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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

王粛

王 粛(おう しゅく、195年 - 256年)は、中国三国時代の政治家。魏に仕えた。字は子雍。徐州東海郡郯県(現在の山東省臨沂市郯城県)の人。父は王朗。子は王惲・王恂・王虔・王愷・王隆・王元姫(司馬昭妻)。従兄弟は王詳。曾孫は王雅。外孫は司馬炎(西晋の武帝)。『三国志』魏志王朗伝に記述がある。

คำที่เกี่ยวข้อง

粛王

粛王(しゅくおう)は、中国戦国時代の楚の王。姓は羋、氏は熊。諱は臧。悼王の子。 悼王21年(紀元前381年)、悼王が薨去すると、後を嗣いで楚王となった。即位直後、呉起を殺害して悼王の遺体を傷つけた貴族70家あまりを逮捕して三族まで処刑した。 粛王4年(紀元前377年)、蜀の攻撃を受けて、茲方を奪わ

忠粛王

、公主亦邀忠惠宴。及酒罷、忠惠佯醉不出、暮入公主臥内。公主驚起、忠惠使宋明理輩扶之、使不動、且掩其口、遂蒸焉。翌日、公主恥之、欲還於元、使買馬。忠惠命李儼・尹継宗等禁馬市、不得賣馬。元使頭麟等來、進御酒於公主、執忠惠以歸。公主囚贊成事鄭天起於征東省、仍命金之謙權征東省、金資提調都僉議使司。忠惠五年

粛親王

第10代粛親王善耆は、清末に立憲君主制による近代化改革を推進し、辛亥革命後に清朝復辟運動を行った。善耆の第14王女愛新覚羅顯㺭(㺭は王偏に子)は、川島浪速の養女となって川島芳子を名乗った。 ホーゲ(豪格) - 初代粛親王。 富綬(中国語版) - 第2代粛親王。 善耆 - 第10代粛親王。

威粛王后

夫:王隆 子:王建 ^ 三月,創法王、王輪等十寺于都内,兩京塔廟,肖像之廢缺者,並令修葺。辛巳,追諡三代,以曾祖考爲始祖元徳大王,妃爲貞和王后,祖考爲懿祖景康大王,妃爲元昌王后,考爲世祖威武大王,妃爲威粛王后。 — 高麗史、巻一 中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。 高麗史/卷一#二年

粛宗 (朝鮮王)

^ 「藥房都提調許積, 以承傳色口傳啓曰, 卽伏聞中宮殿, 頭部微疼, 胸膈亦有煩悶之候云. 此雖産後例症, 不爲大段, 而亦不可只用芎歸湯, 增損四物湯一貼, 卽爲煎入.」承政院日記 273本(脱草本14本)粛宗5年10月23日甲申14/18記事 ^ “인경왕후 仁敬王后,1661~1680”

王粛 (南北朝)

王 粛(おう しゅく、464年 - 501年)は、中国の南北朝時代の政治家。字は恭懿。本貫は琅邪郡臨沂県。 王奐(王份の兄)の子として生まれた。南朝斉の武帝に仕えて、著作郎・太子舎人・司徒主簿・秘書丞を歴任した。永明11年(493年)、父と兄弟が処断されたため、北魏に亡命した。孝文帝と面会すると、大

粛宗 (高麗王)

に西京(現在の平壌)にある東明聖王(高句麗の初代王)の墓地を参拝して開京に戻る途中、車の中で死んだ。粛宗の墓は開京(現在の開城)にある英陵である。 明懿王后柳氏 睿宗 上党侯 王佖 円明国師 帯方公 王俌 大原公 王侾 斉安公 王偦 通義侯 王僑 大寧宮主 興寿宮主 安寿宮主 福寧宮主 表示 編集

粛子内親王

粛子内親王(しゅくし(すみこ)ないしんのう、建久7年(1196年) - 薨年不詳)は、鎌倉時代前期の皇族。後鳥羽天皇第2皇女、母は源信康の女・兵衛督局(または丹波局とも)。土御門天皇朝の伊勢斎宮。高辻斎宮と号した。 正治元年12月24日(1200年)、異母兄土御門天皇の即位に伴い斎宮に卜定。翌2年(

厳粛

(1)おごそかで, 心が引き締まるさま。 「会場は~な雰囲気につつまれた」「式は~にとりおこなわれた」 (2)きびしくゆるがせにできないさま。 「~な事実」 ﹛派生﹜~さ(名)

粛清

厳しく取り締まって, 不正な者を除くこと。 特に独裁政党などにおいて, 反対派を追放すること。 「血の~」「反対分子を~する」

粛党

政党内部を粛正すること。

甘粛

中国, 黄河の上流域を占める省。 草原地帯で羊・牛などの牧畜が盛ん。 シルクロードが通り, 古く西域への交通路として重要な役割を果たした。 敦煌・玉門などの古都がある。 省都, 蘭州。 別名, 隴(ロウ)。 カンスー。

振粛

衰えたものをふるい起こし, ゆるんだものを引き締めること。 「全校の風紀を~しなければなりません/坊っちゃん(漱石)」

静粛

静かに慎んでいる・こと(さま)。 「~に願います」「~な聴衆」 ﹛派生﹜~ さ(名)

粛啓

手紙の初めに書く語。 つつしんで申し上げる意。 謹啓。 粛白。 拝啓。

粛正

※一※ (名) 厳しく取り締まって, 不正を取り除くこと。 「綱紀を~する」 ※二※ (形動) つつしみ深いさま。 「容貌端厳(タンゲン)~にして/慨世士伝(逍遥)」

粛殺

秋の気が草木を枯らすこと。

粛白

手紙文の初めに書く語。 つつしんで申しあげるの意。 敬白。

粛然

(1)静まりかえっているさま。 また, かしこまり静まるさま。 「恩師の前に~と控える」「此満堂~として鎮静し/経国美談(竜渓)」 (2)礼儀正しく, おちついたさま。 また, おごそかなさま。 「彼等は…火の気のない室(ヘヤ)に~と坐つてゐた/門(漱石)」