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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

水雷

[みずがみなり]
落雷しても火を出さない雷。 また, 雨を伴って鳴る雷。
⇔ 火雷

水雷

[すいらい]
爆薬を詰めて水中で爆発させ, 敵艦を破壊するための兵器。 魚雷・機雷・爆雷などをいう。

คำที่เกี่ยวข้อง

水雷艇

水雷艇(すいらいてい、英語: torpedo boat)は、水雷兵器を主兵装として、19世紀後半に登場した小型艦艇。後には敵の水雷艇との交戦を任務に加えた駆逐艦に発展し、こちらに代替されていった。 なお、水雷艇は外燃機関を用いた排水量型の蒸気船であるのに対し、後に出現する魚雷艇

鶉 (水雷艇)

鶉(うづら、うずら)は、日本海軍の水雷艇で、隼型水雷艇の12番艇である。 発注時の艇名は第十三号百二十噸水雷艇。1901年(明治34年)12月18日、鶉と命名。1902年(明治35年)10月31日、水雷艇に編入され等級一等となる。1903年(明治36年)1月20日、呉海軍造船廠で起工。

水雷艦長

役の識別に服の袖を用いる方法があり、戦艦役は袖をまくらず、駆逐艦役は服の片袖をまくり、水雷艇役は両袖をまくる。 「信号」というトランプ遊びでのジョーカーに相当する三すくみから外れた役を設ける場合があり、駆逐と水雷に勝って艦長に負け、帽子は阿弥陀に被る。

鴿 (水雷艇)

鴿(はと)は、日本海軍の水雷艇で、隼型水雷艇の7番艇である。艦艇名として漢字は異なるが同音同義の鴻型水雷艇「鳩」を2代目として初代とされる場合がある。 発注時の艇名は第八号百二十噸水雷艇。1900年(明治33年)10月15日、鴿と命名。1901年(明治34年)2月7日、水雷艇に編入され等級一等となる

イズマイール (水雷艇)

の部隊で第二の人生を歩むこととなった。第267号水雷艇は僚艇の第258号水雷艇とともに1908年には掃海隊を編成し、1909年に艇名は第9号掃海艇(Тра́льщикъ № 9トラーリシク・ノーミェル・ヂェーヴャチ)に改められた。第9号掃海艇は沿岸海域における掃海・哨戒任務や船団護衛任務に従事し、

鷂 (水雷艇)

鷂(はしたか)は、日本海軍の水雷艇で、隼型水雷艇の14番艇である。 発注時の艇名は第十五号百二十噸水雷艇。1901年(明治34年)12月18日、鷂と命名。1902年(明治35年)10月31日、水雷艇に編入され等級一等となる。1903年(明治36年)6月14日、川崎造船所で起工。同年12月30日に進

外装水雷

外装水雷(英:スパートーピード〈Spar torpedo〉)とは長い竿の先に刺突爆雷(ただし、弾頭は成形炸薬弾ではない)を装着したもの。主に敵艦船の吃水線下を突いて爆発させ、破孔を開けて沈没させる。舳先に取り付けて体当たり攻撃を行うのが一般的であった。 初期のものは爆弾本体にトゲがついており、そのト

水雷母艦

水雷母艦(すいらいぼかん)とは、海軍における補助艦艇の一種である。駆逐艦または水雷艇から成る水雷戦隊に従って行動し、これらに対する弾薬・燃料・食料など諸種の補給を主任務とする。 また、水雷艇を搭載する軍艦(水雷艇母艦)も水雷母艦と呼称される。実例としてはフランスの「フードル」、イギリスの 「Vulcan」がある。

水雷戦隊

第四十三駆逐隊:松(8月4日、スカベンジャー作戦で沈没)、竹、梅、桃、桑、槇、桐 1945年3月1日 菊水作戦直前の編制(連合艦隊直属) 酒匂 花月、宵月、桜、楢、椿、欅、柳、橘、楡、蔦 1945年6月1日 最終時の編制(連合艦隊直属) 酒匂 第五十三駆逐隊:桜、楢、椿、柳、橘、欅 柿、菫、榎、楠、雄竹、初桜、樺 木村進少将:1943年(昭和18年)4月1日

