻陬の地で文化や教育を振興する必要性を述べている。設立約1年後の所蔵資料は和漢書1660冊、洋書42冊、雑誌800冊だった。

日本図書センター

他社から出た本の復刊シリーズとして以下のものがある。 作家の自伝(シリーズ人間図書館)- 文学者の自伝本の復刊・全110巻 人間の記録 - 各界著名人の自伝本の復刊・全200巻 さんすうだいすき - ほるぷ出版からの復刊 こんなこいるかな - 講談社からの復刊 日本の出版社一覧 [脚注の使い方]

白い本 (書籍)

かれている。 『白い本』を出版している二見書房は、文庫版の『小さな白い本』も出している。 書籍の編集の過程で、書籍の装幀などを検討するため、用紙やページ数などが確定した時点で印刷会社が製作する最終的な書籍と同じ大きさ、同じ用紙、同じ重さですべてのページが白紙となっているものを、束見本(つかみほん)という。

日本の書流

院流と呼ばれ、江戸時代初期まで続いた。 尊円法親王は伏見天皇の第6皇子で、初め世尊寺流の世尊寺行尹・行房に書を学び、青蓮院流を確立した。この書流は江戸時代になって御家流と呼ばれ、明治時代になるまで日本の書道の中心的書風となった。青蓮院の門主によって代々継承されたが、門主による書風を区別して、尊円流

基本合意書

基本合意書(きほんごういしょ、英語:Memorandum Of Understanding, MOU)は、本契約に先だって結ぶ合意書。秘密保持義務や独占的交渉権、交渉により達成された部分的な合意内容など、契約交渉に関するものが盛り込まれるのが通常。法的拘束力の有無がしばしば問題となる。M&A取引の際

日本図書コード

日本図書コード(にほんとしょコード)は、ISBNに、読者対象・発行形態・内容分類を表すCコードと本体価格を加えたコードで、日本で1981年(昭和56年)から徐々に導入され、図書の裏表紙などに表示されている。 日本図書コードを JANコードの体系に組み入れた書籍JANコード

大日本図書

の発行シェアを誇り、北海道,沖縄県を除く全国の多くで利用されている。 高等学校用の教科書は、令和5年現在発行されていない。また、高等学校用教科書目録(令和5年4月)によると、令和6年に発行される高等学校用教科書もない。 なお、高等専門学校用の数学の教科書及び問題集を発行している。 教科書の

山本読書室

1798年(寛政10年)正月27日、大日本史の筆写を卒業。凡そ4697枚。正月30日から礼儀類典(全514巻)の筆写を起業。 1801年(享和元年)6月1日、封山還暦の賀筵を開く。この賀筵を記念した詩画帖「八音帖」(序文は亡羊)には、封山の新旧友人24名が漢詩・和歌・絵画を寄せた。漢詩は細合半斎、春日坦斎、柴野栗山、岩垣龍渓、

書

(1)文字を書いたもの。 (ア)手紙。 書状。 「~を通わす」(イ)書物。 ほん。 「~よむつき日, かさねつつ」(ウ)書類。 文書。 「大殿油(オオトナブラ)近くて~どもなど見給ふついでに/源氏(帚木)」 (2)学問。 特に, 漢学。 「~の道のおぼつかなくおぼし召さるる事どもなど/源氏(賢木)」 (3)漢詩。 「みな探韻賜はりて, ~作り給ふ/源氏(花宴)」 <i>~はやりたし書く手は持たず</i> 字が書けないので, 恋文を書き送れないし, だからといって恥ずかしくて代筆もたのめない。 無筆な遊女が嘆いているさま。

書

(1) 文字を書くこと。 また, 書き方, 書いた文字。 「定家の~」「~を習う」 (2) 文字を素材とした造形芸術。 「~の展覧会」 (3) 書き記したもの。 書物。 文書。 「万巻の~を読破する」 (4) 手紙。 「~を呈す」 (5)「書経(シヨキヨウ)」の略。 <i>~は以(モツ)て姓名(セイメイ)を記(キ)するに足(タ)るのみ</i> 〔史記(項羽本紀)〕 書は自分の名を記すことができれば十分で, 深く学ぶ必要はない。 〔項羽に対して叔父が言った言葉。 学問よりも兵法を学ぶほうが天下を取る早道だという意〕 <i>~を校(コウ)するは塵(チリ)を掃(ハラ)うが如(ゴト)し</i> 〔夢渓筆談〕 塵がはらい尽くせないように, 書物は, 何度校合しても誤脱があって完全ということがない。 <i>~を信(シン)ずれば則(スナワ)ち書なきに如(シ)かず</i> ⇒ ことごとく書を信ずれば則ち書なきに如かず(「ことごとく」の句項目)

日本の書道史

日本の書道史(にほんのしょどうし)では、有史以来、現在までの日本における書道の歴史を記述する。この記事では時代ごとに、その背景・書風・筆跡・書人・教育など書に関連した事跡を記す。 日本の書道は漢字の伝来に始まる。それ以前に日本独自の文字の文化はなかったとされている。神代文字で記した文献が存在したとの

日本語訳聖書

日本正教会(翻訳)『我主イイススハリストスの新約』正教会本会、1902年。  日本聖公会教務院文書局『アポクリファ(旧約聖書外典)』日本聖公会出版部、1968年。  フェデリコ・バルバロ『聖書』講談社、1980年。  フェデリコ・バルバロ『新約聖書』講談社、1975年。  米國聖書會社『新約全書』米國聖書會社、1904年。 

大日本古文書

める。編年順に編纂する場合もあるが、所蔵状況によっては所蔵者が行っていた旧来の整理方法のまま収録したものもあり、配列が一定でない。未完結。 「幕末外国関係文書」は、嘉永6年(1853年)以降、幕末における外交関係の文書を集めたもの。1910年(明治43年)刊行開始。元来は外務省の外交文書集

日本聖書協会

聖書協会、英国聖書協会および米国聖書協会がそれぞれ明治期に創設した日本支社が日本聖書協会の前身である。これらの聖書協会の共同事業として出版された聖書翻訳は文語訳聖書(通称『明治元訳』。新約聖書のみ大正時代に改訳され、これは『大正改訳』と呼ぶ)と呼ばれ、日本聖書協会がその版権を引き継いだ。

日本福音書房

復訳新約聖書を出版した。 1925年上海でウォッチマン・ニーが上海福音書房を設立した。 上海福音書房が閉鎖された後、台北市で台湾福音書房が創立される。 1976年日本福音書房が台湾福音書房の許可の下に設立された。 1995年回復訳聖書が出版される。