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รายละเอียดคำ

第百六号哨戒艇

第百六号哨戒艇(だいひゃくろくごうしょうかいてい)は、日本海軍の捕獲艦艇の一つ。終戦時改造工事未了。元オランダのヴァン・ガレン級駆逐艦バンケルト。 1930年(昭和5年)に竣工し、日本軍の爆撃で損傷後、スラバヤで自沈した。日本海軍が引き上げ、兵装は全て日本海軍のものと交換した。1944年4月20日、

คำที่เกี่ยวข้อง

第百九号哨戒艇

第百九号哨戒艇(だいひゃくきゅうごうしょうかいてい)は、日本海軍の捕獲艦艇の一つ。元はバタビアにあったオランダ領東インド政府の哨戒艇ファザント (Fazant)。 1931年スラバヤ工廠で竣工。排水量592トン、速力12ノット。 1944年(昭和19年)10月15日、第百九号哨戒艇と命名、哨戒艇に

第百三号哨戒艇

第百三号哨戒艇(だいひゃくさんごうしょうかいてい)とは、大日本帝国海軍の鹵獲艦艇の一つ。元はアメリカ海軍の掃海艇フィンチ (USS Finch (AM-9)) 。 1942年(昭和17年)4月11日、フィリピンのマニラ湾ギャビテ港で日本軍の攻撃により撃沈。マニラの第百三海軍工作部が浮揚修理した。 1918年9月10日

第百四号哨戒艇

1942年3月2日ジャワ島チラチャップ港で、閉塞船として自沈。浮揚後スラバヤの第百二海軍工作部が修理し、哨戒艇とした。本艇の前身ファルクと第百八号哨戒艇の前身アーレンドは姉妹艇。 1930年オランダのフィジェノルド造船所で竣工 1942年3月8日ジャワ島チラチャップ港で、閉塞船として自沈 3月浮揚、スラバヤの第百二海軍工作部が修理

第百五号哨戒艇

1942年8月26日:マニラの第百三海軍工作部が引き揚げ作業開始。 1943年9月1日:第百五号哨戒艇と命名、哨戒艇に類別、本籍を佐世保鎮守府に定められる。第三南遣艦隊附属に編入。 9月15日:工事完成、30日まで整備。 10月以降:マニラ湾哨戒のほか、セブ、サンボアンガ、ハルマヘラ島方面に出動。 10月13日現在:軍隊区分菲島部隊主隊に配置。

第百一号哨戒艇

哨戒艇と命名、特務艇の哨戒艇に類別された。同日付で本籍を横須賀鎮守府に、所属を横須賀防備隊にそれぞれ定められる。哨戒艇としての使用の他、海軍水雷学校の練習艦として使用された。 1943年(昭和18年)2月15日、特務艇の哨戒艇から除かれて艦艇の哨戒艇

第百八号哨戒艇

第百八号哨戒艇(だいひゃくはちごうしょうかいてい)とは大日本帝国海軍の鹵獲艦艇の一つ。元はオランダ領東インド政府の哨戒艇「Arend(アーレンド)」。 1942年(昭和17年)3月1日バタビアで自沈。浮揚後、スラバヤの第百二海軍工作部が修理して哨戒艇とした。本艇の前身アーレンドと第百四号哨戒艇の前身ファルクは姉妹艇である。

第百六十六号哨戒特務艇

第百六十六号哨戒特務艇(だいひゃくろくじゅうろくごうしょうかいとくむてい)は、日本海軍の特務艇(哨戒特務艇)。第一号型哨戒特務艇の1隻だが、特務艇類別等級別表に登載されていない。戦時中、被爆し沈没した。 マル戦計画の特務艇、第2121号艦型の166番艇、仮称艦名第2286号艦として計画。1945年5

第百七十六号哨戒特務艇

第百七十六号哨戒特務艇(だいひゃくななじゅうろくごうしょうかいとくむてい)は、日本海軍の未成特務艇(哨戒特務艇)。第一号型哨戒特務艇の70番艇。太平洋戦争後に掃海艦として就役したが、掃海作業中に遭難した。 マル戦計画の特務艇、第2121号艦型の176番艇、仮称艦名第2296号艦として計画。1945年

第百六十三号哨戒特務艇

1947年2月1日、行動不能艦艇(特)に定められる。5月3日、第百六十三号哨戒特務艇は海軍編制の廃止に伴い除籍された。11月22日、在東京アメリカ極東海軍司令部から、本艇の漁船への改造許可が出された。 注釈 ^ 本来の艇名表記は第百六十三號哨戒特務艇。 ^ 本艇が特務艇類別等級別表に登載された1944

