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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

神余親綱

神余 親綱(かなまり ちかつな)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。上杉氏の家臣。旗本衆。 神余氏は安房国の国人であったが、越後国へ移って上杉氏に仕え、親綱の祖父・昌綱の代から京都雑掌・外交官として重用されていた。 神余実綱の子として誕生。親綱も父祖の跡を継ぎ、越後国主となった長尾景虎(後

คำที่เกี่ยวข้อง

中山親綱

中山 親綱(なかやま ちかつな)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての公卿。中山家14代当主。 叙爵の翌日である永禄元年4月25日(1558年5月13日)に元服した。2年後の永禄3年(1560年)に従五位上に叙せられてからは3年ごとに昇叙し、天正4年(1576年)に参議となり公卿の一員となる。天正6

大友親綱

大友 親綱(おおとも ちかつな)は、室町時代中期の武将・守護大名。豊後国大友氏の13代当主。 南北朝時代以来、大友氏の家督相続は9代当主・大友氏継の系統と10代当主・親世の系統が交互に継承し、氏継の子であった父の親著は、先代当主親世の子の持直を後継者とした。これに不満を持った親綱の兄・孝親

渡辺親綱

増を受け、江戸で勤務する。同月、番加判となる。寛延3年(1750年)、母里藩松平家(松平直員)の挟箱持が渡辺家の列を通り抜けようとして、馬に挟箱の棒を当てて驚かせ、無礼に怒った渡辺家の馬丁が、脇差で挟箱持を斬殺する事件が起こる。幕府への遠慮で、加判の列を免じられ、国元に帰される。後、再び加判に列する。

岡部親綱

岡部 親綱(おかべ ちかつな、生年不詳 - 永禄5年(1562年))は、戦国時代の武将。駿河の大名今川氏の家臣。通称・左京進、出家して玄忠。 今川氏輝の側近であった。氏輝没後の天文5年(1536年)花倉の乱に際しては栴岳承芳(今川義元)方に味方し、方ノ上城・花倉城(史料上は「葉梨城」)を攻撃、落城せ

桐生親綱

桐生 親綱(きりゅう ちかつな)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。上野国柄杓山城主。 下野国の戦国大名・佐野昌綱の子として誕生。上野国東部の桐生地方を治めた桐生助綱の養子となる。桐生氏は藤原秀郷流・藤姓足利氏の後裔。 永禄13年(1570年)、養父・助綱が死去すると家督を継いだ。親綱

扶余神宮

扶余神宮(ふよじんぐう)は、日本統治下の朝鮮・忠清南道扶余郡に創建予定だった神社である。造営の途中で日本の敗戦をむかえ、鎮座されることはなかった。 扶余(古名は泗沘)は、日本と関係の深かった百済の最後の都があった地である。朝鮮総督府はこの地に扶余神宮を創建し、扶余

神余隆博

香川県仲多度郡琴平町出身。大阪大学法学部に入学。阪大法学部では英語研究会(ESS)と川島慶雄の国際法のゼミに所属。英語研究会(ESS)の先輩である藪中三十二が外務省に入省したことに刺激を受け、阪大法学部在学中に外務公務員採用上級試験を受験。合格し、1972年(昭和47年)阪大を卒業し外務省に入省した。 1973年(昭和48年)

針綱神社

ーク、成田山名古屋別院大聖寺などがある山)に移転する。 1606年(慶長11年)、犬山城城主小笠原吉次により、犬山城城下町の名栗町に移転する。「白山妙理権現」「白山針綱大神宮」 1635年(寛永12年)、針綱神社の祭礼に対し、城下町の下本町、魚屋町からの練り物が出される。1641年(寛永18年)には

余

(1)それ以上であること。 (「…の余」の形で多く用いる)「二年の~闘病生活を続ける」「百人の~の参加者」 (2)それ以外であること。 それ以外のもの。 「~の件については知らない」 → 余の儀 (3)あまったもの。 あまり。 余分。 (4)数量を表す語に付いて, その数より少し多い意を表す。 おおよその数をあげて端数を漠然という場合に用いる。 あまり。 有余。 「十~年の歳月」「三〇人~の人」

