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พจนานุกรม

รายละเอียดคำ

莫れ

[なかれ]
〔文語形容詞「なし」の命令形〕
禁止の意を表す。 …してはいけない。
(1)動詞に直接付く。
「汝(ナンジ)盗む~」
(2)名詞「こと」に付く。
「君死にたまふこと~/恋衣(晶子)」「老来りて初めて道を行ぜんと待つこと~/徒然 49」

คำที่เกี่ยวข้อง

莫

(多く「…することまな」の形で)禁止を表す。 …するな。 「汝等兄弟, 和(アマナ)はむこと魚と水との如くして, 爵位を争ふこと~/日本書紀(天智訓)」

昆莫

に対するのと同じ儀礼で漢の使節と面会し、天子の賜り物に拝礼したが、張騫は「天子よりわざわざ下賜された品々である。王が拝礼もしないのならば、賜り物を返してもらう」と言った(匈奴風の拝礼ではなく、漢風の拝礼をさせたかったのである)。昆莫は立ちあがって賜り物に対して恭しく拝礼した。張騫は「烏孫が匈奴の渾

莫逆

〔逆らうことなし, の意〕 互いに争うことがない親しい間柄。 また, 親しい友。 ばくげき。

莫逆

「ばくぎゃく(莫逆)」に同じ。

莫迦

〔梵 moha(愚の意)の転か。 もと僧侶の隠語。 「馬鹿」は当て字〕 ※一※ (名・形動) (1)知能の働きがにぶい・こと(さま)。 そのような人をもいう。 ⇔ 利口 「~な奴(ヤツ)」 (2)道理・常識からはずれていること。 常軌を逸していること。 また, そのさま。 「そんな~な話はない」「~を言うな」 (3)程度が並はずれているさま。 度はずれているさま。 → 馬鹿に (4)役に立たないさま。 機能を果たさないさま。 「スイッチが~になる」 (5)特定の物事に熱中するあまり, 社会常識などに欠けること。 「学者~」「専門~」「親~」 (6)名詞・形容動詞・形容詞の上に付いて, 接頭語的に用い, 度はずれているさまの意を表す。 「~ていねい」「~正直」「~騒ぎ」「~笑い」「~でかい」 ※二※ (感) 相手をののしったり, 制止したりするとき発する言葉。 「~, やめろ」 <i>~と鋏(ハサミ)は使いよう</i> 切れない鋏でも, 使い方によっては切れるように, 愚かな者でも, 仕事の与え方によっては役に立つ。 <i>~にする</i> 相手を自分よりも劣ったものとみなす。 軽視して油断する。 <i>~に付ける薬はない</i> ばかを治す方法はない。 <i>~にならない</i> 軽くみることはできない。 いいかげんに扱うことはできない。 「交通費も~ない」 <i>~にな・る</i> (1)本来の機能が失われる。 感覚がなくなる。 「ねじが~・る」「鼻が~・る」 (2)ばかを装ってその場を耐えたり切り抜けたりする。 (3)理性的な態度をやめる。 無邪気になる。 「~・って遊ぶ」 <i>~の一つ覚え</i> 愚か者が一つのことだけを覚え, どんな場面にも得意になって持ち出す。 何度も同じ事を言う人をあざける言葉。 <i>~も休み休み言え</i> つまらないことを言うのはいいかげんにやめろ。 <i>~を言え</i> 「ばかなことを言うな」の意で, 相手の言ったことを強く否定し非難するときにいう語。 <i>~を見る</i> つまらない目にあう。 不利益をこうむる。

莫州

北宋のとき、莫州は河北東路に属し、任丘県を管轄した。 金のとき、莫州は河北東路に属し、任丘県と長豊鎮を管轄した。 元のとき、莫州は河間路に属し、莫亭・任丘の2県を管轄した。 1374年(洪武7年)、明により莫州は廃止され、河間府に編入された。 ^ 『旧唐書』地理志二 ^ 『宋史』地理志二 ^ 『金史』地理志中 ^ 『元史』地理志一

莫大

日本では、乾燥した実を水、微温湯、または番茶で、落とし蓋をして戻して種子を除き、膨張した果肉を刺身のつまや懐石料理の酢の物、寒天寄せなどにもちいる。「莫大な海のような大きさになる」[1]というたとえから、別名を莫大海、胖大海という。 中国では甘みを付けた茶に入れて食する。ベトナム、タイ、カンボジアでは、デザートに入れて食する。 表示 編集

莫朝

権力争いで乱れていた。そうした中、1527年に権臣の莫登庸(マク・ダン・ズン、ベトナム語:Mạc Đăng Dung / 莫登庸)は恭皇を幽閉、禅譲を迫って帝位を事実上簒奪し、ここに前期黎朝は滅亡し莫朝が開かれることとなった。 即位直後は莫登庸は後黎朝の制度を踏襲して民心の統一を図ると共に、名士の

