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東武ヨ101形貨車

020と共に保存(但し状態は悪く窓は全てトタンでふさがれている)。 ヨ137 栃木県宇都宮市の栃木県子ども総合科学館にED5067+ワラ100+ワラ113+ワラ116+ワラ120+ヨ137の編成で保存されている。 ヨ101形貨車とほぼ同時期に、同じように古いトム・トフを緩急車に改造したものがヨ201形である。

คำที่เกี่ยวข้อง

東武クハ101形電車

基本形客車に準拠した中型客車を出自とする車両を残すのみとなっていたが、戦中から戦後にかけての混乱期においては輸送力確保が第一とされ、鋼体化改造は一旦休止されていた。その後、世相が落ち着きを見せ始めた1949年(昭和24年)より鋼体化が再開され、登場したのが本形

国鉄ヨ8000形貨車

虫網を貼り付けたヨ8000をバンガローとして使用するもので、編成はDE10+オハフ50+ヨ8000×18両であった。翌年には高松・松山 - 内子・伊予大洲間で「大洲内子バンガロー列車」という同様のイベント列車が運転された。伊予大洲駅で窓に防虫網

国鉄ヨ5000形貨車

り、JRに継承された一部の車両を除く全車が廃車された。 旧国鉄では乗務員からは、後継のヨ6000よりも居住性が良好(軸距が長く蛇行動が少なく、長椅子がより長い)だったため、ヨ6000やヨ8000に比べると古い形式であったが好評であった。 またヨ5000の形式を短縮してヨゴレやヨゴマルとも呼ばれていた。

国鉄ヨ3500形貨車

新津工場 60両 (ヨ4300 - ヨ4359) 新小岩工場 40両 (ヨ4360 - ヨ4399) 本車の基本設計は、ヨ2000形であるため、鋼丸棒組み立ての仕切りをもつ両側デッキ、4,200mmの軸距を持つ一段リンク式の足回り、中央に寄った4枚の窓をもつ車体等の外観や、3人分の執務机と椅子、長椅

国鉄ヨ2500形貨車

乗務員扉を新設したもの等、工場によって改造内容が様々であるため、形態的にも多様であった。 改造種車となったワ1形は、明治から大正にかけて製造された古典貨車であり、改造時にはかなり老朽化が進んでいたが、走り装置には手を付けず、古典的なシュー式のままであった。なおかつ元が貨車であったため、貨物を積載した

国鉄ヨ2000形貨車

本車は、新車として設計・製造されたので鋼製車であり、車体も車掌車としての取り扱いを考慮して従来の片側デッキから両側デッキ構造となっている(デッキ仕切りは鋼丸棒組み立て)。4,200 mmの軸距と、乗り心地を考慮したスパンの長い重ね板ばねの担いばね、一段リンク式軸箱支持の走り装置をもつ車体は、4枚の窓が中央に

国鉄ヨ9000形貨車

板バネ支持の二段リンク式軸箱支持装置を一新し、新幹線0系電車のIS式に類似した一枚板バネ式軸箱支持装置を採用して、高速化へ対応しているのが特徴である。本車の軸箱支持装置はIS式(もしくはミンデンドイツ式)と似た構造をもち、軸箱を左右1枚ずつの板バネで支持しているが、軸バネ

国鉄ヨ1形貨車

ヨフ6305 ← ハフ4444(ハフ4430形) ヨフ6306 ← ハフ4488(ハフ4430形) ヨフ6307 ← ハフ4489(ハフ4430形) ヨフ6308 ← フハ3105(フハ3105形) ヨフ6309 ← ハフ3151(ハフ3151形) ヨフ6310 ← ハフ3000(ハフ2997形) ヨフ6311

東武ホキ1形貨車

東武ホキ1形貨車(とうぶホキ1がたかしゃ)は、かつて東武鉄道に在籍した事業用貨車(ホッパ車)である。 日本国有鉄道(国鉄)ホキ800形に準じたバラスト輸送・撒布用貨車である。総数10両(ホキ1 - ホキ10)が富士重工業で製造された。ホキ1, ホキ2が1962年(昭和37年)2月製、ホキ3が1964年(昭和39年)製、ホキ4

