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รายละเอียดคำ

粟崎村

田中喜太郎 角川日本地名大辞典 17 石川県 - 角川書店 「書府太郎」石川県大百科事典改訂版 - 北國新聞社 金沢・町物語 町名の由来と人と事件の四百年 - 能登印刷出版部 ウィキソースに町村制第三条並ニ市制第四条ニ依ル石川郡富樫村外五ヶ村廃止金沢市編入の原文があります。 石川県の廃止市町村一覧 粟崎遊園

คำที่เกี่ยวข้อง

粟国村

粟国村(あぐにそん)は、沖縄県島尻郡の村の一つ。 那覇市の北西約60kmにある粟国島一島からなり、同島の全域を行政区域とする。 以下の字がある。 西 浜 東 1879年(明治12年) - 琉球処分により久米島代官の所轄となる。 1882年(明治15年) - 那覇所轄となる。 1908年(明治41年)4月1日

粟賀村

粟賀村(あわがむら)は、兵庫県神崎郡にあった村。 現在の神河町の南東部にあたる。 山岳 : 笠形山、入相山 河川 : 猪篠川、越知川 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、神東郡粟賀村・中村・山田村・根宇野村・福本村・東柏尾村・加納村・柏尾村・貝野村・寺野村の区域をもって発足。 1896年(明治29年)4月1日

粟島浦村

粟島浦村(あわしまうらむら)は、新潟県の北部、日本海にある村である。岩船郡に属する。粟島で唯一の基礎自治体でもある。 集落は、東岸の内浦と、西岸の釜谷の2つがある。 地学的には隆起の激しい島であり、島の北部には海岸段丘が発達している。また1964年(昭和39年)6月16日に発生した新潟地震の際には、震源に近かったことから島内で1

西粟倉村

村)の管轄となる。 1889年(明治22年)6月1日 - 町村制の施行により、筏津村、大茅村、影石村、坂根村、知社村及び長尾村の区域をもって、吉野郡西粟倉村が発足する。 1900年(明治33年)4月1日 - 吉野郡及び英田郡の区域をもって、英田郡が発足により、英田郡西粟倉村となる。

粟ノ保村

粟ノ保村(あわのほむら)は、石川県羽咋郡に存在した村。 現在の羽咋市の南西部。西方は日本海の海岸に面する。 河川 - 子浦川、長者川 中世 - 「邑智院粟生保」が当地に存在した。 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、羽咋郡粟生村、兵庫村、新保村、粟

粟

(1)イネ科の一年草。 ヒエとともに古くから栽培される。 高さ約1メートル。 夏から秋に花穂を出し, 多数の穎果(エイカ)をつける。 五穀の一つで, 飯や餅・団子にしたり, 酒・飴(アメ)などの原料。 また, 小鳥の飼料とする。 ぞく。 ﹝季﹞秋。 (2)寒さや恐ろしさなどのために毛穴が縮み, 皮膚に生じるぶつぶつ。 「肌に~を生ずる」 <i>~散らす国</i> 〔「粟散国(ゾクサンコク)」の訓読み〕 日本の異称。

粟

(1)あわ。 (2)穀物。 食糧。 また, 俸禄。 「~をはむ」

粟ヶ崎海岸駅

粟ヶ崎海岸駅 [脚注の使い方] ^ 粟ケ崎海岸ハ臨時停車場ニシテ毎年七、八ノ両月ノミ運輸営業ヲ為スモノナリ「地方鉄道運輸開始」『官報』1929年7月20日(国立国会図書館デジタルコレクション) ^ 『鉄道停車場一覧. 昭和12年10月1日現在』(国立国会図書館近代デジタルライブラリー) ^

粟津村 (愛媛県)

粟津村(あわづむら)は、愛媛県喜多郡にあった村。現在の大洲市中心部の北方、予讃線・八多喜駅の周辺にあたる。 河川:肱川、清水川、上須戒川 1889年(明治22年)12月15日 - 町村制の施行により、八多喜村・米津村・手成村の区域をもって発足。 1954年(昭和29年)9月1日 -

