Logo
หน้าแรก
บทเรียน
สมุดบันทึก
พจนานุกรม
JLPT ข้อสอบฝึกหัด
วิดีโอ
อัปเกรด
ข้อเสนอแนะ
Logo
หน้าแรก
บทเรียน
สมุดบันทึก
พจนานุกรม
JLPT ข้อสอบฝึกหัด
วิดีโอ
อัปเกรด
ข้อเสนอแนะ
Todaii Japanese
Switch language – current: th
Logo Japanese
[email protected]
(+84) 865 924 966
315 Truong Chinh, Ha Noi
www.todaiinews.com
DMCA.com Protection Status

เกี่ยวกับ Todaii Japanese

เรื่องราวแบรนด์คำถามที่พบบ่อยคู่มือผู้ใช้ข้อกำหนดและนโยบายข้อมูลการคืนเงิน

โซเชียลเนตเวิร์ค

Logo facebookLogo instagram

เวอร์ชันแอป

AppstoreGoogle play

แอปอื่น

Todaii German
Todaii English
Todaii Chinese
Todaii Korean
DMCA.com Protection Status

ลิขสิทธิ์เป็นของบริษัท eUp Technology JSC

Copyright@2026

พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

松型駆逐艦

橘(たちばな):「第5511号艦」(1944年9月1日、松型駆逐艦に類別)、1945年1月20日竣工(横須賀)。同年7月14日函館港内で沈没。 蔦(つた):「第5514号艦」、1945年2月8日竣工(横須賀)。終戦時残存。復員輸送に従事、賠償艦として中国へ。

คำที่เกี่ยวข้อง

松 (松型駆逐艦)

松(まつ)は大日本帝国海軍の駆逐艦。松型駆逐艦(一等駆逐艦松型)(丁型)の1番艦。 日本海軍の艦名としては樺型駆逐艦「松」に続いて2代目である。 舞鶴海軍工廠で1943年(昭和18年)8月上旬から1944年(昭和19年)4月末にかけて建造された。起工から竣工まで約8ヵ月であった。竣工後、小笠原諸島や硫黄島方面への護衛任務に従事する。

楓 (松型駆逐艦)

第十一水雷戦隊戦時日誌』『自昭和二十年一月一日至昭和二十年一月三十一日 第十一水雷戦隊戦時日誌』(昭和19年6月1日~昭和20年6月30日 第11水雷戦隊戦時日誌(5)) アジア歴史資料センター レファレンスコード:C08030127800 第三十一戦隊司令部『自昭和十九年十二月二十二日至昭和二十年一月三十一日

桐 (松型駆逐艦)

^ 宇垣纏著『戦藻録』(昭和19年11月20日記事)(十一月廿日 月曜日 半晴 強風)〔 強風三日、支那の高氣壓は東漸せるにかゝわらず一向に収まらず驅逐艦桐、梅分離馬公に向ふ。此の附近敵潜の出現少し。潮流の大なるも一の理由なるべし。〕 ^

檜 (松型駆逐艦)

檜(ひのき)は、大日本帝国海軍の駆逐艦。 松型(丁型)の16番艦である。日本海軍の艦名としては2代目(初代は二等駆逐艦「桃型」3番艦「檜」)。 太平洋戦争後半の1944年(昭和19年)9月末に竣工し、輸送作戦に従事する空母の護衛を幾度かおこなったあと、フィリピンに進出した。1945年(昭和20年)1

樅 (松型駆逐艦)

樅(もみ)は、大日本帝国海軍の駆逐艦。 松型(丁型)の9番艦である。 日本海軍の艦名としては2代目(初代は二等駆逐艦「樅型」1番艦「樅」)。太平洋戦争後半の1944年(昭和19年)9月7日に竣工し、訓練部隊の第十一水雷戦隊に編入された。 内海西部で訓練に従事、並行して輸送作戦に従事する空母の護衛をおこなった。

槇 (松型駆逐艦)

槇(まき)は日本海軍の駆逐艦。艦名は楢型駆逐艦の4番艦「槇」に続いて2代目。 一等駆逐艦「槇」は、松型駆逐艦の8番艦。1944年(昭和19年)8月10日に竣工。訓練部隊の第十一水雷戦隊に所属したのち、第三十一戦隊隷下の第43駆逐隊に編入された。 捷号作戦にともなう10月下旬のレイテ沖海戦では、小沢機

樫 (松型駆逐艦)

樫(かし)は日本海軍の駆逐艦。 松型駆逐艦の10番艦として藤永田造船所で建造された。 艦名は桃型駆逐艦2番艦「樫」に続いて2代目。 1944年(昭和19年)9月30日に竣工。11月15日新編の第52駆逐隊に所属した。 ヒ81船団を護衛して南西方面に進出後、礼号作戦に参加した。

梅 (松型駆逐艦)

梅(うめ)は、大日本帝国海軍の駆逐艦。 松型駆逐艦(松型一等駆逐艦)(丁型)の3番艦である。 日本海軍の艦名としては2代目(初代は二等駆逐艦樺型「梅」)。 一等駆逐艦梅(うめ)は、日本海軍が太平洋戦争終盤で運用した駆逐艦。丁型一等駆逐艦第5483号艦として藤永田造船所で建造され、1944年(昭和19