西武101系電車

新101系・301系(高運転台車、1979 - 1984年製造) なお、本項では個別の編成について、「N編成(N=編成中の最若番車両の番号)」の表記とする。 本系列の車両番号の付与の規則性上、各編成とも編成中の最若番車両の番号は必ず奇数となっているので、編成番号は必ず奇数となる。

阪神101形電車

このような貨物電車を計画・運行したのは後に登場した新京阪鉄道の魚菜車などに例が見られるほか、後年の近鉄大阪線の鮮魚列車や京成の行商専用車といった専用車も類似例であるといえる。 1928年には制御器を51形から捻出したGEのK-40Aに換装したほか、1929年に有蓋電動貨車と無蓋電動貨車との間で番号を

東武デハ1形電車

8(いずれも初代)の2両は早期から制御車代用として運用され、事実上デハ6両クハ2両の陣容であった。その後1931年(昭和6年)には同2両を正式に電装解除して電装品を大正14年系クハ1形1, 2(いずれも初代)に提供し、同車と車番交換を行う形でクハ1形1, 2(いずれも2代

東武クハ450形電車

屋根上ベンチレーター配置を含めて50系1939年度 - 1941年度落成車の特徴をよく保っている。クハ454は木製布張り屋根仕様で雨樋付、クハ455は鋼製屋根仕様で雨樋はなく、乗務員扉を含めた各扉直上に水切りを設置しており、三者三様の形態となっていた。 モハ31形31083・31084を種車とする

東武デハ2形電車

制御器が採用された。その後、昭和2 - 4年系の大量増備が行われ、さらにデハ10系においても同種の仕様が踏襲されたことから、HL制御車そのものが東武においては非常に少数派であった。また、モハ1100形1100は大改番実施直後に電装解除ならびに客車化改造が施工されたため、東武における旅客用HL制御

東武デハ3形電車

東武デハ3形電車(とうぶデハ3がたでんしゃ)は、かつて東武鉄道に在籍した電車。1926年(大正15年)に新製されたホハ11形の後身で、当初は後述のホハ12形も含め、全車客車として竣功したものを、1927年(昭和2年)に電車化改造を実施したものである。 本項では本形式ならびに同年に新製された東武初の全鋼製車であるホハ12形、後のク

東武モハ5300形電車

のノッチ刻みを持つMC1主幹制御器を採用したが、クハ430形については従来車との併結の必要性から9段のノッチ刻みを持つM-8D主幹制御器を採用しており、両者の制御シーケンスに互換性がなかったことからモハ5300形・クハ330形との併結は不可能であった。

東武デハ5形電車

と溶接工法を併用して組み立てられた半鋼製車体は全車とも同一であり、また半鋼製車体ながら本系列に先行して新製された大正15年系同様に木造車のように車体裾部が切り上げられた構造となっており、台枠が外部に露出している点が特徴である。また、台枠補強用のトラスロッド(トラス棒)が車体中心寄りに設置されたこと

東武モハ5320形電車

残るクハ550・551についても同年11月に電動車化が施工され、モハ5324(初代)・5325と改番されたが、この2両は当時の最新型5700系の仕様に準じた発電制動付電動カム軸式多段制御器である日立製作所MMC-H-10Eを搭載した。翌1953年(昭和28年)9月には、台車を汽車製造でKS-105ウィングバネ式台車を新造して

東武百貨店

百貨店の総称として、用いられることが多い。 本項には東武グループとしての「東武百貨店」のほか、法人としての「株式会社東武百貨店」についても記載する。なお、株式会社東武宇都宮百貨店については「東武宇都宮百貨店」の項を参照のこと。 池袋本店(東京都豊島区西池袋)は、株式会社東武百貨店が1962年に東