第百六十五号哨戒特務艇

第百六十五号哨戒特務艇(だいひゃくろくじゅうごごうしょうかいとくむてい)は、日本海軍の特務艇(哨戒特務艇)。第一号型哨戒特務艇の66番艇。戦後沈没した。 マル戦計画の特務艇、第2121号艦型の165番艇、仮称艦名第2285号艦として計画。1944年11月5日、第百六十五号哨戒特務艇と命名されて第一号

第百五十六号哨戒特務艇

相関がとれない。 ^ 本来の艇名表記は第百五十六號哨戒特務艇。 ^ ポツダム宣言の受諾を連合国側へ通告した1945年8月14日以前のこと。本艇以外の未成艇は、全て1945年8月17日に工事中止が発令された。 脚注 海軍省 昭和20年5月5日付 達第97号、内令第381号、内令第389号。

第百六十四号哨戒特務艇

部隊に配置。7月1日、第四監視艇隊から削除され舞鶴鎮守府敦賀港湾警備隊に編入。 1947年5月3日、第百六十四号哨戒特務艇は海軍編制の廃止に伴い除籍された。 注釈 ^ 本来の艇名表記は第百六十四號哨戒特務艇。 ^ 本艇が特務艇類別等級別表に登載された1944年11月5日時点で、第27号哨戒特務艇、

第百三十六号哨戒特務艇

第百三十六号哨戒特務艇(だいひゃくさんじゅうろくごうしょうかいとくむてい)は、日本海軍の特務艇(哨戒特務艇)。第一号型哨戒特務艇の54番艇。太平洋戦争の終戦時に残存し、戦後は所属と艇名を変えながら一貫して掃海に従事した。 マル戦計画の特務艇、第2121号艦型の136番艇、仮称艦名第2256号艦として

第六十六号哨戒特務艇

第六十六号哨戒特務艇(だいろくじゅうろくごうしょうかいとくむてい)は、日本海軍の未成特務艇(哨戒特務艇)。第一号型哨戒特務艇の30番艇。 マル戦計画の特務艇、第2121号艦型の66番艇、仮称艦名第2186号艦として計画。1944年11月5日、第六十六号哨戒特務艇と命名されて第一号型哨戒特務艇の27番

第百十号哨戒特務艇

第百十号哨戒特務艇(だいひゃくじゅうごうしょうかいとくむてい)は、日本海軍の未成特務艇(哨戒特務艇)。第一号型哨戒特務艇の46番艇。艤装中に被爆し沈没した。 マル戦計画の特務艇、第2121号艦型の110番艇、仮称艦名第2230号艦として計画。1944年11月5日、第百十号哨戒特務艇と

第一号型哨戒艇

1939年に軍令部が要望した老齢の駆逐艦10隻の哨戒艇改造計画に基づき、戦備促進の一環として実施されたもの。原計画では峯風型駆逐艦4隻、二等駆逐艦6隻だったが、峯風型からの改造は2隻に縮小され、代替として二等駆逐艦からの改造を10隻に増加した。峯風型2隻の改造の内容はボ

第八十六号哨戒特務艇

庁が作成あるいは調整した文書中では本艇を「哨戒特務艇八六」「哨特八六」と記述していること、参考文献として用いた世界の艦船『日本海軍護衛艦艇史』では「第86号哨戒特務艇(未成)」と記述していること、そしてWikipedia:記事名の付け方に鑑み、記事名を標記のとおりとする。 脚注 復員庁 昭和22年2月1日付

第二十六号哨戒特務艇

復員庁第二復員局総務部 二復総第49号。 昭和22年2月19日付 横須賀地方復員局管船部 横管修第753号。 昭和22年4月15日付 復員庁第二復員局 復二第284号。 昭和22年4月17日付 横須賀地方復員局艦船造修課 横復管第780号。 在東京アメリカ極東海軍司令部 1947年11月22日付

第六十四号哨戒特務艇

哨特第六十四号と改称し、特別保管艦(特)に指定される。2月1日、行動不能艦艇(特)に定められる。4月15日、特別輸送艦の定めを解かれた。11月22日、在東京アメリカ極東海軍司令部から、本船の漁船への改造許可が出された。その後の消息は詳らかではない。 注釈 ^ 撮影日不明のため、艦名は哨特第六十四号の可能性もある。