莫言

収録:「左鎌」・「遅咲きの男」・「偏屈者」・「スリの指に咲く花」・「モーゼを待ちつつ」・「詩人キンシプー」・「従弟寧賽葉」・「地主の目つき」・「大浴場・赤ベッド」・「天下太平」・「明眸皓歯」・「松明と口笛」。 吉田富夫先生退休記念中国学論集編集委員会 編「吉田先生について」『吉田富夫先生退休記念中国学論集』汲古書院、2008年3月。I

莫目

莫目(まくも)は高麗楽、百済楽で用いられた楽器である。『莫牟』とも表記される。 縦笛の一種というが、廃絶しており、実物も現存していない。 『類聚三代格』によると、809年3月21日の太政官符に雅楽寮、雑楽師が定められたが、そのなかに高麗楽師、百済楽師のなかにそれぞれ莫目師が見える。

莫寒

年度 題名 役名 備考 2013 夢想預備生之半熟少女 莫莫 2015 愛之初体験 莫寒 2018 倔強甜心 楊芸 2019 保龍一族之五音鎮魔曲 胡飛飛

莫愚

属県の宜興県から歳貢する茶の数量を減らすよう奏請した。常州府の民の陳思保は12歳で、代々漁業を営んでいた。その父兄が強盗を行い、陳思保は舟中にいた。法吏は陳思保を従犯として、斬刑に相当すると論告した。莫愚は「小児はその父兄を頼るもので、仲間として従うものではありません。家族全員を舟居させれば、家ごと

蔡莫拳

陰陽弾箭棍、青龍棍(短棍)、半斜月棍、六合雙鐧、六合雙刀。 法度 呑、吐、浮、沈、剛、柔、陰、陽 手法 提、圏、梳、托、冚、綑、挿、標、粘、圧、帯、送、滾、撥、擒、漏。 掌法 昭陽、風車、陰陽、六合、奔雷。 脚法 撑鶏、勾踩、虎尾、提弾、横直撑、連環鉸剪、鴛鴦盤螺、鯉魚擺尾。 腿法 撩陰、穿心、掃堂、陰陽鎖子腿。

莫応豊

『麂山之迷』、1984年、花城出版社 『走出黒林』、1979年、少年児童出版社 1982年、『将軍吟』、茅盾文学賞。 ^ “詩篇共誰吟?——祭奠好友莫応豊” (中国語). 桃江政府網. (2014年8月26日). http://www.taojiang.gov.cn/art/2014/8/26/art_145_104277

莫高窟

寂れた都市となっており、特に1372年に完成した嘉峪関を設置以降、関の外に置かれた莫高窟は忘れられた存在となる。 この莫高窟が再び注目を浴びるのが、1900年に王円籙が敦煌文書を発見したことによってである。アメリカのラングドン・ウォーナーが調査のために莫

莫登庸

莫 登庸(ばく とうよう、マク・ダン・ズン、ベトナム語:Mạc Đăng Dung、1483年? - 1541年9月12日)は、ベトナム莫朝の初代皇帝。廟号は莫太祖(Mạc Thái Tổ マク・タイ・トー)。 後黎朝の朝廷に仕え、度重なるクーデターなどの情勢の混乱に乗じて権力を奪取し、主君の昭宗を

莫如忠

が輩出された。『明史』董其昌伝に書家として沈度・沈粲・張弼・陸深・董其昌などに加え莫氏父子が並べられている。著書に『崇蘭館集』があり、代表的な作品として「行書答友人七律詩」などが伝わっている。 曾布川寛「董其昌の文人画」『中華文人の生活』、荒井健編、平凡社、1994年、ISBN 4582482066

高豆莫

曰:「我是天帝子,裝欲都之,…」是月,帝憂患成疾而崩,皇弟解夫婁立之。東明王以兵脅之不已,君臣頗難之。國相阿蘭弗奏曰:「通河之濱,迦葉之原有地,土壤膏腴,宜五穀,可都。」遂勸王移都,是謂迦葉原夫餘,或云東夫餘。 辛酉元年(紀元前120年)、将を遣わし右渠を討つが利あらず。高辰を抜擢して西鴨緑江を守ら

豆莫婁

豆莫婁(呉音:づまくる、漢音:とうばくろう、拼音:Dòumòlóu)は、6世紀から8世紀にかけて中国東北部の嫩江流域に存在した民族。北夫余の末裔であるが、モンゴル系の言語を話す。大莫盧・達末婁とも表記される。 北夫余が高句麗によって滅ぼされると、その生き残りは那河もしくは他漏河を渡ってそこに住み、豆莫婁となった。