崎浦村

崎浦村(さきうらむら)は、かつて石川県石川郡に存在した村。 村名の由来は、この地が古くから「山崎」と言われていたことと、この一帯が江戸時代は「金浦郷」または「石浦荘」に属していたことから、両者から「崎」と「浦」の2字を合わせたものである。 現在の金沢市の中心部の南東部、犀川の中流域上部に位置する。

篠崎村

部は一之江村、鹿本村に編入)が合併して発足。 1932年(昭和7年)10月1日 - 南葛飾郡全域が東京市に編入。篠崎村の区域は江戸川区となる。 上篠崎、北篠崎、篠崎町、下篠崎町、東篠崎、東篠崎町、南篠崎町(いずれも大体の範囲。西篠崎は旧鹿本村) 東京都の廃止市町村一覧 南葛飾郡 江戸川区 表示 編集

泉崎村

泉崎村立泉崎中学校 泉崎村立泉崎第一小学校 泉崎村立泉崎第二小学校 東日本旅客鉄道(JR東日本) ■東北本線 泉崎駅 その他、東北新幹線が新白河駅 - 郡山駅間で約 1.2km ではあるが当村を通過している(すべてトンネル区間である)。 泉崎村ふれあい号 - 福島交通バス廃止代替輸送 矢吹泉崎バスストップ

衣崎村

現在の西尾市(旧・一色町)の一部(一色町酒手島・一色町松木島・一色町生田・一色町千間・一色町惣五郎など)に該当する。 1884年(明治17年) - 酒手島村、鳥山新田が合併し、酒手島村となる。 1889年(明治22年)10月1日 - 酒手島村、松木島村、生田村、千間村、惣五郎村が合併し、衣崎村が発足。

村崎サイ

徳島文理大学などを経営する学校法人村崎学園の創立者で「学祖」と呼ばれている。 香川県・小豆島の醤油屋の娘に生まれる。父は町長を務めており、小豆島で初めての小学校を創立した人物である。愛媛県で初めての女性教員となった後、徳島県で教職についた。 1895年に「女も独り立ちが出来ねばならぬ」の精神により私立裁縫専修学校(現在の徳島文理大学の前身)を創立。

罌粟

(1)ケシ科の大形二年草。 東ヨーロッパ原産。 高さ約1メートル。 葉は緑白色で基部は茎を抱く。 初夏, 茎頂に紅・紅紫・白などの大きな四弁花を単生し, 球形の果実を結ぶ。 種子は小さく黒または白で多数あり, 芥子油をとるほか, パンや和菓子の飾りに用いる。 未熟の果実から阿片がとれるので, 一般の栽培は禁止されている。 〔「芥子の花」は ﹝季﹞夏。 《己れ毒と知らで咲きけり~の花/虚子》〕 (2)ケシ科ケシ属の草花の総称。 ヒナゲシ・オニゲシなど。 (3)カラシナの古名。 特に, その種子。 食用・薬用とするほか, 仏寺で護摩をたくのに用いる。 (4)「芥子玉(ケシダマ)」に同じ。 (5)鎧(ヨロイ)の飾り。 こまかい鋲(ビヨウ)を飾りに打ちつけたもの。 (6)「芥子坊主(ケシボウズ){(2)}」に同じ。 (7)(名詞の上に付いて)きわめて小さいの意を添える。 「~粒」「~本」

粟粒

あわつぶ。 また, 非常に小さな粒。

粟粒

粟の実の粒。 しばしば非常に小さいもののたとえに用いる。 「~ほどのふきでもの」

粟餅

粟餅(あわもち)は、粟をついて作った餅のことである。食事として、また菓子として食される。 粟には古代より主食の代用とされたうるち粟と、粘り気のあるもち粟があり、粟餅はもち粟をついて作る。作り方は各所によって差があり、もち粟のみで作るところもあれば、もち粟ともち米を等分に混ぜて作るところもある。粟

粟飴

古くは粟、現在は餅米を原料としており、十返舎一九の道中本で紹介されるなど古くから名菓として知られている。粟飴を加工した飴菓子として「笹飴(ささあめ)」、「翁飴(おきなあめ)」、「瑠璃飴(るりあめ)」などがある。1904年には、日本を代表する菓子のひとつとしてセントルイス万博に出品された。