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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

楚瑪爾河

ト河)、南の源流がタンラ山脈東部に発する当曲(ダムチュー)、そして北の源流がこのチュマル河とされている。チベット高原の北東部、青海省内を通っている。 チュマル河とはチベット語で「赤い水の河」を意味する。別名は曲麻莱河(拼音: Qūmálái hé)、または曲瑪河とも。

คำที่เกี่ยวข้อง

呼瑪河

"Komar"という名前で知られていた。17世紀半ば、エロフェイ・ハバロフの逮捕後にこの方面のロシア兵を率いたオヌフリー・ステパノフはこの流域に要塞を築いたため、1655年にはコサック兵と清朝兵との間で戦闘が生じた。 ^ 承志2009,210-212頁 承志『ダイチン・グルンとその時代』名古屋大学出版会、2009年

楚楚

(1)清らかで美しいさま。 多く若い女性についていう。 「~とした美女」 (2)あざやかなさま。 鮮明なさま。 「暁の露うるふ時に~のころもをぬらし/本朝文粋」

訥謨爾河

市の境域を流れ、訥河市(県級市)で嫩江に流れ込む。河の長さは569kmで、水深はおよそ2m、河幅は60m。夏・秋の増水期には水深は3〜4m、幅は1〜2kmにも達する。 主な支流に老莱河、南陽河、石底河がある。 嫩江市の東吐沫山より流れ出て、ネメル河に合流する。全長115km。 訥河市龍河

楚

⇒ すわえ(楚)

楚

〔「ずわい」とも〕 「すわえ」の転。 [日葡]

楚

〔後世「ずわえ」とも〕 (1)細く, まっすぐな若枝。 すわい。 「梅の~に巻数付けて/盛衰記28」 (2)刑罰に用いる, むち。 しもと。 「門いづる時ひと~あてたらうに/平家 8」

楚

刑罰の用具。 罪人をむち打つための, 細い木の枝で作ったむち・つえ。 「~取る里長(サトオサ)が声は寝屋処まで来立ち呼ばひぬ/万葉 892」

楚

中国の国名。 (1)春秋戦国時代に揚子江中流域を領有していた国((?-前223))。 春秋中期に五覇の一人荘王を出し, また戦国七雄の一として斉・晋(シン)・秦と覇を争ったが, 秦に滅ぼされた。 中原諸国と種族・文化を異にしていた。 (2)五代十国の一。 馬殷(バイン)が後梁(コウリヨウ)から楚王に封ぜられて建国(907-951)。 湖南を中心に広西の北部を支配。 南唐に滅ぼされた。

爾

〔「汝(ナ)」に「貴(ムチ)」が付いてできた「なむち」の転〕 二人称。 多く対等の人, またはそれ以下の人に対して用いられ, 中世以降は目下の人や親しい人を呼ぶのに用いられるようになった。 現代語では主として文語的な言い回しに用いられる。 「~ごときにわかるものか」「~の隣人を愛せよ」「~が持ちて侍るかぐや姫奉れ/竹取」 〔これは, 本来, 相手を尊敬して呼んだ語と考えられる〕 <i>~自身を知れ</i> 自分が無知であることを自覚し, その自覚に立って真の知を得, 正しく行為せよ。 〔アポロンをまつるデルフォイの神殿の入り口に掲げられていた語で, ソクラテスが行動上の標語としたもの〕

爾

(1)そのように。 そう。 「このころは千年や行きも過ぎぬると我や~思ふ見まく欲りかも/万葉 686」 (2)感動詞的用法。 相手の言葉を受けて, あいづちを打ったり, 承諾の意を表すとき用いる。 そうだ。 はい。 「生むこと奈何(イカニ)とのりたまへば, 伊邪那美命, ~善けむと答へたまひき/古事記(上訓)」「童, ~, 五六たびばかりは見奉りたり, と答ふ/今昔 20」 <i>~あれば</i> そうであるから。 「我等, 昔をかしし罪により, 悪しき身を受けたり。 ~忍辱の心を思ふともがらにあらず/宇津保(俊蔭)」 <i>~言・う</i> 〔「爾云」「云爾」の訓読み〕 文章末尾などにおき, 上述のとおりという意を表す。 「理りに因(ヨツ)て~・ふのさ/西洋道中膝栗毛(七杉子)」 <i>~はあれど</i> そうではあるが。 しかあれども。