欅 (松型駆逐艦)

欅(けやき)は、大日本帝国海軍の駆逐艦。松型(丁型)の18番艦である。日本海軍の艦名としては2代目(初代は二等駆逐艦「楢型」5番艦「欅」)。丁型一等駆逐艦第5508号艦として横須賀海軍工廠で建造された。 竣工後、「欅」は訓練部隊の第十一水雷戦隊(高間完少将・海軍兵学校41期)に編入。瀬戸内海に回航さ

桜 (松型駆逐艦)

月8日に横須賀を出港して瀬戸内海に向かう。潜水艦の襲撃を警戒し、初日は遠州灘沿岸沿いを経て伊勢湾で仮泊、二日目には大阪湾に入って瀬戸内海を西航する計画が立てられた。航海初日は平穏無事に伊勢湾に入って仮泊を行ったが、翌日早朝に出港して大王埼沖を通過して尾鷲沖のあたりから異様な光景が「桜」の目の前に広が

桃 (松型駆逐艦)

」や秋月型駆逐艦「冬月」の艤装が急がれる中、「桃」は進水する。 「桃」は同25日付で舞鶴鎮守府籍となった。 4月25日、日本海軍は若竹型駆逐艦8番艦刈萱艦長等を歴任した益満行孝少佐を桃艤装員長に任命する。 5月1日、舞鶴海軍工廠に桃艤装員事務所を設置した。 6月10日、「桃」は竣工する。桃艤装員事務

楢 (松型駆逐艦)

の指揮下に入り、4月9日に瀬戸内海に帰投した。5月25日付で呉鎮守府部隊に編入され、以後も瀬戸内海で行動する。6月30日、関門海峡西口で触雷して艦尾屈曲、艦後部浸水、二番砲使用不能などの損傷を受けて航行不能となった。門司港に繋留されたまま7月15日付で特殊警備艦となり、終戦を迎えた。11月30日除籍

榧 (松型駆逐艦)

榧(かや)は、日本海軍の駆逐艦。艦名は樅型駆逐艦の2番艦「榧」に続いて2代目。松型駆逐艦の11番艦として、舞鶴海軍工廠で建造された。 1944年(昭和19年)9月30日に竣工。 訓練部隊の第十一水雷戦隊に編入され、訓練と同時に、僚艦と共に幾度か輸送作戦に従事する空母の護衛任務に就いた。

杉 (松型駆逐艦)

杉(すぎ)は、日本海軍が大東亜戦争(太平洋戦争)で運用した駆逐艦。松型駆逐艦の7番艦。艦名としては樺型駆逐艦の9番艦「杉」に続いて2代目。 一等駆逐艦杉(すぎ)は、帝国海軍が藤永田造船所で建造した駆逐艦で、1944年(昭和19年)8月25日に竣工した。訓練部隊の水雷戦隊#第十一水雷戦隊に編入され、内海西部で訓練をおこなう。

松 (樺型駆逐艦)

#T14公文備考41艦船1/中型巡洋艦製造一件 桐、樺、桂、杉、柏、松、榊、楓、栂、楠(5)画像4『柏八時、松九時無事進水セリ 二月十四日三菱』 ^ #T14公文備考41艦船1/中型巡洋艦製造一件 桐、樺、桂、杉、柏、松、榊、楓、栂、楠(5)画像14『大正四年四月六日(中略)松竣工本日午後三時授受終ル』 ^ a b 「海軍辞令公報

竹 (松型駆逐艦)

竹 (たけ) は、大日本帝国海軍の駆逐艦。 一等駆逐艦竹(たけ)は、日本海軍が大東亜戦争中に横須賀海軍工廠で建造した駆逐艦。戦時量産型駆逐艦である松型駆逐艦(丁型駆逐艦)の2番艦であり、日本海軍の艦名としては樅型駆逐艦の「竹」に続いて2代目である。戦時量産型のため「雑木林」と渾名され

椿 (松型駆逐艦)

椿(つばき)は、大日本帝国海軍の駆逐艦。松型(丁型)の15番艦である。日本海軍の艦名としては2代目(初代は二等駆逐艦「楢型」3番艦「椿」)。丁型一等駆逐艦第5498号艦として舞鶴海軍工廠で建造された。 本籍は舞鶴鎮守府。就役後、訓練部隊の第十一水雷戦隊(高間完少将・海軍兵学校41期)に編入。瀬戸内

柳 (松型駆逐艦)

擱坐して沈没を免れた。直撃弾4発を受け死傷者多数を出した「常磐」も懸命の排水作業を続けたものの、8月15日の終戦を迎えて乗員が復員して艦を去っていく事により排水作業が出来なくなることから、同日中に艦の保全のために葦崎東方海岸に擱坐した。そして、曳船の助けを得て投錨して艦を固定した。

桑 (松型駆逐艦)

桑(くわ)は、大日本帝国海軍の駆逐艦。松型駆逐艦(丁型)の5番艦である。艦名は楢型駆逐艦2番艦「桑」に続いて2代目。 一等駆逐艦桑は、1944年(昭和19年)7月25日に藤永田造船所で竣工した松型駆逐艦。竣工後は訓練部隊の第十一水雷戦隊に所属した。8月3日から8月30日にかけて第十一水雷戦隊旗艦を務めた。