鵯 (水雷艇)

鵯(ひよどり)は、日本海軍の水雷艇。鴻型の2番艇。 1934年(昭和9年)11月24日、鵯と命名され、水雷艇に類別。同年11月26日に東京石川島造船所で起工。1935年(昭和10年)10月25日進水。1936年(昭和11年)12月20日に竣工し、横須賀鎮守府籍、第一水雷隊に編入された。

水雷砲艦

水雷砲艦(すいらいほうかん、英語: Torpedo gunboat)は、水雷兵器(特に魚雷)を主兵装とする砲艦。当初は、外洋での水雷襲撃を担う水雷巡洋艦の小型版と位置付けられており、排水量でいえば、水雷巡洋艦はおおむね1,000トン前後、水雷砲艦は500トン前後であったが、厳密な区別ではなかった。

S6 (水雷艇)

隊装甲艦レトヴィザンの艦長を務めていたE・M・シチェンソーヴィチ海軍少将の水雷練習分艦隊に編入された。 1909年から1910年の間は、クロンシュタット汽船工場にてオーバーホールを実施された。その際、ボイラー部品の交換と浮遊機雷敷設装備の搭載が施工された。1914年8月29日には、第一次世界大戦の

鳩 (水雷艇)

1944年(昭和19年)10月16日、船団護衛中に香港南東で米空母艦載機の爆撃を受けて大破し、被曳航中に沈没。同年12月10日に除籍。 艤装員長 太田良直治 少佐:1937年4月10日 - 水雷艇長 太田良直治 少佐:1937年8月7日 - 1938年12月15日 菅原六郎 少佐:1938年12月15日

マズール (水雷艇)

マズール (ORP Mazur) は、元はドイツ帝国海軍が建造した水雷艇「V-105」をポーランド海軍が取得して改名した物で同型艦はない。 本艦はポーランド海軍において沿岸部の哨戒任務と砲術練習艦として使用された艦である。 ポーランド海軍時代の本級の船体形状は艦首のみ乾舷の高い短船首楼型船体であった。艦首甲板上にシュナイダー社の7

S4 (水雷艇)

S4は、ロシア帝国海軍向けに建造されたソーコル級水雷艇の9番艇として建造された。建造当初の名称は、ロシア語で「渡鴉」を意味するヴォーロン(Воронヴォーラン)であった。1899年1月13日にバルト艦隊に登録、サンクトペテルブルクのネーフスキイ造船・機械工場で起

初雁 (水雷艇)

初雁(はつかり)は、日本海軍の水雷艇。千鳥型の4番艇である。ロンドン軍縮条約の影響によりミニ駆逐艦ともいえるほど重武装の艦艇として艤装中に、同型艇「友鶴」が演習中に転覆するという友鶴事件を引き起こし、設計を改めて工事を行い竣工した。 1932年(昭和7年)12月10日、初雁

雷酸水銀(II)

雷酸水銀(らいさんすいぎん)は水銀の雷酸塩で、淡青色の斜方錐状晶。シアン酸水銀の異性体である。 一価の雷酸水銀(I) と二価の雷酸水銀(II) が知られているが、とくに二価の化合物は雷汞(らいこう)と呼ばれ、雷管の起爆薬として用いられる。雷酸水銀(I) は雷汞の製造の際、硝酸水銀の硝酸溶液とエチルアルコールの反応温度を低くすると

隼型水雷艇

各艇の竣工は日露戦争の開戦前後に重なり全艇が参戦している。このうち「雉」は日露戦争開戦直前に竣工、そのまま参戦したが旅順方面哨戒作戦の帰途に対馬南端の豆酘崎(つつざき)沖の暗礁に乗り上げて破壊された。船体は放棄されたが修理の名目で新艇が建造され艦名はそのまま継承された。そして新艇完成18日後の日本海海戦にそのま