瑪家郷

瑪家郷(マージアー/まか-きょう)は台湾屏東県の郷。 瑪家郷は屏東県東北部に位置し、北は三地門郷と、東は台東県金峰郷と、東北は霧台郷と、西は内埔郷と、西南は万巒郷と、南は泰武郷とそれぞれ接している。 中央山脈南部、大武山の北側に位置するため地勢険しく起伏に富んでいる。住民は原住民であるパイワン族が多くを占める。

瑪沁県

瑪沁県(ばしん-けん、マチェン・ゾン、rma chen rdzong)は中華人民共和国青海省ゴロク・チベット族自治州に位置する県。 鎮:大武鎮、拉加鎮 郷:大武郷、東傾溝郷、雪山郷、下大武郷、優雲郷、当洛郷 高速道路 徳馬高速道路

瑪瑙堰

資本金は村方で出資したが、修繕費は村内の課賦と他町への分水金によって賄った。開削には1685円、修繕のための人足賃や資材費に毎年およそ100円を費やし、課賦は年々増加した。 1882年(明治15年)、豪雨のため山間部の堰が崩壊し、修繕費は両村民の大きな負担となったため翌年より放棄

呼瑪県

呼瑪県(こま-けん)は中華人民共和国黒竜江省大興安嶺地区に位置する県。県人民政府駐地は呼瑪鎮。 呼瑪県は大興安嶺山脈の北麓、黒竜江南岸に位置する。アムール川(黒竜江)につながる右岸支流の一つ呼瑪河が流れている。 1683年(康熙22年)、黒竜江上流フマル河(hūmar bira、呼瑪

哈瑪星

高雄所在の各種会社、工場一覧表(1924年) 会社および工場 営業項目 所在地 富重造船鐵工所 造船鐵工所 旗後町 荻原造船鐵工所 造船鐵工所 旗後町 打狗整地株式会社 土地買売、借貸業務、現鹽埕区の土地埋立事業 哨船町 台湾銀行出張所 哨船町 大阪商船株式会社高雄支店 船舶運輸業 新浜町 本田合名会社 煤炭販売 新浜町 山下汽船礦業株式会社台湾支店高雄出張所

班瑪県

班瑪県(はんば-けん、ペマ・ゾン、pad ma rdzong)は中華人民共和国青海省ゴロク・チベット族自治州に位置する県。 鎮:賽来塘鎮 郷:多貢麻郷、馬可河郷、吉卡郷、達卡郷、知欽郷、江日堂郷、亜爾堂洋、灯塔郷

盧楚

が、どもりがちで語り口は難解であった。大業年間、尚書右司郎となった。煬帝が江都に行幸すると、盧楚は東都に残ったが、不法を行う官僚を糾弾してやまず、遠慮会釈がなかった。 越王楊侗が皇帝を称すると、盧楚は内史令・左備身将軍・摂尚書左丞・右光禄大夫となり、涿郡公に封じられた。元文都とともに王世充の処断を謀

辛楚

〔「辛」はからい味, 「楚」は人をむちうつ意〕 いたみ苦しむこと。 つらさ。 辛苦。

楚辞

戦国時代末, 楚国に行われた歌謡に基盤をもち, 屈原の作品を主とし, その作風をつぐ弟子や後人の作を集めたもの。 一六巻。 前漢の劉向(リユウキヨウ)編とされ, のち後漢の王逸が自作を加えて一七巻とする。 形式・特色は「詩経」とは全く趣を異にし, 漢の賦(フ)に大きな影響を与えた。