余

一人称。 われ。 わたくし。 やや尊大な, または, 改まった言い方として男子が用いる。 「~の説くところをよく理解せよ」

余

〔「あまり」の「あ」の脱落した形〕 数量を表す語に付いて, それよりいくらか多い意を表す。 「ななつぎの御代にまわへる百(モモチ)~十の翁の舞ひ奉る/続後紀(承和一二)」

綱敷天神社

今を盛りと咲き匂っており、しばしこの梅を眺めるため、船の艫綱(ともづな)をたぐりよせて即席の座席としたことが「綱敷(つなしき)」の名の由来であるという。この時、地元の者より「ゆりわ」なる器に団子を盛りて道真に勧めたところ、道真は大いに喜び、今も大事な神事の折にはこの「ゆりわ」に団子を盛って供えている。

綱

(1)植物の繊維, または針金などを長く撚(ヨ)り合わせたもの。 物をつなぎとめるのに用いる。 索。 ロープ。 「~を引く」 (2)よりすがって頼みとするもの。 「命の~」「頼みの~も切れた」 (3)相撲で, 横綱の力士が巻く太い注連縄(シメナワ)。 横綱。 「~を締める」 <i>~を張・る</i> 横綱になる。 横綱をつとめる。

綱

生物分類上の一段階。 門の下位, 目の上位に位置する。 脊椎動物門の哺乳綱・鳥綱・爬虫綱など。 → 亜綱

親親

(1)複数の人のそれぞれの親。 「~が心安く成るにつれ娘同志も親しくなり/浮雲(四迷)」 (2)実の親と養親がいる時のそれらの親。 親たち。 「~の悲しび愛するは/今昔26」 (3)祖先。 「我が~の墓におさめん事許さじ/読本・春雨(死首のゑがほ)」

磐余

奈良県桜井市, 天香久山の北東麓(ロク)の地域の古地名。 神武天皇が八十梟帥(ヤソタケル)を討ったという地。 ((歌枕)) 〔多く「言われ」とかけて歌われた〕

余り

※一※ (名) (1) (ア)余ったもの。 残り。 「三人で分けると~が出る」「~の毛糸で手袋を編む」(イ)割り算で, 割り切れずに残った部分。 残り。 剰余。 (2) (「…のあまり」の形で副詞的に用いる)ある事の程度がはなはだしいために別の事態を引き起こすこと。 「驚きの~口もきけない」「感激の~泣き出した」 ※二※ (形動) (1)程度がはなはだしいさま。 並はずれているさま。 「~の寒さに震えあがった」「~に静かなのでかえって眠れない」「色あひ, ~なるまで匂ひて/源氏(宿木)」 (2)程度がはなはだしくひどいさま。 あんまり。 「~な仕打ちだと思いませんか」 ※三※ (副) (1)程度がはなはだしいさま。 常識や予想を超えているさま。 あんまり。 「~食べると毒だよ」 (2)(下に打ち消しの語を伴って)程度が予想ほどではないさま。 さほど。 大して。 あんまり。 「~行きたくない」「~良い出来ではない」 ※四※ (接尾) (1)数量を表す語に付いて, それより幾分多いことを表す。 「出席は一〇人~」 (2)数詞と数詞の間に入れて用いて, あとにくる数だけ余分に加わることを表す。 「しはすの二〇日(ハツカ)~ひとひの戌の時に/土左」 <i>~と言えば</i> あまりにも。 度を超えてひどいさまにいう。 「~あまりの仕打ち」 <i>~物((アマリモノ))に福あり</i> 人の残したもの, 最後に残ったものに意外にいいことがある。 残り物には福がある。

余波

〔「波残り」の転という〕 (1)風が静まったあとに残っている波。 「台風の~のうねり」 (2)潮が引いたあとに残っている海水。 また, あとに残された海藻など。 「難波潟潮干の~飽くまでに/万葉 533」

余暇

仕事の合間のひま。 仕事から解放されて自由に使える時間。 ひま。